ベアカルアとバグカルア
練習中に呼び出して愛の告白。なんて甘い雰囲気ではない。むしろ逆だ。一触即発という言葉がよく似合う。それに、上級生に従っているのは今朝ボクにちょっかいを出してきた同じクラスの不良じゃないか。
「で、私に用でもあるわけ。さっさと練習に戻りたいんだけど」
「大ありだ。今朝は俺のダチを可愛がってくれたみたいじゃねえか。きちんと仕返しをしないと気が済まないもんでな」
「喧嘩しようっての。しかも三対一か」
まずい、まずいって。いくら華怜でも分が悪すぎる。早く逃げないと。
「相手にとって不足はないわね」
どうしてやる気なんだよ。柔道でもやるが如く正眼の構えをとってるし。
「てめえ、おちょくってんじゃねえぞ」
手下の不良が脅しをかけ、華怜の胸ぐらを掴もうとする。すると、逆に伸ばされた腕を脇に抱え、そのまま締め上げたのだ。更に強く挟み込まれ、不良は苦悶の表情を浮かべている。
「そっちが先に手を出したから正当防衛ってやつよ。文句があるならかかってくるといいわ」
高圧的に挑発を掛ける。どっちが因縁をつけているのか分かったものではない。
華怜の態度に不良たちは面食っていた。普通は泣き喚いて逃げ腰になるはずだからだ。
「刃向ってくるとはなかなか筋がある。気に入ったぜ」
「あんたに気に入られても嬉しくないんですけど」
呆れながら華怜はようやく腕を放した。解放された不良はよちよち歩きで帰還していく。手下を一顧だにせず、リーダーの不良は華怜を迎え入れるように両手を広げる。そして、とんでもないことを口にしたのだ。
「そう言うな。なあ、ダイカルアに興味はないか」
ダイカルアだって。声をあげそうになるのを必死で堪えた。バンティーが気配を感じ取ったとはいえ、こんなにあっさりビンゴするなんて。
「ねえ、バンティー。ダイカルアって怪物みたいな姿をしてるんじゃないの。あいつらどう見ても人間じゃん」
「前にも説明したバ。ダイカルアの怪物は大司教の魔力によって変身能力を得た人間が正体だバ。そのうち化けの皮がはがれるはずだバ」
スパイダーカルアの末路を思い出して合点がいった。ただ、華怜が危機なのには変わりない。
「俺の見立てでは、お前は相当なやり手だ。大司教様の宣託を受ければ強大な力を手に入れられるだろう。この力はいいぞ。人間の時にはできなかったことが容易にできる」
「俺たちもまたダイカルアの力によって人間を超越することができたんだ。さっきは油断しちまったが、お前の腕を折り返すことなんて朝飯前なんだからな」
サディスティックに歯を剥き出しにし、拳を鳴らしている。
「そ、そんなハッタリをかましても無駄よ」
言葉の端からも虚勢であることは窺い知れる。それでも敵前逃亡だけはしないつもりだ。絶対に無理だ。逃げてくれ、華怜。
いくら脅しをかけようとも絶対に屈しようとしない。そんな彼女の姿に痺れを切らしたか、不良は最悪の手段を行使しようとしていた。
「どうやら、ダイカルアの力を身をもって体感してもらうしかないようだな。邪神降臨、ビーストリグレッションベア!」
長身の不良は呪文めいた言葉を言い放つと両腕をクロスさせた。すると、四肢の筋肉が膨張し、犬歯が異様に伸び始めた。全身が茶色の毛に覆われていき、凶悪な三白眼は獣のそれへと変貌していく。
するどい爪を研ぎ澄まし、高々と咆哮をあげる。そこにいたのはもはや人間ではない。熊だ。
「俺の名はベアカルア。どうだ、ダイカルアに入信すればこんな力が手に入るんだぜ。これでもまだ刃向うつもりか」
怪物へと変身した不良に倣い、残りの二人も両手を合わせる。すると、制服の襟が伸び、パーカーのように頭上を覆う。裾も伸び、足元をすっぽりと隠すローブとなった。黒い生地だったはずが脱色されて白くなり、顔があった場所には朧げな光が灯っていた。
「熊の次は幽霊って、あいつら無茶苦茶すぎるよ」
「幽霊なんて大層なもんじゃないバ。あの白いのはバグカルア。ダイカルアの怪物になり損ねた下級信者、いわゆる戦闘員だバ」
名前からしてばい菌カルアだもんな。でも、人間と比べたら圧倒的な力を持っているんでしょ。華怜はおろか、プロレスラーでも対抗でき無さそうだ。
「おい、あれってダイカルアじゃないか」
「やべえ、みんな逃げろ」
ベアカルアの咆哮のせいか、練習中だった剣道部員たちが外に出てくる。そして、怪物を目撃した瞬間、逃走を開始した。
だが、火事場泥棒精神というか野次馬根性というか、もの珍しげに怪物を観察している輩が数人いた。そいつらを横目で見遣ると、ベアカルアは片手を掲げる。
「おあつらえ向きに司教様より授かったこの魔法を試すことができるぜ。異端の下郎よ!我らが教団へ下れ! 強制入信」
爪の先から怪しげな光が迸る。そのまま空を切ると、野次馬の生徒たちは胸を押さえて苦しみだした。
まさか、遠距離攻撃を仕掛けたのか。いや、生徒たちはどこも怪我していない。しかし、肉体的攻撃を受けるよりもえげつない現象に襲われていた。
なんと、不良たちと同じく制服の襟がパーカーへと変化して顔を覆ったのだ。あっという間に白いローブに包まれ、第二、第三のバグカルアが誕生してしまう。
「あんた、部員たちに何をしたの」
「この魔法はダイカルアに立てつく愚か者を強制的にバグカルアに変える。自我を失ったあいつらは本能のままに暴れまわるのさ」
呻いているばかりだが、反射的に拳が下駄箱へとぶち当たる。すると、派手な音を立てて側面がへこんでしまったのだ。握力だけで扉を無理やり破壊するようなものだよね。あんなの人間の握力じゃない。
異様な暴力に加え、怪物に変えられてしまうかもしれないと恐怖。二重苦にさしもの華怜も嫌な汗をかいていた。どうして逃げないんだよ。あんなのに敵うわけないじゃん。
「先に言っておくがお前に強制入信を使うつもりはない。この魔法だとバグカルアしか生み出せないからな。お前は入信すれば確実に上級の信者へとなれる器だ。望みがある者には教えを説けというのが俺たちのモットーだからな。さあ、痛い目に遭いたくなければ入信するのだ」
「だ、誰が入信するものですか」
もはや絶望的な状況にも関わらず、華怜は徹底抗戦を貫くつもりだ。そんな彼女にバグカルアたちの魔の手が迫る。
「バンティー、どうしよう。このままじゃ華怜が危ないよ」
「君が変身すればいいバ」
そうなんだけど、華怜に女装した姿を見せるなんて。それに、あんな大勢を一人で相手できるわけない。一対六って絶対に無理だよ。
でも、華怜を見殺しにするわけにもいかないし。ああ、どうしたらいいんだ。苦悶していると、バンティーが唐突にとんでもないことを言いだした。
「待てよ。もしかすると、この状況を打開できるかもしれないバ」
「方法があるんなら早くやって」
「まあ見てなってバ」
バンティーは茂みから飛び出すと、ダイカルアの怪物連中の前に翼を広げて立ちふさがった。
バグカルアはいわゆる戦闘員です。
そして次回、いよいよヴァルルビィ初登場!