8話 胡桃とリコ2
1
都内にあるラーメン屋、そこには金色に輝く星の勲章の付いた赤い軍帽子に同じく赤軍服にミニスカート、そして黒のロングブーツ姿の少女が食事を取っていた。
少女は顔立ちは十代後半に見え、髪は金髪のツインテールで髪を降ろせばボブカットにる程の短さだった。
少女がラーメンを啜っていると、店の中にまた一人客がやって来る。
やって来た客はリメインだった。
「ん? 何だリメインか。」
少女は店に入って来たリメインに気づき独り言を溢す。
リメインは軍服の少女を見つけると一目散で彼女の席へ座り込む。
「こんな所までやって来てどうしたの?」
少女は自分の向かいの席に座ったリメインに話しかける。
「ロンリネス、ウィンドミル家ってどう思う?」
リメインはロンリネスと呼んだ少女に単刀直入と言わんばかりに美森の家系、ウィンドミル家についてどう思っているか問いただす。
「突然現れて何を言い出すかと思いきや、そうねぇ……どうでもいいわ。」
いきなり想定外の事を聞かれたロンリネスは呆れた表情でウィンドミル家は眼中に無い事をリメインに告げる。
「リメインは憎いよ……リメインを捨てたんだもの……」
「私に恨み言をぶつけに来た訳?」
自身を捨てた一族だとウィンドミル家に対する憎しみの言葉を呟くリメインにロンリネスはそれを自分にぶつけるためだけに来たのかと苦言を溢す。
「違うよ、ただロンリネスと食事がしたかっただけ、醤油ラーメンを一つ。」
リメインはここに来た本当の目的はただ単にロンリネスと食事がしたいだけだと彼女に告げ、自分達の席に注文を伺いにやって来た店員に醤油ラーメンを注文する。
「まぁでもそのウィンドミル家の末裔がこの街に来てるみたいだね、ディセントもやられたそうじゃん、相手の方も中々やるじゃない。」
ロンリネスは美森が此処グリーンパールに来ている事、昨日美森がディセントを倒した事を知っていた模様で、美森をよく出来ましたと褒め始める。
「だらしないです……」
リメインはせっかく自分がむかわせてあげたのにあっけなく返り討ちにされたディセントに呆れ果てていた。
「私のソウルを刺激してくれるかどうかはまだお手並み拝見だけど、時が来れば私も一戦交えてみてもいいか、所でオデイシアスがスカウトしたっていう人間の方はどう?」
ロンリネスはいずれ気が向けば自身も美森と戦う事を宣言した後、話を変えて光龍の事をリメインに聞き出す。
「光龍……リメインはあいつ嫌い……すぐ怒鳴るもの……」
リメインは光龍の根暗でキレやすい性格が気に食わない様だった。
「ははは、何かと『俺の事見下してんじゃねーよ!』とか言う奴だもんね、私もあんなのと関わるのは御免だわ。」
ロンリネスもリメインの意見に賛同し、光龍を悪評しながら笑い出す。
「でもオデイシアスは見所があるって言ってた……」
リメインは自分は気に入らないものの、対照的にオデイシアスは光龍を買っている事もロンリネスに話す。
「バイトさぼりまくった挙句無差別殺人までやらかす奴だし……ま、人間失格だけど悪魔として見所があるのは確かか。」
ロンリネスは無差別殺人犯の光龍が悪魔の様な人間として見所があるのも事実だと思い、オデイシアスが彼を見込むのも一理あると感じる。
「でもリメインはやっぱりあいつ嫌い……」
しかしオデイシアスがどれ程光龍の事を買っていようと、やはり自分と光龍は合わないと感じた。
2
町中に立っている赤い三角屋根に青い壁の家。
一階には大きなショーウィンドーがありその右隣に茶色のドアがついている。
ドアの前にはニュームーンと書かれた看板が立っておりそこが英夜達の目的の場所である玩具屋の様だった。
しかし英夜達はすぐにニュームーンには入らず、近くにあるハンバーガーショップで待機していた。
英夜が美森にも協力してもらおうと電話で呼び出し、彼を待っていたのだ。
「お仲間さんは結構遅いね。」
滝内は美森の到着が遅く、ポテトを加えながら愚痴を溢す。
「家政夫のバイトがあるからだろ、早めに切り上げて合流するってあいつも言ってたし待ってればその内来る。」
英夜によると美森は雪木の家の掃除で忙しかったらしく、到着には時間がかかる模様だった。
「それにしても家政夫とはねぇ……その水前寺って人もイイトコのお坊ちゃんなんでしょ? 物好きな人だ事で。」
滝内は金持ちの家に生まれながら別の金持ちの家に使用人として働く美森を不思議に感じる。
「彼、結構謙虚な人だから庶民の暮らしも体感しておきたいんだって。」
そこに胡桃が美森はそれ程謙虚な人間なのだと滝内に告げる。
「なんか気持ち悪いね。」
滝内は裕福な家庭に育ちながら庶民の生活を体感しようとする美森の謙虚さに人が良すぎると感じたのか、彼に対して悪い評価を口にしてしまう。
「お前も結構言うじゃないか、本人が知ったらどんな反応するか見ものだぜ!」
滝内の言葉を聞いた英夜はこの場に美森がいたらどうなったんだろうと想像し、失笑する。
「ちょっと二人共、水前寺君に悪いよ。」
美森の事を悪く評価する2人を見た胡桃は自重する様2人に注意する。
「胡桃ちゃんは水前寺って人の事好きなの?」
滝内は悪ふざけをするかの様に胡桃に美森の事が好きなのかと問いかけて来る。
「え? いやぁ、ああいうのはちょっと……」
胡桃は視線を反らしながら自分も美森の様な引っ込み思案で女々しい一面を持つ男はタイプではないなと思ってしまう。
「何だか酷い言われ様だね。」
するとそこに何時の間にか英夜達のテーブルの目の前に立っていた美森が3人をジト目で見つめながら話に割り込んでくる。
「あはは、本当ほん……うわぁ!!」
英夜は胡桃の美森に対する評価に笑い続けるが、突然目の前に立っていた美森に気付き驚きの声を上げてしまう。
「え!? いつからそこに?」
胡桃も驚きながら美森に問いかける。
「ちょっと前に着いた、それにしても随分と僕の話題で盛り上がっていた様だね。」
美森は英夜達が自身の話で盛り上がってる間に店内に入って来た様だった。
「い、いやそんなつもりは無かったのよ!」
胡桃は別に陰口で盛り上がっていた訳ではないと美森に必死な態度で言い聞かせる。
「まぁいいか、それよりも、そちらの娘が電話で話してた依頼者さん?」
美森は先程の陰口紛いの会話を水に流し、顔を滝内の方に向けて彼女に話しかける。
「そうだよ、滝内リコって言うんだぁ、これでも天使だよ!」
滝内は自分が天使である事を明かしながら自己紹介する。
「天使かぁ……」
天使と言うワードを聞いた美森は半天半魔の雪木の事を思い出し沈黙する。
「どしたの? 何か文句あんの?」
滝内は顔色を変えた美森を見て彼にどうしたのかと尋ねる。
「そんな事ないよ、ただ知り合いに天使がいてさ……」
美森は微笑みを浮かべつつ滝内に自信が雪木と知り合いな事を説明する。
「え? 初耳だけど。」
「俺もだ。」
しかしそれを聞いた英夜と胡桃は彼が天使と知り合いな事は初めての情報で困惑する。
「え? ああ……成程……」
美森は昨日雪木が胡桃に電話をした事は聞かされていたが、彼女の反応を見て雪木は自分の正体を教えてないのかと判断する。
「なーに1人で納得してんだ?」
英夜は1人で勝手に解釈を済ませる美森に注意を入れる。
「いやいや、そう言えば話してなかったなぁ思っただけ。」
美森は雪木も何か思う所があって自分の正体を隠しているのだろうと解釈し、あえて話を誑かす。
「あの看護師が天使だったのか?」
英夜は高井が天使だったのかと思い美森に尋ねる。
「いや、彼女は人間、何というか……天使と昔ちょっと関わりがあった程度かな?」
美森は高井が刃物で一斬りされて殺されたため、彼女は人間だと英夜に断言した。
天使の生命力であれば一斬りされた程度では死なないのだ。
「看護師?」
滝内は高井の事を知らなかったため話に置いてかれ、キョトンとした表情で首をかしげる。
「話がおかしな方向に行っちゃうし、今度また水前寺君に聞いてよ。」
胡桃は今高井の事を話しても本来の話題から話が逸れるだけと判断し、今までの話を一先ず保留しようと滝内に呼び掛ける。
「そうか、今はニュームーン突入の作戦会議をしなくちゃね。」
滝内も胡桃の意見が一理あると思い、話をニュームーンの事へ戻す。
「それで、どうやって突入するんだ? 正面から行っても付近の通行人に被害が出るだけだぞ。」
英夜も話題をニュームーンへ戻し、滝内にどうやって乗り込むのか問いかける。
「そこなんだけど、結界から入ろうと思うんだぁ。」
滝内はハンバーガーにかぶりつきながら結界からニュームーンに入ろうと英夜に提案する。
「結界から? 入れるの?」
美森は滝内の結界から入るという策を聞き、それは可能なのかと驚く。
「そのためのスプレーならもう作ってあるよ、ねぇ胡桃ちゃん。」
滝内は胡桃に出来上がった結界に入れる道具を美森達に見せるよう頼む。
「ええ、今朝滝内さんと一緒に作ったの。」
そう言いながら胡桃はショルダーバックからラベルの貼られていない無地のスプレー缶を取り出し、男性陣2人に見せつける。
「それが結界に入るための道具?」
美森はスプレーをじっと見つめながら胡桃に尋ねる。
「ええ、材料はブルーハーブと鶏の血、魚の骨や豚の腸や……」
胡桃は自作のスプレーを自慢するかの様にどんな材料で作られたかを語り始める。
「そして私の血も入ってまーす! 天使の血だよー♪」
そこに滝内が口を挟み、自身の血も入れてあると嬉しそうな表情で主張する。
「まてよ、成分なんかどうでもいい飯食ってる時に話されても気分悪いだけだ。」
一方の英夜はスプレーの材料にグロテスクな素材も入っていたため、食事中に堂々と語るなと胡桃に注意した。
「あはは、ごめん」
胡桃は失笑しながら英夜に謝罪する。
「ともかく、そんな物で本当に結界の中に入れるのか?」
英夜は謝罪する胡桃に苦い表情をしながらも、滝内に本当にスプレーで結界に入れるかどうか尋ねる。
「このスプレーだけじゃ入れないわ、後はこれを使うのよ。」
胡桃は次にバックから赤い血の様な物で描かれた六芒星の紋章のあるポスター程の大きさの紙を男性陣2人に見せつける。
「魔法陣の描かれた紙?」
美森はそれを見て魔法陣だという事はすぐにわかったが、スプレーとの関連性が分からず首をかしげる。
「勿論これもわたしの血で描いたもの、天使のオーラが込められた魔法陣にスプレーをかけて現実世界と結界の間で裂け目が生まれる、そこから結界の世界に入る事が出来る、言っちゃえばワープ装置みたいなモンだよ。」
魔法陣とスプレーの説明をしたのは滝内だった。
「スプレーに使われているブルーハーブは人間が食べても特に効果は無いけど天使にとってはいい栄養剤になるって聞いた事があるけど、スプレーと魔法陣が反応するのもそれが関係してる?」
美森はスプレーの材料に使われているブルーハーブという植物と天使の血で描かれた魔法陣は反応し合う物なのかと滝内に伺う。
「そういう事だね、ブルーハーブは天使のオーラの流れを良くする成分が含まれているし組み合わせれば特殊なアイテムも作れるよ、さてと長話もこれ位にして早く食事を済ませよう。」
美森の質問にそうだと答えた滝内は話を中断して早く食事を済ませてニュームーンへ出発しようと3人に呼び掛けた。
3
ハンバーガーショップで食事を済ませた美森達一行はニュームーンと隣のマンションの間の裏路地に集まり、結界に入る準備をしていた。
胡桃も腰に二兆拳銃、背中にショットガンを抱えて戦う意思を示す。
滝内がまず魔法陣の描かれた紙を地面に置き、そして胡桃が紙にスプレーをかける。
そして4人はおしくらまんじゅうをする様に背中合わせで紙の上に足を入れる。
「入るよ。」
滝内が3人に呼び掛けた直後、足元の魔法陣が光り出し空間に歪みが生まれる。
そして青い空がどんどん血の様に赤く染まり、歪みが消えた頃には完全に空が赤色で被われていた。
結界の中に入った事を感じた4人は裏路地を出て歩道に集まる。
「ここが結界……おぞましい空ね……」
空の景色を見た胡桃は強張った表情で呟く。
英夜と胡桃は結界の存在は知ってたものの、実際に入るのは初めてで緊張感を抱いてしまった。
「お前は昨日入ったんだよな。」
英夜は昨日美森がディセントの結界に閉じ込められた事を聞かされており、それとなく本人にその時の感想を伺ってみる。
「うん、初めての経験だったけどすぐに慣れた。」
美森は最初に結界に入った時は動揺したが、2回目となると慣れてしまった感じがあった様だ。
「意外と適応力が高いな。」
英夜はたった1度の経験で結界にいる事に慣れてしまった美森を見て感心する。
「そこは人それぞれって所だね、じゃあ行こう。」
滝内は結界に慣れるかは人にもよると英夜に話し、3人を先導する様にニュームーンのドアまで歩き出す。
美森達3人はそれぞれアイコンタクトを送った後、滝内の後を追う。
美森達が自分の前までやって来たのを確認した滝内は慎重にニュームーンの扉を開ける。
店の中はぬいぐるみやロボットの人形等が棚に並べられており、人の気配は感じられなかった。
まず初めに英夜が店の中に忍び足で入り、辺りを確認する。
誰もいない事を確認した英夜は右手でOKのサインを出し、他の3人も慎重に店の中に入りだす。
「一先ず此処は安全だ、だがこうも静かすぎるのも妙だし気を抜くな。」
英夜は辺りが不自然な程静かなため警戒を怠らない様美森達に忠告する。
美森達は無言で頷き、周りを用心深く辺りをキョロキョロと見回す。
最後尾にいた胡桃も悪魔が外から入って来るの可能性を想定して念には念をと言わんばかりに扉をそーっと閉める。
4人は警戒心を滾らせながらも、無事にカウンターの前までたどり着く。
「問題はこのドアの先か……」
英夜はカウンターの向こうに見える、おそらく事務室へ繋がっているであろうドアを見つめながら呟く。
4人はまたアイコンタクトを取りながら唾を飲み込み、カウンターの中に入ろうとする。
英夜と美森がカウンターの中へ入った直後、大きな音と共にカウンター内の地面が盛り上がり、英夜と美森、胡桃と滝内の二組に一行が別れてしまう。
「何だこれは!?」
英夜は自分達のいた地面が3階建てマンション程の高さまで盛り上がった事に驚きを見せる。
「道が別れたんだよ、結界じゃあよくある事!」
下にいる滝内は自分達の目の前に洞窟の様な人の通れる穴を見ながら、上にいる英夜に聞こえる様大声で語りだす。
「二手に分かれるしかないね。」
この状況を見た美森は冷静な意見を英夜に告げる。
「俺達はともかく、あんたらお2人さんは大丈夫なのか!?」
英夜はオーラナイトである自分達はともかく、変身できない下の女性陣2人の事が心配でならなかった。
「大丈夫、私がついてるから! 天使は頭撃ち抜かれた程度じゃ死なないよ!」
心配を見せる英夜に滝内は人間より高い生命力を持つ天使である自分がいるから胡桃の事は心配いらないと彼に告げる。
「胡桃ちゃんも全く戦えない訳じゃないし、取りあえず彼女の事は滝内って子に任せよう。」
美森は胡桃も重火器の扱いに慣れているため、簡単にはやられないだろうと英夜に言い聞かせる。
「確かにそうだが……滝内、胡桃の事は頼んだぞ! お前も無茶はするなよ胡桃!」
英夜は身内としての心配もあったが今は議論してる場合じゃないと判断して女性陣2人を信じる事にした。
「分かってるわ!」
英夜から心配の言葉を受けた胡桃は無茶をするつもりはないと彼に返した。
そして美森と英夜、胡桃と滝内の二組はそれぞれが進む道に歩き出した。