ダイカルア本部
この回は三人称によるいわゆる導入回です。
どこにあるとも知れぬ修道院。白装束の集団が一心不乱に祈りを捧げているという宗教施設にあるべき光景が繰り広げられていた。だが、どこか異様さが漂うのは、信者たちの恰好に起因するだろうか。全身をすっぽりと覆うパーカーのような装束を纏った彼らは一様に虚ろな表情をしていたのだ。そして、呟くのは罵詈雑言。「コロセ、サツリクセヨ」と汚い言葉を一心不乱に吐き散らしている。
殺生を推奨する宗教など御法度であろう。だが、彼らが信仰する神々を目の当たりにすれば、静かに頷くしかなくなる。
禍々しい偶像の一派は「邪神」としか形容できない。憤怒、憎悪、欺瞞。種々の負の感情を顕わにした邪な石像に向かい、怪しげな信者たちはひたすらに祈りを捧げているのだ。
邪教集団ダイカルア。人々の恐怖心を煽り、邪神復活の糧としている異世界からの侵略者。彼らの本拠地こそ、この修道院なのだ。
百単位の信者が突如深々と低頭する。彼らを睥睨するように、四人の男女が壇上に登った。だが、修道院という場には似つかわしくない連中であった。信者と同じく白のローブを羽織り、さながら修道女な少女はまだいい。先陣を切っているのはパピヨンマスクをつけ、漆黒のローブを纏った魔女。そして、両隣りに控えているのはともに顔面をおしろいで塗りたくった男。一方は髪を逆立て、肩パットを装着したデスメタルバンドの兄ちゃん。もう一方は色とりどりのフェイスペイントや衣装で彩られた道化師だったのだ。
「我らが偉大なるダイカルアの信者どもよ。我らの目的は心得ておるな」
「邪神様の糧となる恐怖心を捧げることです」
魔女が両手を広げると、信者たちは一糸乱れることなく返答した。
「しかし、我らの野望を挫く存在が現れた。憎き魔法少女。奴らを排除せねば我らの悲願を達することはできぬ。
ダイカルアの名のもとに奴らを根絶やしにせよ。さすれば、我らの勝利の日は近いぞ」
「我が偉大なるダイカルアの名のもとに」
決まり文句のように唱和すると、信者たちは更に深々と頭を下げた。そんな信者たちを一瞥し、四人は踵を返していく。
礼拝堂の裏に設けられた特別スペース。そこに四人は集結していた。さっさと椅子にもたれかかったのは、デスメタルバンドの男だった。
「ギャッハーッ! 毎回堅苦しい礼拝は疲れるぜ。もっとよう、血沸き肉躍る催しとかねえのかよ」
「有賀さん。司教ともあろうものがはしたないですよ。あなたはもっと紳士になるべきです」
「黙れ、百道。俺様はまどろっこしいことが嫌いなんだよ。とにかく人間をぶっ潰せば、そのうち邪神が出てくるだろうが」
たしなめられ、有賀は百道こと道化師の男に噛みつく。化粧もあってかなりの迫力だったが、百道は怯える素振りはない。涼しい顔で受け流している一方、傍にいる修道女の方がうろたえていた。
「有賀。いや、クロコダイルカルアよ。そなた、規格外の魔法少女に出会ったと言ったな」
「そうさ、大司教さんよ。あいつの強さは異常だったぜ」
「無謀が取り柄のあなたが警戒するとは。よほどの相手のようですね」
百道が訝しげに目を細めると、有賀は指を鳴らした。すると、空中に正方形の画面が浮かび上がる。相手に任意の映像を見せる魔法だ。
映っていたのは一人の少女だった。白銀のフリルが付いたドレスにグローブとブーツ。巷で噂になっている魔法少女そのものであった。
「きれいな方ですね。彼女が例の魔法少女ですか」
「とろいこと言ってんじゃねえぞ、海老名」
ほんわかと述べた修道女だったが、有賀に恫喝される。鼻息が荒くなっているのは彼女の素っ頓狂な発言のせいだけではないはずだ。
「ヴァルダイヤモンドと言いましたか。軟弱そうで、あなたが警戒するような相手には見えませんが」
「そう思うだろう。だが、こいつが使う魔法は油断ならねえ。背後にある建物を崩壊するのも容易い破壊光線を撃ってきやがったからな」
有賀が指しているのは中学校の校舎だった。おそらく、少女が通っている学校であろう。
「この程度の建物を破壊するぐらいは我でもできる。そなたが警戒しているのは別の理由であろう」
「察しがいいな、大司教さんよ。そいつが言うには、謎の声が攻撃を唆しているみてえだ。こいつはもしかしてと思ってよ」
「謎の声ですか。それだけで当たりをつけるのは早計だと思いますが」
「だが、確かめる価値はありそうだ」
大司教は意味ありげにほほ笑んでいる。他を寄せ付けぬ様相に、誰も口が開けずにいた。
ようやく決心がついたのか、百道が進み出る。
「大司教様。次はわたくし、百道ことセンチピードカルアにお任せください。必ずや、例の魔法少女の首を献上しましょう」
「てめえ、抜け駆けしてんじゃねえぞ。この俺様、クロコダイルカルアが手柄を立ててやる。ムカデ野郎はすっこんでやがれ」
「脳筋のあなたでは力不足ですよ。このわたくしに任せておけば間違いはありません」
「前は油断しただけだ。俺様が本気になれば負けるはずはねえ」
「け、喧嘩しちゃダメですよ」
海老名がおろおろと首を動かしている中、大司教はカツンと杖で床を叩いた。一挙動だけで、いがみあっていた両者は押し黙る。
「有賀達樹、クロコダイルカルアに命じる。謎の魔法少女ことヴァルダイヤモンドを討伐せよ。ついでに他の魔法少女も根絶やしにして構わん」
「仰せのままに。俺様の腕の見せ所だぜ。おい、ヘッジホッグカルア!」
有賀のよびかけに、一体の怪物が姿を現す。ネズミのような狡猾な顔つきで、背中には無数の針が備わっていた。その名の通り、ハリネズミをモチーフとした怪物である。
「俺様の右腕であるお前にも協力してもらう。俺様一人でも十分だろうが、念には念を入れてってやつだ。ぜってぇヴァルダイヤモンドを倒し、俺様たちが大司教へと成り上がるぞ」
「仰せのままに。クロコダイルカルア様の力添えができるよう、尽力する次第です」
物腰低く一礼するヘッジホッグカルア。だが、獲物を前にした猛獣の如く、サディスティックに牙を覗かせていた。
意気揚々と出撃していく有賀たち。残された百道は不満げに頬をついた。
「有賀だけに任せておいて大丈夫でしょうか」
「問題はない。我もまた独自に動かせてもらう」
「大司教様自らがお出向きになるのですか」
「ヴァルダイヤモンド。こやつはどうにも気になるのでな」
そういうと、大司教は映像をスライドさせるように手を払った。すると、別の映像に切り替わる、これまた異なる人物が映し出されていた。男とも女ともつかぬ中性的な顔立ちの中学生。そいつをじっと凝視し、大司教は密かに笑みを浮かべるのであった。




