59話 霊園の歌姫20
1
戦いを終えた美森達一同は雪木の自宅に戻っていた。
「そのカビ使いってかなりの強敵ね……でも、薬を受け取らなかったジルさんは偉いと思います。」
美森からフォグと関わり、戦闘をした事を聞かされた雪木はその最中でフォグの誘惑を断ち切ったジルを称えた。
「ええ……自分でもどんな選択が正しかったのか分かりませんが……」
ジルは正直今でも迷っていた。
あのまま薬を買っていれば父親の病気を助けられたかもしれないと思いながらも、その後フォグからどんな見返りを要求されるかも分からず買わない方が安全だったかもしれないと考えていたからだ。
「それにしてもあのカビ使い、光龍と違ってかなり身体を鍛えていそうだ、敵ながら格闘センスは天晴だったぜ……」
英夜は無差別殺人を起こすまでは家で引きこもっていたであろう光龍と違い、フォグは日々鍛錬を積んでいそうな戦闘力だった事から今後も彼と戦うのは面倒だと感じてしまう。
「それと最後に現れたアイシクル……私も名前位は聞いた事があるわ、世界を飲み込もうとした魔女というから対話が出来ない人物かと思ったけど、一見するとまともそうなイメージだったわ。」
一方の直花はアイシクルという意外な人物をこの目で見て、その第一印象が何処にでもいそうな普通の少女だった事を意外に感じていた。
「オデイシアスも厄介な連中を味方につけてる……護身用のつもりなのか……」
美森は昼間のオデイシアス戦、そして夜のフォグ戦と立て続けに連敗しており、更にはアイシクルという危険な存在もオデイシアスと関わりがあるために強敵揃いなこの現状に危機感を抱く。
「アイシクルは明後日の戦いには参戦しないと思うけど、あの白髪の男は分からないわね……その時までに対策を練って、なんとか貴方とオデイシアスが1対1で戦える状況を作らなきゃ……」
直花はフォグが明後日の博物館での決戦にフォグが参戦する可能性を考慮して、フォグのカビ攻撃を封じる策を考える。
「水前寺、負け試合が続いてるけど大丈夫?」
雪木は現時点で2連敗をしている美森の精神面が心配になり、彼に声をかける。
「はい……『負けた事に一々ウジウジするな、連戦して行けば必ず相手の弱点が分かる』……そう師匠に教わりましたから。」
「師匠?」
美森はオーラナイトの師匠から教わった言葉を思い出してなんとか気持ちを前向きにしており、雪木はその師匠がどんな人物なのか気になり尋ねる。
「そう言えば師匠について話すのはこれが初めてですね……師匠と言っても僕と同い年ですがキャリアはあちらの方が上です……蓑丸 銀[みのまる ぎん]という女性のオーラナイトです。」
美森は自分に戦いを教えてくれた師匠、銀について語りながら彼女の事を思い出す。
☆☆☆
1年前、高井がオデイシアスに殺されて1週間も経たない間に美森はオーラナイトに志願した。
そして美森は元老院から教育係を派遣するから喫茶店で待てと指示されており、美森はそこで緊張を押し隠すように紅茶を飲みながら指定された時間まで待っていた。
「よう、待たせたな。」
すると背後から女性の声が聞こえて美森は振り返る。
そこにいたのは赤いジャケットに白いTシャツ、青のショートパンツに茶色のロングブーツ姿の女性だった。
女性の髪は銀髪のショートカットで、うなじの部分で髪を束ねていた。
この女性が銀だった。
「私の事覚えてるか?」
銀は早速テーブルに座りながら自分の事について美森に尋ねた。
「……蓑丸さん?」
美森は少し考え込んだ後で、銀の事を思い出す。
「正解! いやー、久しぶり! 元気してた?」
銀は美森が自分の事を覚えていて嬉しくて上機嫌になった。
美森と銀は中学時代に同級生で交流があった。
高校に上がって美森と別々の学校に通っていた当時、友達の女子生徒と雑談をしながら下校していた時に悪魔にさらわれてしまった。
うら若き乙女の血から極上の麻薬を作って売りさばこうとしていた悪魔に友達は殺され、自分も殺されそうになった所を美森の母親と護衛のオーラナイトによって助けられたのだ。
それがきっかけで銀は悪魔やオーラナイトの存在を知って罪の無い人間の命を弄ぶ悪魔に怒りを感じてオーラナイトになろうと決意したのであった。
「高校生の時にオーラナイトになったと母から伺ってましたが、まさかこんな形で再開するなんて……」
美森は思わぬ人物と再会した事に驚きを見せる。
「お前こそ、お袋さんからはオーラナイトになるつもりはないと聞いていたのに意外だな、それにしても東大に通ってるとはお前らしいな、成績優秀だったもんな。」
銀もまさか同い年の人間の教育係をするとは思わず失笑してしまう。
「平凡な人生を歩んできた女性と恋をして平凡に生きてきたいと考えたのですが……叶いませんでした……」
美森は高井の死を思い出し、沈んだ瞳をしながら銀に微笑みかけた。
「平凡な人生かぁ……確かにそれが一番だけど悪魔がそれを邪魔する、だから守る人間も必要なんだよ。」
銀は美森がオーラナイトに志願した動機も元老院から聞かされていた。
自分も友達を救えなかったという後悔がため美森には内心哀れみの共感を抱いていた。
「蓑丸さんはいつもサバサバしていて、誰とでもすぐに仲良くなれて……ちょっと羨ましかったです、そんな人に戦いの手解きを教えてもらえるなんて光栄かも。」
美森は銀が明るくマイペース、男勝りで運動神経も抜群な少女だった事を思い出し、師匠にはうってつけの人材だと思っていた。
「昔話はこれ位にして、この後早速稽古に入るよ! しっかり私について来てくれよな!」
銀は今は思い出に浸ってる場合ではなく、美森をきっちり教育するのが先決だと思って彼に喫茶店での一杯が終わった後は稽古の時間だと宣言した。
☆☆☆
「へぇ、結構活発な人なのね。」
美森から銀について聞かされた雪木は随分と頼もしい師匠がいたものだと感心した。
「ちなみに、その銀って人に恋愛感情はあったの?」
一連の話を聞いていたジルは、美森が銀を女性として見ていたかどうかを尋ねた。
「いえ、特には……蓑丸さんとは純粋に師弟の関係でした。」
美森はそこに関してはきっぱりと否定し、銀の事は今でも師匠として見ている様だった。
そんな時、胡桃とアモーレが居間にやって来た。
「みんな、ホットケーキが出来たわよ!」
「私も初めてお菓子作りを経験しましたが、楽しい物です。」
2人は先程までキッチンでホットケーキを作っていた様だった。
胡桃がホットケーキが完成した事を美森達に知らせ、アモーレは初めて自分で料理をした事に胸を高鳴らせていた。
「丁度いいわ、立て続けに強敵と遭遇したのだから砂糖でも採って頭を回転させる必要があるし。」
直花は糖分を摂取して頭の働きを良くしてからオデイシアスやフォグに対抗する術を考えようと思って立ち上がり、他の一同も甘い物を食べて気持ちを少しでも楽にしようと思って食卓へと歩き出した。
2
都内にあるアパートの1階、そこがフォグの住まいだった。
フォグは地面にマットを敷いて背をもたれながら重そうなダンベルを上げ下げして両腕を鍛えていた。
「どうだった、あいつらと戦った感想は?」
フォグのトレーニングを椅子に座って眺めていたオデイシアスは彼に美森達と戦った感想を問いかける。
「悪くない、だが明後日のお前のゲームには付き合えない、バイトがあるからな。」
フォグは戦闘では圧倒したものの一応美森達の事はそれなりに評価していた、そして次いでに明後日の戦いには用事があって参戦できない事もオデイシアスに告げた。
「へぇ、麻薬売ってるだけじゃ食っていけないって訳ね。」
「分かった事を言うな。」
オデイシアスはフォグがバイトをする理由を語り出し、フォグはその事は知ってるだろとツッコミを入れる。
「所でお前はあのジルとかいう女に惚れっちゃったりしてないか?」
オデイシアスはふと興味本位で意外な質問をフォグにぶつける。
それを聞いたフォグの両腕は止まり、起き上がってダンベルを脚の関節部分に置いた。
「どういう意味だ?」
フォグは冗談でも笑えない質問をされたと言わんばかりにオデイシアスを睨み付ける。
「なんかさぁ、あの女が薬を受け取りを拒否した時もあっさりそれに応じたり、その後もリチュオルに『薬の商談は成立した』って嘘をついて自分の所持金を渡しただろ? 俺だけに本当の事は言ったけど。」
オデイシアスはジルを拒絶反応で殺せなかった時からフォグは彼女に特別な感情を抱いているのではと感じていたのだった。
「そんな事あるはず無い、俺が愛するのは恵だけで十分だ、それももう終わったから誰も愛する気はない。」
フォグの心には微かにジルに対して哀れみを感じ、彼女に対して複雑な感情があった。
しかし日の当たる道を歩めない自分がジルを愛した所で彼女を幸せに出来る筈がないと思っていたためあえて見栄を張って誤魔化した。
「そう、恵ちゃんねぇ……ま、お前がプライベートで何をしようと俺は介入しないけどね、じゃぁこれで失礼するわ。」
オデイシアスはフォグは心の中の気苦労が多いなと感じながら立ち上がって、彼の家から去って行く事にした。
オデイシアスが玄関のドアを開けてその場からいなくなったのを確認したフォグは1人、今更一般人の女性に欲情を沸かせたって仕方がない、ジルに対する情けを捨てなければと自分に言い聞かせていた。




