1話 水前寺美森という人間
1
霧のかかった何処かの湖。
湖の中心には木製のボートに乗った2人の男女がいた。
1人は青いトレンチコートにグレーのジーンズ姿の緑色の瞳の黒髪の青年。
青年の容姿は小柄で髪型もボブカットで一見美少女と見紛らう程の美貌を持っていた。
もう一人は白いカーディガンに黄色のロングスカートを履いた緑色のボブカットの髪に眼鏡をかけた女性だった。
「こうして2人だけでいると気分が落ち着きますね、デートには持って来いです。」
青年は微笑みを浮かべながら女性に話しかける。
「そうね、でも年下の男の子と付き合うのってなんだか複雑。」
一方の女性は青年より年上だったらしく、年下の男とデートをする事に抵抗がある様な苦笑いで青年に言葉を返した。
「好きって気持ちに年下も年上も関係ありません、僕は真剣に高井さんと付き合いたいと思いました、この瞬間は僕にとってはとても幸せです! 高井さんは違うんですか?」
青年は高井と呼んだ女性に真剣な眼差しで歳の差は関係なく恋を楽しみたいのだと訴えかける。
「……いえ、そうでもないわ……でも貴方はまだ学生だから、社会人の私と張り合わないと思ってね。」
高井は歳の差以外にも、青年がまだ学生であったため自分との収入の差で張り合えないと感じていた様だった。
「僕だったいつまでも学生でいる訳じゃありません、いずれ大学を卒業して貴女と同じ社会人になります、それに今だって食事代や映画の入場料だって割り勘で決して高井さんに奢ってもらうなんて事ないじゃないですか。」
青年は大学を卒業したら就職して安定した収入を得る事と今までのデートで金銭を高井に縋る事などなかった事を伝える。
「そうね、割り勘は貴方が決めたルールだものね……ごめんね、折角のデートにネガティブな話を持ち出して。」
高井は青年の真面目な一面を認めていた模様で、いずれ彼が就職する事を待ちつつ、デートにシビアな話を持ち込んだ事を謝罪する。
「いえ、年下の男とデートをするんだしやっぱりそういう気持ちにもなりますよね。」
青年は自分との歳の差を気にする高井を説得してみたものの、自分より年下の男性と付き合うとなると彼女も戸惑う所はあるものだなと感じた。
「でも僕は高井さんと付き合えて本当に……っ!?」
だが青年は高井とデートしている今の状況の嬉しさを彼女に伝えようとする。
しかしその時青年は目の前の光景に異変を感じてしまう。
高井の周辺に霧が集まって行き、どんどん彼女の姿が霧で被われていくのだ。
青年は動揺した表情で高井の身体を掴む。
高井の身体に触れたものの感触が氷の様に冷たく感じる。
そして霧が晴れて青年の目に写った高井は看護師の服装で左胸の辺りが何かに引き裂かれた様に血で赤く染まっていて、カッと目を開いてぐったりとしている物言わぬ死体となっていたのだ。
「わぁああああああああああ!!」
死体となった高井の姿を見た青年は凍り付いた瞳で悲痛の叫び声をあげた。
「はっ!」
列車内の席で眠っていた青年は目を覚ました。
青年は先程の出来事が夢であったと理解して頭を抱える。
青年には先程の夢が生々しく感じたのか、荒い息遣いを見せる。
「……高井さん……」
青年は窓に映る深い森林の景色を見ながら夢で見た女性の名を呟く。
彼の名は水前寺 美森[すいぜんじ みもり]、21歳。
今年の夏に大学を中退して深い森の中にある街、『グリーンパール』へと向かっていたのだ。
彼の母方の祖父はイギリス人で昔から人間社会の陰に隠れて人間の平和を脅かす悪魔を退治してきたオーラナイトと呼ばれる騎士の一族、ウィンドミル家の家系だった。
しかし美森は元々人々を悪魔から守るという使命感を持っておらず、それまでごく普通の少年時代を過ごしてきた。
自分が悪魔と戦う宿命を背負ったウィンドミル家の血を引く人間だという事実を難色を示しており、普通の人間として生きていきたかったのだ。
彼は1年前、ふと大学の仲間から合コンに誘われた。
美森は元々引っ込み思案であまり女性との付き合いが無かったが故、若干緊張しながらも誘いに乗る事にした。
その時に高井という25歳の看護師と出会ったのだ。
彼女も美森同様知人の誘いで何となく合コンに参加した身であり、それを知った美森は彼女に親近感を抱いた。
そしてその日、酒が入っていたせいもあってか彼女に告白をしてしまった。
高井は最初戸惑っていた、告白して来た相手が自分より5歳も年下の学生だったからだ。
しかし高井も看護師の仕事で忙しくて彼氏を作る暇がなく、1日付き合ってそれから考えるという条件で美森の誘いを引き受けたのだった。
いざ高井と付き合ってみるとお互い引っ込み思案で読書好きだと分かり、それとなく意気投合した。
しかしある日、高井に手作りのクッキーを渡しに、彼女の勤め先である病院へ向かったのだ。
しかし美森は院内で1人の看護師の「キャ――――!」という悲鳴をきいてしまう。
美森は慌てて悲鳴が聞こえた方向に駆けつけると、そこには先程の美森の夢と同じ光景で横たわっている高井の死体があったのだった。
「ふぅ……」
美森は一息つきながら頭を抱えていた手を膝の上に下す。
窓の外は森林ばかりでまだ街らしい景色は見えなかった。
(母さんによれば高井さんを殺した悪魔はあの街にいるそうだけど……)
美森がグリーンパールへ向かう理由、それは占い師をしている母からグリーンパールへ行けば高井を殺した仇である悪魔に会えると指摘されたためだった。
だからこそ美森は仇を討つため大学を中退して今までなるのを拒んでいたオーラナイトになる決意をしたのだ。
高井の命を救えなかった事が今でも心に焼き付いて、今でも彼女の事を思い出す度に泣きそうになる。
自分は普通の人間として生きていきたかったが、もし子供の頃から退治屋としての訓練を積んでいれば高井を救えたかもしれない、そんな複雑な心境で押しつぶされそうだったのだ。
(馬鹿だな、僕も……どんなに考えたって高井さんはこの世にいないという結果は変わらないじゃないか……)
美森は自分が迷った所で死んだ人間は生き返らない、高井さんの仇をとって前へ進むしかないと自分に言い聞かせる。
美森はそういえば腹が減ったなと思い、立ち上がって売店へと向かう事にする。
「えーと、今の所持金は……」
美森は歩きながらジャージのポケットから財布を取り出し、自分の所持金を確認する。
財布の中にはホテルや新しい住まいを見つけるのに使うクレジットカードやキャッシュカード、そして8万円程の現金が入っていた。
「あんまり贅沢はしてられないし、安い弁当にしようかな……」
美森は金に余裕はあるものの、それはグリーンパールで住まいを探すまでの一時しのぎにしか過ぎないと思い、これからは見た目よりも値段の安さで食べ物を買おうと考える。
その時、突然窓ガラスが割れて外から3人組の顔の見えないヘルメットを被った黒いジャンパーとジーンズ姿の男達が現れた。
「何だ貴様ら!?」
美森は動揺しながら両サイドのベルトにかけたホルスターからナイフを取り出し、戦闘態勢に入る。
ちなみに美森の乗ってる車両にはかれしかいない、いつ悪魔達が襲撃してくるかが分からなかったため親の権力を利用して1両を貸し切りにしたのだ。
美森自身は親の権力に頼る事に抵抗はあったが無関係の人を巻き込まないためにも仕方なく利用したのだった。
しかし男達は無言でマシンガンを乱射し、凄まじい銃声が鳴り響く。
「くっ……」
美森は素早い身のこなしでナイフを弾幕をかわしながら、手に持った2本のナイフをブーメランの様に投げまわす。
ナイフには美森のオーラが込められておりくるくると回転しながら軌道を蛇行し、そして男達のマシンガンを破壊する。
マシンガンを壊された男達は怯むことなくナイフを取り出し、美森に突撃してくる。
美森は宙返りで男達の攻撃をかわし、そしてオーラで自分のナイフを手元に引き戻して応戦する。
美森は敵のナイフからも微弱だがオーラを感じ取り、彼らも自分と同じオーラナイトかそれに近い存在なのではと疑い始める。
「被害が増える前に片付けないと……」
美森はオーラナイトになってまだ間もない身、敵もオーラ使いなうえ3人がかりでは苦戦を強いられてしまっている。
「まだ早いが仕方がない!」
美森は何かを決意してジャージのポケットから青色の懐中時計を取り出し、蓋を開けて天にかざした。
ビュオ―――――ンッ
すると懐中時計が青く光り出し、3人の男は目をくらます。
次に男達が美森の方を見ると、美森はいつの間にか西洋のアーマープレートに身を包んでいた。
ただ、普通の鎧と違い外見が青く、フルフェイスのマスクが鷹の顔を模った物になっている。
鷹の目に当たる部分は赤くぎらついており、そこが視界の部分だと見て取れた。
この姿はオーラナイトが自身のオーラで鎧を具現化してそれを身にまとう戦闘形態なのである。
変身した美森[以後、美森装甲態]を見た男達は何を思ったのかその場から立ち去ろうとする。
「逃がさない!」
美森装甲態はそう言って右手から氷の性質へ変化させた自身のオーラを逃げ行く男達に投げつける。
氷のオーラを当てられた男達の足元が凍り付く。
「お前達は何者だ!?」
美森装甲態は男達に近づきながら彼らが何者なのかを問いただす。
しかしそれでも男達は何も答えずただ列車から脱出しようと必死にもがく。
「何者だと聞いているんだ!!」
こちらの問いに一向に答えない男達に美森は業を煮やし、ヘルメットを脱がせる。
どんな素顔が出て来るのかと想像した美森装甲態だったがその事実は美森の斜め上を行っていた。
ヘルメットを外した途端、男の身体から紫の気体が発生し、天に昇って蒸発したのだ。
跡に残ったのはもぬけの殻となり地面に落ちた衣服だけ。
「何だと……」
美森装甲態は驚いて他の2人の男のヘルメットも脱がせるがどちらも同じように紫の気体が発生して蒸発した。
「なんだこれは、傀儡人形か……?」
美森装甲態はこの光景を見て突然攻めてきた男達が何者かによって作られたオーラの人形だと推察した。
2
何処かのとある荒野
そこに1人の緑の鎧を着た人物が右手に薙刀を持ちながら疾走していた。
その鎧のヘルメットはライオンの顔を模っており、バイザーの部分は緑色にギラついていた。
そんな鎧の人物の前に無人走行のバイクが数台迫って来る。
「さーて、始めるか!」
鎧の人物は薙刀を両手で構え、向かって来るバイク達に向かって振るい上げる。
鎧の人物は薙刀によって3台程のバイクを破壊するが、残りのバイク4台がビームライトから電気を放ち、鎧の人物を拘束する。
「ぐっ……」
鎧の人物は必死に抵抗するが、電気の鎖は中々断ち切れない。
「ならこれでどうだ!」
鎧の人物はそう言って精神を集中させて身体にオーラを高め、そしてオーラで作り上げた炎を電気の鎖に流し込む。
オーラの炎を受けた無人バイク達は機能が麻痺して機体が赤く蒸発する。
そして鎧の人物は自身の身体をグルグルと回して、無人バイク達を振り回す。
回転の速度は徐々に早くなり、やがて竜巻が発生し、電気の鎖が引きちぎられる。
「お――――りゃ!!」
そして鎧の人物は身体の回転を止めて無人バイク達を空の彼方に投げ飛ばした。
そして無人バイク達は空中で大爆発した。
「ふぅ……」
鎧の人物は戦いを終えて一息つく。
「意外と手こずったわね。」
戦闘を終えた鎧の人物の所に、黄色のセーターとグレーのショートパンツの海の様に青いポニーテールの髪の10代後半の美少女がやって来て彼にそう言った。
鎧の人物は頭で念じて変身を解き、生身の身体をさらけ出す。
その人物は赤のコートを羽織り、グレーのシャツと青いジーンズを来た金髪のオールバックの髪の男性だった。
男性の身長は180cmは有りそうな高さだった。
「そんな時もある、次はもっと上手くやれるぜ。」
男性はコートのポケットに両手を入れながら不貞腐れた表情で少女に言い返す。
この男性の名は天城 英夜[あまぎ えいや]、22歳。
高校生の頃からオーラナイトとしての修業を積んで最近鎧を着始めた美森同様の駆け出しのオーラナイトだ。
一緒にいる少女の名は三葉 胡桃[みつば くるみ]、17歳。
英夜の従兄妹でオーラナイトになり始めの彼をサポートするため色々な訓練に付き合っているエンジニア志望の少女だ。
胡桃も多少ながらオーラの力を習得しており、先程の無人バイクも彼女が自身のオーラを送って造ったものだ。
「口では何とでも言える。」
胡桃は先程次は上手くやれると言った英夜の言葉に信用性を感じず、彼に否定的な意見を返す。
「いちいち突っかかってくんじゃねーよ、たっく。」
英夜は図星を突かれたという反応でその場を立ち去ろうとする。
「待ってよ、今日は東京からあんたと同じオーラナイトが上京してくる日よ? 挨拶に行かなきゃ。」
胡桃は都合が悪くなって立ち去ろうとする英夜を呼び止めて、今日は美森がグリーンパールへやって来る事を伝える。
「ああ、確か水前寺って奴だっけ? そうだな、歓迎に行かなきゃな。」
自分と同じオーラナイトがやって来ると知らされた英夜は先輩風を吹かした様な態度で嬉しそうにその場から立ち去ろうとする。
「でもその前にもう一度訓練しとこうよ、無人バイクはまだ用意してあるし。」
そんな英夜を見た胡桃は彼が訓練を途中放棄してると判断し、彼の右腕を引っ張って呼び止める。
「オーマイガー! まだやるのかよ!」
英夜は訓練を続けさせようとする胡桃に面倒臭そうな表情で苦情を入れる。
「当然でしょ、悪魔は生まれて間もない頃は獣並の知性しか持たず本能のまま人を食べる、ある程度人を食べると知性を身に着けるけどそしたらそしたらで麻薬漬けで人間を奴隷にしようとしたり非合法な金儲けで街を牛耳ろうとしたりと悪だくみを考える、そんな悪魔を退治していくのがオーラナイトの役目なんだから!」
胡桃は英夜の額を人差指で突きながら彼に説教して悪魔の特徴を語る。
「それと悪魔は生まれつきオーラが身体に発現しているが人間は修行しないとオーラが身に付かない、おまけに悪魔の生命力は人間以上で普通の拳銃で脳天ブチ抜いても死なないからこちらも同じようにオーラを込めた攻撃をしないと効果がない……とでも言いたいんだろ?」
英夜は次に胡桃が言いたそうな言葉を予測し、先に口に出す。
「そう、よく分かってるじゃない。」
胡桃は自分の考えを呼んだ英夜に感心する。
「ま、いずれにせよ俺は練習より実戦の方が熱くなるタイプなんだ。」
その後英夜は自分があまり訓練に積極的ではない理由を胡桃に訴えかける。
「その実戦も日頃から訓練をしてないと身体が鈍って地獄を見る事になるんだけど。」
しかし胡桃は訓練を怠けていては運動不足になっていざという時戦えなくなると英夜に反論する。
「痛い所突いて来るよなぁお前……」
英夜は今の胡桃の発言が刺さったのか渋々訓練を再開する事にした。
3
英夜が訓練に明け暮れている頃、美森はグリーンパールへと到着して駅の出口から出て来る。
街並みは東京と比べて高層ビルが少なく、民家や売店が立ち並んでいる。
そして所々に花壇や花時計、木々に囲まれた公園が目に入り、自然豊かな街だと一目で分かった。
(緑が溢れてていい街だな……出来れば高井さんとデートで来たかった……)
美森はグリーンパールの綺麗な街並みを見てこんな所を高井とのデートで行けたらという今は叶わぬ願いを心にため込む。
(うう……前へ進まなきゃいけないと頭で理解してるのに……)
美森は高井の死を思い出し泣きたい気持ちになるが、それを理性で必死に抑える。
身体にオーラを発現させる事自体は瞑想して修行をすれば誰でも出来る、だがしかしオーラを悪用されるのを防ぐためにその事はオーラナイトの一族とそれに関わりのある人物だけの秘密にしなければならないという決まりもあった。
高井に素の自分を語れない所も美森にとっては苦痛だったのだ。
そんな美森の前に1人の女性がやって来る。
「あんたがウチに来る家政夫?」
美森に話しかけたその女性は長いストレートの髪に深緑のトレンチコート姿で黒いタイツと茶色のブーツを履いた女性だった。
この女性の名は雪木 蛍[ましろぎ ほたる]、大会社の社長を父に持つ20歳のお嬢様で美森はグリーンパールに来る時、彼女の家政夫として雇ってもらう様契約していたのだ。
「はい、水前寺美森と申します。」
美森は高井の事を一旦保留にして雪木に深々とお辞儀をする。
「写真で見た通りの童顔ね、背丈も私とほぼ変わらない。」
雪木は美森が先に送られていた履歴書の通りの童顔だった故か、もっとビジュアル系な男が良かったと言わんばかりに不満そうな表情で彼にそう言った。
「良く言われます、でも身の回りの家事はきっちりこなせます! 何卒よろしくお願いします。」
美森は不服そうな反応をする雪木にめげずに笑顔で仕事の熱意を伝える。
「ふーん……まぁいいわ、家に案内するからついて来て。」
雪木は取りあえず美森を受け入れる事にして彼を自宅へ案内する事にした。
4
美森と雪木が駅で話し合っていた頃、何処かの住宅街で1人の美少女アニメのイラストがプリントされたピンク色のYシャツと青いジーンズを来たボサボサ頭の眼鏡をかけたオタクの男が歩いていた。
「おい。」
そんなオタクの男に後ろから1人の黒いコートに身を包んだ短髪の黒髪の男性が話しかける。
「あ?」
呼び止められたオタクの男が振り返ると、突然呼び止めた黒いコートの男に顔面を殴られる。
そしてオタクの男はボコボコに殴られ、ゴミステーションに放り投げられる。
「フン、やっぱりキモオタ野郎は金を沢山持ってんじゃねーか。」
黒いコートの男はボコボコにしたオタクの男から財布を奪い取り、満足気な表情でその場から去って行った。