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妖精  作者:    
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1.恋の終わりは突然に

 失恋した。染谷茉莉(そめやまり)19歳、人生最高のものになるかも知れないとのめり込んだ恋はたった半年でなんとも呆気なく終わった。


 彼氏、いや、今となっては元彼か、の真二(しんじ)との出会いは大学で入ったダンスサークルだった。

 2つ年上の真二は私が初々しい新入生の時、ちょうど大学のサークルを引っ張っていく3年生。頼りになる先輩で、ダンス初心者の私に手取り足取り教えてくれたり、飲み会でうまく強引な飲酒をかわせないときにさり気なく助けてくれたり、好きになるのはそんなに時間はかからなかった。


 だから、真二から『付き合ってほしい。』と言われたときは凄く嬉しくて、カフェでのお喋りも、2人でテーマパークに出かけたことも、サークル終わりのおうちデートも、何もかもが夢みたいにふわふわしてて・・・


 ファーストキスも初めて付き合った男性も真二だった。一人で街の雑踏を歩いているとまた視界が滲んでくる。せっかく綺麗にして貰ったのに崩れちゃう、と必死で涙を堪えた。


 それは全くの偶然。たまたま大学で久しぶりに真二の後ろ姿を見つけて驚かそうとそっと近付いていった時、真二が友達と話している内容が自分のことだと気づいて慌てて自動販売機の後ろに隠れた。真二と友達はこちらに気付いていないようだった。


 「お前さー、結構鬼畜だな。茉莉(まり)ちゃんかわいそ。」


 けらけらと笑いながら真二に話し掛ける友人の口調は可哀想と言っている割にはその思いやりの欠片もなく、ただ面白がっているようだった。


 「だって別れ話して目の前で泣かれたりしたらやだし。めんどくせ。だいたい、付き合ってるのにHさせねーとか意味わかんねーし。」


 「確かにそれはないよな。でも、向こうはまだお前のこと彼氏だと思ってるんじゃね?」


 「もう三週間もLINEを無視してるんだから流石に気付くだろ。その前から素っ気なくしてるのに鈍いよな。これでまだそう思ってたら粘着質で怖すぎ。」


 「確かに。これでまだ彼女面してたら正直ストーカーだよなぁ。ま、由香(ゆか)ちゃんに気付かれないようにな。」


 「そんなヘマしねーし。」


 笑いながら真二と友達が話している内容が信じられなかった。


 嘘でしょ?私、自然消滅狙いで捨てられちゃってたの??


 由香と言う名前に今年の新入生の女の子が思い当たった。夏の学祭の発表に真二を含むOBOG達が顔を出してくれて、その後の打ち上げで二人が意気投合しているのを見かけた気がする。


 そっか。そうなんだ。連絡が無いのは4年生で卒業論文の準備が忙しいからだと信じ切ってた。落ち着いたらまた連絡くれるって思い込んでた。


 私の両親は所謂できちゃった婚で学生結婚だった。そして私が6歳の時に離婚。母に引き取られた私は母の再婚と出産でなんとなく家に居場所が無くなった。父も他の女性との間にすでに子供がいて頼ることはできず、大学は家から遠く離れた国立大学に奨学金制度とバイトをしてを自力で通っている。


 両親の反面教師で私は性に対して少々固くなった。

 友人カップル達がそういう関係に次々になっているのは知っていたけれど、自分とそういう行為をするのはもう少し待って欲しいと真二にも伝えてあった。真二は茉莉が大事だからいつまででも待つよと言ってくれて・・・。私バカだな・・・。


 涙が次から次へとこぼれ落ちる。真二にこんな情けない姿だけは見られたくない。悔しいのに悲しい。最低な奴だと感じる一方で、そんな彼を心から好きになっていた自分が滑稽でならない。私はそっとその場を後にすると大学の残りの授業はさぼって街へ出た。


 「今日はどうしますか?」


 「えーっと、ばっさりお願いします。お任せで。」


 ありきたりだけど、街に出たら最初に気分転換に美容院に行って髪を切った。お任せしたので美容師さんに勧められるがままに頷く。

 自分で染めてまだらな茶髪だった髪は落ち着いたダークブラウンになり、真二がロングが好きだと言うから背中の真ん中まで伸ばしてあった長い髪は肩の上でばっさりと切られてボブになった。トリートメントをしている間に奮発して爪も人生初のジェルネイルをして貰う。初夏にぴったりの淡い水色に透明のスワロフスキーでアクセントをつけたそれはキラキラと輝いて見ているだけでテンションが上がる仕上がりだった。

 最後に見習い中のスタッフさんの練習台と言うことで無料でメイクアップまでして貰った。


 「はい、如何でしょう?お似合いですよ。」


 バックスタイルが見えるように後ろ立って鏡を持つ美容師さんは正面の鏡越しににっこりと話しかけてきた。こんなに髪を短くしたのは何年ぶりだろう。自分でも意外と似合っていると思う。メイクアップも見習いとは言え、素人の自分がするのとは全然違う。なんだかいつもより自分が綺麗に見えた。そうして私は爽やかな気分で美容院を後にした。


 時刻は午後6時過ぎ。街の雑踏には仕事を終えた会社員グループや飲み会に向かう学生達で溢れている。そんななかで、どうしても目についてしまうのは寄り添う恋人たち。


 あーあ、明日からサークル行きたくないな。夏休みはどうやって過ごそうかな。バイト増やそうかな。友達はみんな彼氏とよろしくやっているし・・・


 せっかく上がってきていたテンションがまた下降していき視界が滲んでくるのを感じて、慌ててそれが零れ落ちないように上を向いた。

 本当は、真二の心がもう私にないかも知れないって気づいてた。でも、無理やり現実から目を逸らした結果がこれだ。


 絶対に捨てたことを後悔するようないい女になってやる。あいつよりいい男を捕まえて幸せになって見返してやる。


 空に小鳥の群れが飛んでいるのをボーッと眺めた。

 そのままやや上を向いて歩いていると、不意に誰かが「危ない!!」と叫ぶ声が聞こえた。


 ああ、今日は本当にとことんついてない。

 太ももに何か固いものがぶつかるのを感じて足をもつれさせて大きく一歩踏み出したそこには、あるはずの地面がなかった。どうやら私は上を向いたまま歩いたせいで下水工事のマンホールを避けるための黄色と黒のバリケードに激突して、さらに開いていたマンホールに落ちたらしい。マンホールって随分と深いのね、知らなかったよ。


 落ちながら見上げた頭上には夕焼けに染まる赤い空がマンホールの形に丸くくり抜かれて見えて、なんだかそれが夜空に浮かぶ月みたいに見えた。


 

***



 おかしい。私は確かにマンホールから落ちたはず。それなのに何故か今、私は一切のケガもなく暗い屋外にいる。足元には草が生えているような感触があり、マンホール型に抜き取られた夕焼け空と地面との間にはしばらくの間、天まで届くような光の筋が出来ていた。いつの間にやらその光の筋も消えて丸く切り取られた夕焼け空は大きな赤い月に変わっていた。そして、私が動くたびに金粉の様なものがキラキラと輝く。一体何なんだ。


 辺りを見回してみると、360°全方向が真っ暗闇。先ほどの光の筋と自分から放たれるキラキラのおかげで辛うじて自分の所持品が無事であることは確認できた。鞄から手探りでスマホを出してみたものの『圏外』の文字にがっかりする。地下だから圏外なのかな。

 普通だったら工事現場の人が警察や救急に連絡して助けてくれるはず。でも、これって普通なのか??マンホールの下は地下世界が広がっていたってこと??そんな馬鹿な。

 あまりのことに驚きすぎで逆に妙に冷静になっている自分がいた。昔TV番組で山で遭難した場合はその場を動かずにいる方が発見されやすいって見た気がする。ここが山なのかっていうツッコミは置いておいて、やみくもに動くのは危険だと判断して私はその場にとどまることにした。


 スマホの光と自分から出るキラキラを頼りにもう一度鞄を漁ってみる。食料はペットボトルの麦茶1本と昼間に大学の売店で買ったグミが一袋だけ。そして自分の手にはいつの間にか赤い石が握られていた。なんだこれ?

 うーん、本格的にヤバいかも。明日の朝になったらとりあえずは川の場所くらいは確認した方がいいかな。そんなこんなで考え込んでいると、不意に遠方から「グウォーン」という雄叫びとドシンドシンという地響きが聞こえてきて、そちらに目を向けると2つの光が近づいてくるのが見えた。


 「お、お化けだ!!」


 三十八計逃げるにしかず。私はとりあえず逃げることにした。夜間にあんな不気味な雄叫びと地響きをあげながら近づいてくる光なんてお化け以外に考えられない。こんな時にパンプスとスカートだなんて!

 必死に走るのになぜか光の集団は徐々に私の方に近づいてくる。もしかしてこれか?このキラキラのせいで場所がバレてる??走りながらキラキラを消そうと一生懸命に体を(はた)くけど一向に消えない。もーやだ!なんなのよ!


 そして呆気なく追いつかれた私が見たものは、角の先に光を灯したサイとそれに跨る怪しさ満点の2人組。ええ、あれは自分の記憶が正しければ動物園で見るサイですよ。鼻の上にはえている角に炎とも何かが違う光を灯していて、角の付け根からは手綱のようなものをぶら下げている。そして、それに跨る人は2人ともが無言でこちらを見下ろしていた。

 大きなサイに跨っていた男が私の前にサイを誘導するとヒラリと地面に降り立ってこちらに手を伸ばしてくる。サイは相変わらず「グウォーン」と雄叫びをあげてるし・・・


 ああ、お母さん、お父さん。茉莉(まり)はこの人生最悪の日にマンホールから地下世界に迷い込んで、最終的には怪しいサイに跨がる男に拉致されるようです。最後までわかり合えなかった親不孝な娘をお許しください。昼間の『真二は最低な男だった事件』からよくここまで気丈に頑張ったって自分を褒めたい。でも、もうこれはキャパオーバーです。  


 そんなことを思いながら私は意識を手放した。

 




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