屋台を見て回ろう
焼きそばに焼きトウモロコシ、綿菓子と祭りでは定番の食品露店が連なる。それ以外にも射的やヨーヨー釣りもある。ロックフェスとはいえ、やっていることは普通のお祭りと大差ないな。ただ、記念Tシャツの販売とかそれっぽいお店も出ていた。
まずはどこに行こうかな。腹ごしらえするにはちょっと早い。おやつとして綿菓子辺りを食べるのもいいけど。袋に描かれている魔法少女キューティクルが物欲しそうにこちらを眺めているし。プリキュアとかポケモンの中に混ざっているって出世したな。ついでにいうと、お面屋で売っていた十八ニンジャ―のお面は圧巻だった。わざわざ十八人分並べなくてもいいのに。過去の戦隊とか仮面ライダーのお面の肩身が狭そうだぞ。
「優輝、まずはこれで遊びましょう。私、けっこう得意なのよね」
華怜に袖を引っ張られて連れてこられたのは射的だった。君は近距離特化のはずですよね。普段の戦闘スタイルと矛盾しているけど、果たしてどんな腕前か。
参加費を払い、華怜は鼻息荒くある一点を狙っている。えっと、プレイステーションの本体!? そんなもん、射的のゴム弾丸で撃ち抜けるわけないじゃん。隣の招き猫の人形ですら撃ち抜けるかどうか微妙なのに。
狙いに狙いを定めて、華怜は引き金を引く。勢いよく放たれた弾丸はまっすぐにプレイステーションを撃ち抜こうとする。標的が大きい分、当てるのだけは簡単そうだな。でも、参加費三百円のゲームでその百倍以上の値段の景品を易々と置いているわけはなかった。
ゴム弾丸は命中した。しかし、本体はびくともしなかった。情けなく跳ね返された弾丸はポテリと地面を転がっていった。
「おじさん、命中したわよ。だから、プレイステーションはもらえるでしょうね」
「残念だったね、お嬢ちゃん。倒さないとゲットできないんだよ」
「じゃあ、あんなもん取れるわけないじゃん」
でしょうね。どう考えても遊び半分で陳列しているとしか思えない。その後も華怜は意地になってプレイステーションを蜂の巣にしようとするけれども、連射される弾丸をすべて弾き飛ばしている。プレイステーション恐るべし。ヴァルダイヤモンドのバリアといい勝負じゃないか。って、ヴァルダイヤモンドは関係ない。魔法少女のことなんて、考える必要性はないんだ。
首を振っていると、渚先輩が目についた。悔しがっている華怜を揶揄することなく、ある一点を注視している。気になって視線の先を追う。あったのは犬の人形だった。
クレーンゲームの景品になっていそうな綿詰めされた二頭身のワンコ。プレイステーションと比べると格段に入手しやすそうだ。と、いうより射的の景品としては妥当な品である。プレイステーションがおかし過ぎるんだよ。
華怜のことなど眼中になく、さっきからずっとワンコ人形と睨めっこしている。可愛らしくはあるけど、もしかして。
「先輩、あの人形を狙ってます?」
「へ? さあ、どうでしょうね。私も狙うとするなら大一番かな。レンちゃん、見ときなさい。お姉さんがゲーム機を撃ち抜いてあげるんだから」
強がりを言いつつ、係員のおっちゃんに三百円を渡す。普段遠距離攻撃を主体にしているためか、鉄砲を構えている姿は様になっている。
銃口は一応プレイステーションへと定められている。あまりにも本格的な射撃体勢に、おっちゃんの顔から余裕の笑みが消えていた。あれ、もしかして本当にプレイステーションを取る気か。
そして、狙いすました銃撃が放たれる。が、ここで異変が起こった。プレイステーションを一貫するはずだったゴム弾丸が大きく軌道を反らしているのだ。あれ、どこに行くんだ。急カーブしていった弾丸はワンコ人形の脇を通り過ぎ、背面の壁に激突した。
「ああ、惜しい」
舌を打ち鳴らす渚先輩。見栄を張りつつも、明らかにワンコ人形を狙っていましたよね。目玉商品を射抜かれなかったから、おっちゃんが安堵しているし。
その後も、プレイステーションを撃ち抜くふりをしてワンコ人形をゲットしようとするという器用な技を繰り広げる。だが、ひねくれた射撃方法が功を制すことはなく、全弾スカで終わってしまった。
「強気なこと言っていたわりに、渚も大外れじゃない」
「彼の者曰く、欲張ると損するってね。無駄なあがきは清々しくないわ」
いや、未練タラタラですよね。しつこいほどワンコ人形に目配せしているし。うーん、射的なんてお祭りの時しかやったことないけど、うまくできるかな。
「おじさん。ボクもやってもいいですか」
「お、嬢ちゃんも挑戦か。うちの目玉品は簡単には落とせないぞ」
落とせないというか、落とさせるつもりがないような。あと、ボクは男だからね。女三人でフェスに来ているって映っているんだろうな。
久しぶりに射的をやるもんだから、弾丸をセットするのもまごつく。華怜に手伝ってもらいながら、どうにか銃口を構える。よし、プレイステーションを射抜くぞ。……と、思わせといて。
引き金を引いた瞬間、ボクは銃口をわずかにずらした。渚先輩と同じく、プレイステーションにぶち当たるはずだった弾丸はワンコの方へと吸い寄せられていく。でも、命中するわけはないよね。
なんて諦めていたけれども、そもそもプレイステーション自体に狙いを定めきれていなかったのか奇跡が起こった。狙いがそれていたところを更にずらしたもんだから、偶然にも他の標的にジャストミートしてしまったのだ。しかも、小気味よい音を立てて陳列棚からこぼれ落ちたのは例のワンコ人形だった。
「犬の人形か。可愛らしいのをゲットしたな。ほれ、おめでとさん」
おっちゃんから人形を手渡される。近くで対面すると憎めない顔をしているな。男のボクが品定めしても可愛いと断言する他ない。
観察していると、渚先輩が物欲しそうにのぞき込んでくる。ワンコ人形を凝視したかと思いきやそっぽを向くと、かなりせわしない。ボクが持っていても穂波にあげるしか使い道がないからな。
「先輩、よかったらあげましょうか」
「いいの! あ、でも、せっかくサキちゃんが取ったんだから、もらうのは悪いな」
後半は完全に棒読みだった。
「人形を飾る趣味はないですし、先輩が持っていた方がこの子も喜びますよ」
「そう言うのなら仕方ないな。じゃあ、もらってあげよう」
上から目線だけど、両手は早く受け取りたくてうずうずしているようだった。苦笑しつつもワンコ人形を渡すと、先輩は人目をはばからずギュッと抱きしめた。中学生離れした豊満な胸の中に埋められるって、ワンコ人形役得すぎるでしょ。
「優輝、先輩なんて放っておいてタコ焼き食べようよ。そろそろおやつの時間だし」
「タコ焼きっておやつに入るのかな」
「あんなのおやつじゃない。ご飯って主張するなら、大盛焼きそばぐらいのボリュームがないと」
さすがは運動部員少女。カレーは飲み物と豪語する勢いだ。カレーを飲んでいるのは覇王ぐらいか。あいつ、給食の時にカレー一気飲みなんて馬鹿なことをしていたからな。
結局、タコ焼きの他にチョコバナナや綿菓子を買い占め、きちんと完食していた。華怜の胃袋恐るべしである。色気より食い気を地で実行してるもんな。
華怜が食べまくっているのを前に、ボクもまた腹ごしらえをしたくなった。そうだな、売れ残っているキューティクルの綿菓子でも買おうかな。みんな、プリキュアとかポケモンの綿菓子ばかりじゃなくて、キューティクルの綿菓子も買ってあげてね。
綿菓子なんて、お祭りの時でないと食べる機会がない。穂波だったら意地でも家で作ろうとするだろうけど、あれって専用の機械を持っていないと難しいんだよね。発破をかけるとお小遣いで機械を買ってきそうだからやめておこう。
口の周りをべたつかせながらも綿菓子をがっつく。口の中が甘くて仕方ないけど、つい病みつきになっちゃうんだよね。夢中になって食べていると、横から視線を感じた。
すでにご馳走を食べつくした華怜が物欲しそうにこちらを見ている。ドラクエだったら仲間にする案件だけど、彼女の目線はある一点で固定されている。
「もしかして、もっと食べたいとか」
「そ、そんなことあるわけないじゃない。がっつくほど卑しくないわよ」
動揺しているけど、綿菓子につい釘付けになっている。他人が食べている姿を目の当たりにするとなぜか自分も欲しくなってしまう理論か。でも、さっき食べつくしていましたよね。
意地悪くお預けさせるのも忍びないので、華怜の前に綿菓子を差し出してみる。すると、すぐさまがっついてくる。餌付けしているみたいで忍びない。遠慮なく頬張っているけど、これって色々とまずいんじゃないかな。
ボクが困惑していると、華怜は首をかしげる。口の中が膨らんでいるせいでリスみたいだ。無邪気にご馳走にありついているところ、水を挿すのも悪いし。
「あのさ、レンちゃん」
「渚、あんたも食べたいわけ。わるいけど、あなたの分はないわよ」
「いや、そうじゃなくて」
さすがの渚先輩も引いているようだった。咳払いして、会心の一撃をぶちこむ。
「あなた、サキちゃんの食べかけを食べているってことは、思い切り間接キスしてるわよ」
その言葉を聞き、華怜は一気に赤面する。もしかして、自覚なかったのか。ボクも差し出してから気が付いたから後の祭りだったけど。
「べ、別にそんな目的でがっついたわけじゃないんだからね。ただ、綿菓子が食べたかっただけなんだから」
「とかいいつつ狙ってたんじゃないの。まったく、油断ならないわ」
憤慨する渚先輩。不公平だからって先輩にも差し出してみたけど、「レンちゃんと間接キスする趣味はない」って突っぱねられた。それが自然の反応ですよね。ただ、口惜しそうにしていたのはなぜだろう。
射的に陳列してあるプレステとかニンテンドースイッチって取らせる気ないよね。