7話 胡桃とリコ1
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市街にある8階建てのマンション。
此処は胡桃の通う高校が提供してる学生寮だ。
その3階の303号室に胡桃は住んでいた。
胡桃の部屋には科学雑誌やモデルガンが散らばっており、彼女が片付けの出来ない人間だというのが見て取れた。
胡桃はベッドに座ってスマホを耳にあて雪木と電話をしていた。
電話をして来たのは雪木の方で昼間美森とデートをした際にディセントの襲撃にあった事を胡桃に知らせに来たのだ。
「今日は1日大変でしたね。」
『そうなのよ、まさかデートの最中に結界に呑まれるなんて思わなかったわ。』
「私達も迂闊でした、結界の気配を感知したり、そこから脱出できる道具はまだ作っている最中だったので。」
昼間の出来事を聞かされた胡桃は結界に気づかず助太刀に行けなかった事を申し訳なさそうな表情で雪木に謝罪する。
『まぁ、結界を使う悪魔っていうのは稀にしかいないしあんたらも駆け出しの退治屋だから結界対策も遅れるよね。』
「すいません、でも雪木さんは悪魔の習性に詳しいんですね。」
胡桃は結界を使う悪魔は少数だという雪木の発言を聞いて、彼女が悪魔に詳しい事に疑問を抱いた。
『え? ああ……訳あって小さい頃に悪魔に襲われた事があるから……』
雪木は一瞬自分が半天半魔である事を胡桃に打ち明けようとするが、何か思う所もあったのか彼女にはまだ美森以外の人間には自分の正体を伏せておこうと判断した。
「それは大変でしたね、大丈夫だったんですか?」
『なんとかオーラナイトに助けてもらったわ、それよりも結界対策の道具が出来たら早く頂戴ね。』
「わかりました、それで話は変わるのですが水前寺君とデートしてみてどうでした?」
『まぁまぁって所よ。』
「そうですか……でも雪木さんも物好きですよね、タイプの男じゃない筈の水前寺君とデートをしようと思うなんて。」
『ただの気まぐれよ、今言えるのはそれだけ。』
「いつかちゃんとした理由を聞きたいですね。」
『いつかね、じゃあね。』
「それじゃあまた。」
雪木との電話が終わった胡桃は小腹が空いてる事に気づき、ソファーから立ち上がる。
胡桃は冷蔵庫に冷凍ピザがあった事を思い出し冷蔵庫まで歩き出す。
冷蔵庫までたどり着き、一番上の扉を開けてピザの入った紙の箱を取り出し、中身を皿に移して電子レンジに入れる。
(結界対策の道具は食べた後作ればいいか。)
胡桃はまず腹ごしらえをしてから雪木に頼まれた道具の製作に取りかかろうと考えながらレンジのスイッチを入れた。
すると辺りが突然暗くなり、胡桃は部屋が停電した事に気づく。
「嘘!? こんな時に停電だなんて聞いてないよ~!」
胡桃は突然の停電に驚きながら懐中電灯を取ろうと玄関まで歩き始める。
しかし辺りの暗さで歩きずらく、壁に右手を張りつけながら慎重に前に進む。
(ただレンジにスイッチを入れただけなのに……壊れてんのかなぁ、後で直さなきゃなぁ……あー面倒くさい。)
胡桃は結界対策の道具作りの他にレンジの修理もしなければいけないのかと思うと厄介事が増えたと言わんばかりに不満の感情を滾らせる。
胡桃は部屋の構造は頭に入っているため油断して早歩きになるが、突然何かに躓き体制を崩す。
「いった! マジ最悪だわ!」
胡桃は災難が続く事に腹立たしさを覚える。
そんな時、玄関の方からチャイムが鳴り、胡桃は再び慎重になりながら玄関の方まで歩く。
「こんな時に誰?」
玄関まで着いた胡桃はドアを開けながら不機嫌そうな表情で来客に対応する。
玄関の前にいたのは白いニットに青のミニスカートを履いたピンク色のボブカットの髪の少女だった。
「あれれ、どうしたの部屋を暗くしちゃって。」
少女は胡桃の部屋の中が暗い事に気づき、その理由を彼女に尋ねる。
「滝内さん! いやぁ、ちょっと部屋が停電しちゃって……」
胡桃は滝内と呼んだ少女を目にすると表情を普通に戻し、彼女に停電があった事を伝える。
「それは災難だね。」
滝内は部屋が停電した胡桃を気の毒そうに思い苦笑いする。
「多分レンジの故障だと思うんだけど、そんな事より用件は何?」
「あっそうだった、ちょっとケーキを作ってみたの、良かったら食べる?」
「滝内さんがケーキを作るなんて珍しいね、でも丁度お腹が空いていた所なの、助かったわ。」
胡桃によれば滝内が料理をするのは珍しいそうだが停電してレンジが使えない今は食べ物を分けてくれるのはありがたいと感じた胡桃は彼女の誘いに乗る事にした。
滝内の部屋は胡桃の隣にあり、2人はその関係もあってか仲が良かった。
胡桃を自分の部屋に招待した滝内は早速調理場から自身が作った円形のチョコレートケーキを居間まで運び出し、ソファーに座っている胡桃に見せつける。
「結構よく出来てるじゃない。」
差し出されたケーキを見た胡桃はチョコレートホイップの盛り付けを見て見た目はケーキ屋に売っている様な物と変わりなく美味しそうだと感じる。
「そう言ってくれると嬉しいよ。」
滝内はケーキをナイフで三角状に斬って小皿に移しながら胡桃に褒められた事を照れていた。
「じゃあいただきまーす!」
小皿に移されたケーキを渡された胡桃は早速と言わんばかりにテーブルに置かれてあったフォークを手に持ち、食事を始める。
「味の方はどう?」
ケーキを食べた胡桃を見た滝内は彼女に味の感想を伺った。
「中々いける。」
胡桃は口の中でとろけるチョコの甘さを感じながらケーキは美味しいと滝内に答える。
「これが天使、滝内リコの実力だよ。」
胡桃からケーキに対する高評価を貰った滝内は自慢に満ちた表情で人差指を指しながら上機嫌になる。
彼女は人間ではなく天使だそうだ。
「あはは、天使の実力ですか。」
(調子いいなぁこの人……)
胡桃は上機嫌になった滝内を見て若干引きつった表情になり、心の中でまた彼女の悪い癖が始まったと思い込む。
「そういえばいつか言おうと思ってたんだけど私の事『滝内さん』って呼ぶの卒業しない? お隣同士だし、私の方はもう胡桃ちゃんって呼んでるし。」
滝内は急に話を変え、自分の事を名字で呼ぶ胡桃に下の名前で呼んで欲しいと頼み込む。
「確かにそうだけど、従兄妹の英夜は別としてなんか踏ん切りがつかないのよね、自分で言うのもアレだけど元々友達少ないし……何とか人には明るく振る舞えてはいるけど、どちらかと言えば無理しちゃってる方だし……」
胡桃は気まずそうな表情で視線を滝内から逸らしながら身内以外の人を名前で呼ぶのは緊張して上手く踏み込めないのだと彼女に打ち明ける。
「オーラナイトの家系だから?」
「それもあるけど私は元々1人で機械いじりをするのが好きだから他人と上手く馴染めないのよ。」
胡桃は友達と遊ぶより1人で黙々と機械をいじって過ごして来たが故に人見知りしてしまうそうだった。
そして胡桃はそんな自分は美森に似ているのだなと今更ながら実感してしまう。
「私は人間じゃないから親しみやすいの?」
滝内は姓で呼ぶか名前で呼ぶかはともかく胡桃が自分とは平然と付き合っているため相手が人外であれば接しやすいのではと推察し彼女に伺った。
「かもしれない、特別な家系に生まれたおかげで上手く周りの人間に溶け込めなくて、オーラナイトと似たような存在である天使は同じ気持ちを共有出来そうで安心するんだぁ……」
胡桃は自分達と同じく悪魔と対立する身でいて人間とは別の生き物である滝内に対して対人恐怖症が出ることが無く接しやすいのだった。
「でもさぁ、人を守る存在なのに人を拒絶するってのも何か変じゃない?」
滝内は人助けをする仕事をしていながら周囲の人間に溶け込めず避けている胡桃に矛盾を感じる。
「確かにそうかもね、住む世界が違うとどうせ命懸けで悪魔と戦ってる自分達の苦しみは一般人には分からないってネガティブに物事を考えちゃうんだよねー。」
胡桃は被害妄想に近い思想を滝内に打ち明け、恥ずかしそうな表情になる。
これではまるで悲劇のヒロイン気取り、理性で否定しても本能がそうしてる自分の現状がますます美森に近いと感じて反省しなくてはと自分に言い聞かせてしまう。
「私も天使だから周りの人間に溶け込んでると疎外感を感じる事もあるよ、でも人間に興味があるからこうして学校に通ってる、胡桃ちゃんもマイナスな考えを避けてもっと人生を楽しもうよ。」
滝内は疎外感を感じる所があるのは自分も同じだからネガティブな考えで自分を特別扱いするのはやめてほしいと胡桃に助言を与える。
「ええ、そうするわ。」
滝内から助言を受けた胡桃は彼女に一喝された様に感じ、それまでの自分を否定しようと強く願った。
「でさぁ、また話が変わるんだけど……」
一方の滝内はケロッとした表情でまた会話の話題を変えてくる。
「今度は何?」
胡桃はケーキをまた一口食べながら滝内の次の話の内容を尋ねる。
「胡桃ちゃんの従兄妹に会えない?」
「英夜に?」
滝内から英夜に合わせて欲しいと頼まれた胡桃は何の用件があるのだろうと思い首をかしげる。
「悪魔退治の依頼がしたいの。」
滝内は真面目な表情になりながら悪魔退治の依頼を英夜に申し出たいと胡桃に告げる。
2
翌日、胡桃と滝内は町はずれにある河原に来ていた。
川が緩やかに流れ、美しい緑の木々に囲まれた心が安らぎそうな場所だった。
英夜は暇なときは大抵ここで趣味の釣りに明け暮れていたのだ。
「で? 依頼ってのは何だ?」
胡坐をかきながら静かに釣りをしている英夜は背後に立っている胡桃と滝内に以来の内容を問いただす。
「『ニュームーン』っていうおもちゃ屋さんがあるんだけど知ってる?」
滝内は右手を腰にあてながらニュームーンと呼ばれる玩具屋の話を持ち出す。
「ああ、第二公園の向かいにぽつんと建ってるあれか。」
英夜もニュームーン時代は街を歩いてる時に何度か目にした事があるらしく、すぐにその場所を特定した。
「あそこ、悪魔の巣窟なんだよね。」
「成程ね~、そこの悪魔共を退治して欲しい訳か、だがおもちゃ屋とお前さんに何の接点があるんだ?」
英夜はニュームーンに潜む悪魔達を退治するのが滝内の依頼だと察するが、彼女とニュームーンに何の接点があるのかが分からず質問する。
「ニュームーンでは裏で偽札が製造されている、それを知った私の父が悪魔達を退治しようとしたけど返り討ちにされた。」
「つまる所復讐か、お前の親父さんは何故おもちゃ屋の悪魔共を退治しようと思ったんだ?」
英夜は滝内が偽札を製造する悪魔達を退治しようとして返り討ちにされた父の仇討ちをしたい所まで察し、次に滝内の父親がニュームーンに殴り込んだ経緯を彼女に問う。
「父さんは絵本作家だったから同じ子供に夢を与える身としてニュームーンの悪魔達が許せなかったのよね。」
「そんな事があったんだ……ごめんなさい、いつも傍にいたのに気づかなくて。」
胡桃は滝内の事情を聞いてなんとも言えない表情になる。
親しい友人の筈の滝内の身の上話を知らなかった自分は周りに深く干渉せず本当に1人でいるのが好きだったのだと後悔しながら彼女に謝罪をした。
「謝る事なんかないよ、私にも他人に話したくない事情位あるし。」
滝内は申し訳なさそうに謝る胡桃を慰める様に自身も事情を話さなかったのだからきにするなと告げる。
「しかしなぁ、俺も一応駆け出しのオーラナイトだし天使が歯が立たなかった相手に勝てるとは限らんぞ。」
一方の英夜は天使である滝内の父親が敵わなかった相手に勝てるかどうか不安な気持ちになっていた。
「天使にだって戦闘能力に個人差はあるよ、そこは人間と同じ、あんたは日頃から鍛えてる身だしお仲間だっているんでしょ?」
滝内は天使の強さにも個体差がある事を英夜に告げ、オーラナイトであり仲間もいる彼ならば太刀打ち出来るだろうとフォローを入れる。
「水前寺の事か? まだ仲間と言える程親しくなってはいないがあながち間違いでもないか。」
英夜は滝内の言う仲間と言うのが美森の事を差し手いるのだろうと予想した。
「引き受けてくれる?」
滝内はまだ英夜に依頼を受けるのかどうか聞いていなかったのを思い出し、深刻な表情で彼に尋ねる。
「まぁいいだろう、その代わり報酬はきちんと頂くぞ。」
英夜は依頼を受ける代わり、高校生だろうとそれなりの報酬は貰うと滝内に返答する。
「バイトして稼ぐよ、だからローンでもいい?」
胡桃は英夜が依頼を引き受けると知ると少し安心した表情になり、分割払いで報酬を払っていいかと彼に質問する。
「構わんよ、じゃあ早速出かけるか。」
英夜は滝内の分割払いの条件を素直に受け入れ、釣り糸を川から離して釣りを中断し、ニュームーンへの出発を開始する。