74話 霊園の歌姫35
1
アイシクルは銭湯の湯の中で寛いでいた。
ここ最近ホテル内の浴槽での入浴が続いていたため彼女にとっては貴重な経験だった。
偶然にもそこでロンリネスと鉢合わせをし、2人は湯に浸かりながら話し合っていた。
「つまりこの絵は山奥の外で入浴している気分を味合わせるために描かれた物なのね……疑似的に別の空間にいる気分を味わえるのっていいかも……」
アイシクルは銭湯には定番である富士山の絵についてロンリネスに質問したらしく、理由を知って少し面白いと感じていた。
「でしょでしょ! お金が無くて温泉に行けなくてもいいような工夫なのよ。」
「でも不思議で仕方がないのはどうしてお風呂屋という物があるのか……というか日本人はどうして毎日お風呂に入るのかって所ね。」
ロンリネスは自国の文化を得意気に自慢していたが、一方のアイシクルは何故日本には温泉や銭湯があったり毎日入浴する習慣があるのかが疑問に思えた。
イギリス人自体、入浴をしないで過ごす日々が多く、どうでもいい習慣であったが故の疑問だった。
「お湯に身体が浸かると気持ちが良いからじゃないかしら、体臭にも気を遣うのも理由だと思う、可愛い服に汗の匂いがつくのも耐え難いしね。」
ロンリネスはそれとなく自分が思う日本人が風呂に拘る理由を語った。
「ふーん……日本人は潔癖症って事ね……」
アイシクルは国によって価値観に違いがある事を改めて実感した。
「……話は変わるけど、貴女、病院でハルカと対面した時に記憶を読んだでしょ? 私の苦労、分かってくれた?」
ロンリネスはふと話題を変えて、病院でアイシクルがハルカに会った時の事に触れ始めた。
「あの時の事? どうやらあの娘の中には人食いが好きな別人格が潜んでいるみたいね……確かにあの人格と付き合っていくのは苦労しそうね……」
アイシクルはハルカの記憶を読んで思った感想を口に出し、ロンリネスの抱える苦労に同情した。
「あの人格……デュアルっていう名前なんだけど面倒な奴で本当参ってるのよ。」
ロンリネスは右手を頭を押さえながらハルカの第二人格、デュアルが起こした出来事の一部を思い出した。
☆☆☆
ある日の夕方のアパート。
そこに住民であろう茶髪のボーイッシュな髪のピンクのTシャツに青のショートパンツ姿である大学生位の女性が帰宅した。
女性は台所に向かい、冷蔵庫にある飲み物を取ろうとした。
「貴女がこの家の人?」
その時、女性の背後で声がした。
女性が振り返ると、そこにはピンクの花柄模様がある白いワンピースを着たデュアルがいた。
「何あんた!? 何時からそこにいたの!?」
女性は家の中に見知らぬ人物であるデュアルがいた事に困惑した。
デュアルはそんな女性を見てニヤリと笑い、そして飛びかかった。
時を同じくしてロンリネスが住宅街をキョロキョロしながら走っていた。
ロンリネスは瞑想してオーラの気配を読み取り、そして奥に見えるアパートへと駆け寄った。
アパートのドアを開けて中に入ると、そこには先程の女性の死体を貪っているデュアルの姿があった。
「ちっ……手遅れだった!」
ロンリネスは駆けつけるタイミングが遅かったと毒づいてしまう。
「やっぱり若い雌のお肉は美味しいね。」
デュアルはロンリネスの方を見つめ、血にまみれた口元をニヤつかせながら人肉の味の感想を語った。
ロンリネスはそんなデュアルに拳銃を向けた。
「ねぇ、あんたはどうすればハルカから出て行ってくれるの?」
銃口を向けながらも発砲する事に躊躇いの有る複雑な表情でロンリネスはデュアルに質問をした。
「出て行くつもりは無いよ、ハルカは私の大切な宿主だからね。」
デュアルはロンリネスが自分を撃てない事を分かっていた様で余裕に満ちた態度を崩さなかった。
「人質をとるなんて卑怯な女ね。」
ロンリネスは主人格であるハルカをデュアルの人質に見立てて皮肉の言葉をぶつけた。
「そんな怖い顔しないでよ、半分悪魔の身である貴女は食べたいとは思わないから仲良くしようよ。」
デュアルはロンリネスを食べる気にはならなかったので良好な関係でいたいという気持ちを語って再び女性の死体を貪る。
ロンリネスはどうする事も出来ず、銃を降ろしてしまった。
☆☆☆
「現時点では大人しいけどまた何時本調子に戻って人を襲うか分かったモンじゃない……ハルカの身体で人食いなんかして欲しくないのに……デュアルを監視するのは大変よ……」
ロンリネスは改めてデュアルと付き合う事の大変さをアイシクルに打ち明けた。
「こういう時って1人で抱え込まず誰かに頼ったしてもいいんじゃない……」
アイシクルはそれとなく悩みを共感できる仲間を作るのも一つの策ではないかと彼女にアドバイスした。
「あら、人々から恐れられる魔女でも暖かい言葉が言えのね。」
ロンリネスはアイシクルの口から意外な台詞が出た事に微笑んだ。
「別に貴女に深く干渉するつもりは無いけど……ただ私以外の人なら貴女の力になれる可能性があると思っただけ……」
アイシクルは素直に相手に自分の気持ちを伝えられない様な複雑な言い訳をした後、湯を出て身体を洗いに向かった。
「意外とツンデレな一面もあるのかしら……まぁいいわ、私も身体洗おうっと。」
ロンリネスはアイシクルも見かけによらず良心的な一面があるのではと推察した後、自分も身体を洗うために湯を出る事にした。
2
オデイシアスは長い身体をクネクネと動かして美森装甲態を襲う。
美森装甲態は壁走りで逃げ、二回のフェンスにジャンプした後オデイシアスに剣を振りかざして飛びかかる。
オデイシアスの頭部と美森装甲態の剣がオーラを纏ってぶつかり合った後、力の差で美森装甲態が吹き飛ばされる。
「ぐう!」
「このままじゃ面白くないな、ハンデを与えてやろう!」
呻き声と共に壁に叩きつけられる美森装甲態を見たオデイシアスは人間の姿へと戻って彼の前へ着地する。
そしてオデイシアスは背中から具現化した鎖で美森装甲態の首を絞めつけた。
「うぐっ!!」
「これ位の困難を抜け出せなきゃオーラナイトじゃないよな。」
呼吸を封じられて苦しむ美森装甲態にオデイシアスは皮肉を込めた腹黒い笑みで彼の力を試そうとする。
美森装甲態はすぐに自分の身体を液状化して首絞めから脱出し、オデイシアスに突撃する。
オデイシアスはガードの体制に入ろうとするも間に合わず、今度は彼が液状化した美森装甲態によって首を絞めつけられた。
「ぐう……フッ!」
オデイシアスは苦しみの最中で再び笑みを浮かべ、そしてコートのポケットからスタンガンを取り出して美森装甲態に電撃を浴びせた。
電撃を受けた美森装甲態はすぐにオデイシアスから離れ、身体を実体に戻した。
「ぐっ……そんな対策も考えていたのか!?」
美森装甲態は思わぬ弱点を突かれて焦りを見せた。
「身体を液状化させている間は電気は通りやすくダメージも倍加する……当然の推理さ。」
オデイシアスは一度戦った経験がある相手の弱点を考えるのは当然だと余裕な態度で断言した。
美森装甲態は液状化しない方が良いと考えながら引き続きオデイシアスに剣を振りかざし、オデイシアスは4本の鎖で応戦する。
美森装甲態も2日前の戦いから特訓を重ねた様で、鎖の攻撃を華麗な身のこなしで掻い潜ってオデイシアスの付近までなんとか到達した。
美森装甲態の剣をオデイシアスは鋭い動体視力で白刃取りした。
「おー、やるねぇ……それじゃぁ、びっくり仰天する技でも披露しましょうかね。」
一見すると剣を白刃取りして両手が塞がっているオデイシアスは不利に見えたが、それでも彼は余裕そうな笑みを崩さず、そして両目にオーラを込めて鎖を発射した。
「ぐあっ!?」
光線の様にオデイシアスの目から飛び出した鎖を美森装甲態は間一髪で身体を反らして回避するも、その一瞬の隙を付いたオデイシアスは剣から両手を放して回し蹴りをお見舞いした。
美森装甲態は地面に倒れそうになるも、なんとか体制を立て直してオデイシアスに剣を構えた。
そしてふと高井の葬儀の思い出を頭に過らせた。
☆☆☆
高井の通夜が行われる寺。
その寺を美森は遠くから眺めていた。
寺に入る大勢の人達と同様、美森も喪服姿で高井の葬儀に参列しようとしていたが、途中で立ち止まってしまったのだ。
それは、恋人というまだ浅い関係であったが故に葬儀に堂々と参列していいものなのかと迷っていたのが理由だった。
「行かないの?」
すると美森の背後で女性の声が聞こえる。
美森が振り返ると、そこには美森にそっくりな顔立ちをした黒髪で碧眼の40代前半位の女性がいた。
女性の服装は青いセーターに黒のロングスカート、茶色のブーツ姿だった。
女性の髪は一見するとボブカットに見えるが、実は長い髪を後ろで束ねていたのだった。
「母さん……つけてたの?」
美森はその女性の事を母と呼んだ。
この女性こそが美森の母、水前寺モニカだった。
「愛した人なんでしょ? だったら葬儀に参列して彼女を見送りなさい。」
モニカは冷静な表情で美森に説教をし、葬儀に参列する事を勧める。
「分かってる……所で母さん……母さんは僕にオーラナイトになって欲しい?」
美森はモニカの言葉で葬儀に行く決心が着いた様だった。
そして美森はもしも自分がオーラナイトに志願したら賛成してくれるかと質問する。
「復讐の為になるつもりなのね……どうだか……私も若い頃にオーラナイトをしていたから言えるけど、こんな命懸けで悪魔を退治しているのに安い給料しか貰えない仕事に自分の子供を就かせるのは抵抗が有るわ……でもあんたが自分の意志で決めた人生であるのなら、止めはしないわ。」
モニカは美森がオーラナイトになりたい理由は高井の復讐のためだとすぐに察した。
息子を命懸けの仕事に就かせるのは抵抗が有ったが、自分達の一族は代々オーラナイトの家系であり、更には自分も昔はオーラナイトを務めた身でもあるため否定はしづらかった。
「ありがとう……」
美森は素直にオーラナイトになる事に賛成してくれたモニカに礼をした。
「愛する人を失ってしまったけれど、死んだ人を生き返らせる事は出来ないけれど、今後あんたに祝福が舞い降りる事を祈っているわ。」
モニカは高井を失って傷心している美森にそれでも生きていれば幸福が得られると言い聞かせた。
☆☆☆
美森装甲態は戦いの最中で何故あの時の事を思い出したのだろうと考えながらも、気を取り直してオデイシアスへ立ち向かって行く。
オデイシアスは宙返りで美森装甲態の攻撃をエスケイプし、そしてオーラの力で宙を浮遊した。
美森装甲態も彼に続いてオーラを研ぎ澄ませて高くジャンプする。
空中で美森装甲態の剣とオデイシアスの鎖が激しくぶつかり合い、金属音が絶えず屋敷内に響き渡った。




