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56話 霊園の歌姫17/フォグの誘惑

アモーレは雪木の家の浴室を掃除していた。

裕福な育ちで慣れないながらもスポンジで浴槽を擦る。


「貴女がそんな事をする必要無いんじゃない?」


そこへ直花がやって来て、既にこの家の使用人である美森がいるのに態々家事をする必要は無いとアモーレに指摘する。


「いえ、私も人様の家に住まわせて貰っているので、何か恩返しをしなくてはと思いまして。」


アモーレは健気に頑張っている表情で一宿一飯の恩返しがしたいという想いを直花に伝える。


「お姫様にしては立派な心行きね。」


直花はアモーレは300年前は城の家事は使用人任せで、自分でやった事が無いというのに我儘な態度を取らず、謙虚に行動している事に感心した。


「ありがとうございます、所で貴女は聞いた話では亡くなった人に歌を捧げるのですよね?」


アモーレは直花の言葉をお褒めの言葉と受け取った後、手を動かしながら直花自身の事を伺う。

「ええ、それが?」

「なんというか……それで悲しい想いをしたりしないかなぁっと思いまして。」


突然自分の事を聞かれて首をかしげる直花に、アモーレは彼女が歌姫をしていて感じてそうな気持ちを尋ねた。


「そんな事を一々思っていたら歌姫なんて続けていられないわ。」


直花はきっぱりと歌姫を続けていられる精神をアモーレに語った。


「そう……ですよね、やっぱり世界って私の想像以上に広いなぁって思います。」


アモーレはシャワーを手に持ち、水を出して浴槽を洗いながら直花の精神力の高さを尊敬した。


「貴女もこれから強くなればいいわ。」


直花はそんなアモーレに応援の言葉をかけた。


「ありがとうございます、300年の間で激変したこの世界に慣れるのは時間が掛かりますが、幸せに生きようと思います。」


アモーレは今の時代で自分の親しい人物はいなくて寂しい思いをしたりもしたが、直花の励ましで少しは自身がついた様だった。





居間では英夜とジル、そして高校から帰宅した胡桃がポーカーをして遊んでいた。


「ツーペア、2と8。」


まず最初に英夜が自分の手札を公開した。


「5のスリーカード。」


続いて胡桃が手札を公開する。


「この勝負貰いましたね、フルハウス。」


最後にジルが微笑みを浮かべながらJのカードが3枚、4のカードが2枚の手札を公開した。


「折角ブタから良い手に上がったと思ったのになぁ。」


英夜は少し悔しそうな表情で両手を自分の後頭部にあてた。


「ジルさんってこういう勝負は得意なんですか?」

「どうでしょう、運が向くかは殆ど気まぐれですかね。」


胡桃から賭け事は強いのかと尋ねられたジルは、少し考えた後、自分の勝率は一定してないと答えた。

そんな時、ジルのスマホにラインの着信音が鳴った。


「何かしら?」


ジルはスマホを取り出してラインの内容を確認する。

するとジルは凍り付いた表情になってしまった。


「どうかしたのか?」


英夜は突然表情を変えたジルが気になり声をかける。


「いえ、気にしないでください、別に父の容体が急変したとかそういう悪い知らせではありませんから。」


ジルは慌てた表情で笑いながら特に問題のある内容のラインではないと伝える。


「ふーん……」


英夜は何かを考えていそうな遠い目をしながら、取りあえずジルのラインについてはそれ以上詮索しなかった。


「あはははは……はぁ……」


ジルは苦笑いで英夜がラインの事を深く詮索しないで安心と感じていた。






夜の6時の喫茶店の席でジルは1人でコーヒーを啜りながら座っていた。


(ラインでは知らない人物から『お前の親父を救える薬を持っている、今日の6時に1人でイーストカフェに来い。』と書かれていたけど……一体誰なの?)


ジルは心の中で見知らぬ人物から来たラインの文章を思い出しながら緊張感を漂わせていた。

その時、自分の背後に気配を感じてジルは後ろを振り向く。

そこにいたのはフォグだった。


「俺がラインを送った。」


フォグはジルの前に現れて早々、自分がラインの主だと告白する。


「貴方は……いつ私のスマホとラインを繋げたんですか?」


ジルは唾を飲み込みながらラインを繋げた経由を尋ねた。

フォグは取りあえずジルの向かいの席に座り、そしてゆっくりと口を開く。


「お前を捕らえて気絶させた時にお前のスマホをいじらせて貰った、悪いな。」


フォグがジルのスマホをいじったタイミングはオデイシアスが彼女にオーラを送って気絶させた時だった。

彼は感情の籠っていない薄っぺらい謝罪をジルにした。

ジルは自分がオーラ使いになったのはフォグ達が原因なのだろうと理解した。


「それで、本当に父さんを助けられる薬があるのですか?」


そしてジルは単刀直入にラインに書かれてあった薬は実在するのかと尋ねる。


「あるぞ。」


フォグはジルの質問に即答すると、腰に掛けてあるショルダーバックからリチュオルの作った薬の入った瓶を取り出した。


「こいつを飲めば体内の赤血球の量が正常になる、嘘じゃない、この世には天使や悪魔がいるのだからこんな魔法の様な薬があっても不思議はないだろ。」


フォグは淡々とジルに薬の説明をする。

ジルは緊張を押し込む様にコーヒーを一気飲みすると、薬の入った瓶に手を差し伸べる。

ジルは短い期間の中で天使や悪魔、オーラの存在も知ったため薬の効力も半信半疑だった。


「これで……父さんが……」


ジルは得体の知れない人物であるフォグを本当に信用していいのかと思いながらも、目の前に父親を救える希望がある事に誘惑されてしまう。


「それと思った通り、やはり尾行が着いていたか、まぁどうでもいいが。」


するとフォグは自分達を覗いている視線に気づき、店内の窓の外を見る。

ジルもそれにつられて窓の外を見ると、少し離れた距離で美森、英夜、直花の3人が自分達の様子を伺っていたのが目に映った。

美森達はフォグが自分達の存在に気づいたのを知ると、ゆっくりと店の中へと入って来る。

店内に入った3人は、険しい表情をしながらジル達がいる席へと近づいた。


「昼間のお前の様子が気になってな、それで胡桃が作った発信器をお前のカバンにこっそり入れたんだ、こいつらにも相談してな。」


英夜はジルに自分達がここにいる理由を教えた。


「やっぱりあの時怪しいと思っていたんですね、貴方達には隠し事が出来なくて困ります。」


ジルは英夜達の洞察力は侮れなくて、流石は命懸けの仕事をしている身だなと感心してしまった。


「貴方、僕の顔を覚えてますか? 2日前の夕方に人を尋ねたのですが。」


一方の美森はフォグに自分と初めて会った時の記憶を尋ねる。


「ああ、そんな事もあったな、捜している人は見つかったのか?」


フォグはとぼけた口調で美森を挑発した。


「貴方はあの男の仲間なんじゃないんですか? そして更に小さい女の子やナイフを使う男も仲間にいたりしませんか?」


美森はジルが自分達に内緒で会う約束をしたフォグがオデイシアスの仲間なんじゃないかと思い、そして以前戦ったリメインやアークも同じく彼の仲間なのではないかと思考を張り巡らせていた。


「だったらどうする? ここでやり合ったら一般人にも迷惑がかかる、この場で俺達が戦うメリットは無い。」

「その言葉、やはりあの鎖野郎の仲間と判断していいんですね?」


フォグは喫茶店の中で戦っても騒ぎを起こすだけだと忠告し、その発言を聞いた美森はやはり彼はオデイシアスの仲間なのだと解釈した。


「オデイシアス……ああ、お前の言う鎖野郎の名前だ、あいつとは明後日また再戦する予定なのだから今俺を問い詰めて居場所を知ろうとしなくてもいいだろ?」


フォグは先程から自身に満ち溢れている様に、自分の正体を隠す事無くペラペラと打ち明ける。

美森はそんなフォグを不気味に感じた。


「それで、貴方達はどんなやり取りをしていたの?」


そこに直花がようやく会話に入り、ジル達の会話の内容を尋ねる。


「この人が……父さんを救ってくれる薬を私にくれるんです。」


するとジルがその内容を美森達に話し出した。


「薬ってその瓶か? そんな奴の話を信用するのか?」


英夜は自分達の敵対者であろうフォグの口車に乗るジルに少し呆れてしまう。


「決めるのはこの女自身だ、お前達になんの権利があって止める?」


フォグは冷静な表情で英夜を挑発する。


「止めるぜ、俺達は人間を守るオーラナイトだからな、この薬だってどんな成分があるのか分かりゃしない。」


英夜はフォグの挑発で眉を顰めながら得体の知れない薬を病人に飲ませる訳にはいかないと常識的な指摘をする。


「調べれば害が無い事位分かる、悪魔だってたまには人の役に立つ行動をする物だ。」


フォグは薬に毒の成分は入ってないと英夜に指摘する。


「よく分からない人ね、貴方。」


直花は冷静な口調でフォグに語りかけながらも、内心ではジルに人助けの薬を渡そうとするフォグの行動は純粋に善意から来る物なのか、それとも何か裏があっての事なのかと悩んでいた。


「それと正確には渡すんじゃなくて売るんだ、ちょっと高いがな、さぁ、お前はどうしたい?」


フォグは最終的な判断をジルに委ね、彼女に薬を買うのかどうかと問いかけた。

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