ボク、男なんですけど
心が落ち着いてくると、改めて怪物と争った跡の惨状に直面することとなった。物的被害だけではなく、糸によってぐるぐる巻きにされた人々もそのままだ。敵を倒せばすべて元通りというご都合主義展開にはならないようだ。魔法で直接人命を奪うことはないってだけでも、ご都合主義といえばそうなるからな。
「ねえ、どうにかして後片付けできないかな。ショッピングモールをこのままにはしておけないよ」
「君は真面目だバね。建物を再建させる魔法がないことはないバが、君が使えるとは限らないバ。いくらダイヤモンドでも限界があるバ」
諦観されるとなんか悔しいな。えっと、やりたいことを思い浮かべれば自然に呪文が出てくるんだよね。いっそのこと、建物だけじゃなくて、すべて元通りになればいいのに。
両手を組み合わせて祈っていると、脳裏に文言が浮かんできた。えっと、
「ありがたき祝福よ! 彼の者たちに降り注げ! 全治全能」
そう唱えると、天空へと光の柱が伸びていった。雲を貫き、陽光を建物全体に降り注がせる。
すると、破砕された床がひとりでに修復されていった。千切れ去った洋服も破片が集約していき元の姿を再現する。真っ二つになっていた大型家具もいつの間にか元通りになっていた。
更に、糸でぐるぐる巻きにされていた人々も束縛から解放されていく。
「これは、魔法なのか。建物が勝手に修繕されていくぞ」
「助かった。マジで息苦しかったのよね」
「あ、あれを見ろ。もしかして、魔法少女なんじゃないか」
ボクの存在に気が付いた男性が指を指す。嫌が上でも注目を浴びることになってしまう。うう、恥ずかしいよ。
「魔法少女がダイカルアの怪物をやっつけてくれたぞ」
「しかも、建物を直してくれるなんて」
「おまけに糸も追っ払ってくれたし」
「まさに仏様じゃ。ありがたや、ありがたや」
神仏化されて拝まれてるんですけど。えっと、宗教の創始者とかそんな大層な存在になった覚えはないんだけどな。
「まさに予想外の魔力だバ。破壊と再生を司る、正真正銘の最強の魔法少女だバ」
バンティーからも賞賛の声を送られる。ここまで褒められると悪い気はしないな。
けれども、調子に乗って魔法を使い続けていると、ボクの身に異変が生じてきた。纏っている衣装が剥がれ落ちはじめ、髪留めやらリボンやらの装飾品も分解されようとしている。え、どうしたんだ。急に脱衣するなんて聞いてないぞ。
「まずいバ。魔力の使い過ぎで変身を維持できなくなったバ。魔法少女のお約束で、正体がバレるのは御法度だバ。俺っちがどうにかカモフラージュするから早く隠れるバ」
変身解除って、確かにそれはまずい。ボクが魔法少女に変身できるなんて知れ渡ったら、色々な意味で大事になってしまう。
バンティーはボクの前に翼を広げて立ちふさがると、腹に大きく空気を溜めた。カモフラージュって言ってたけどどうするつもりなんだろう。とりあえず、早く隠れなきゃ。駆け出そうとしたとき、バンティーの叫びがこだました。
「あっちでピチピチギャルがパンチラしてるぞ!!」
え~、しょうもない。そんなんでカモフラージュできるわけが……。
いや、できている。男性衆が一斉にあさっての方向に姿勢を変える。その勢いにつられ、女性衆もボクから目を逸らさざるを得なくなる。下らなさすぎるけど、このチャンスを活かすしかない。ボクは残された力を振り絞りトイレへと駆け込んだ。
「ふざけるな、ピチピチギャルなんてどこにもいないじゃないか」
「誰だ、こんな非常時にパンチラしてるなんて大嘘こいた奴は」
主に男性陣から抗議の声が殺到する。ダメだこの国、どうにかしないと。
個室にろう城するとともに、変身が解除された。よかった。あんな破廉恥な格好のままでいるのは落ち着かなかったんだ。用を足したわけでもないのに便器に座って一息つく。
休憩していると、天井からバンティーが侵入してきた。
「お疲れ様だバ。正直見込み以上の活躍だったバ」
「もうあんな真似はゴメンだよ。この魔法石、クーリングオフは効かないかな」
「そういうわけにはいかないバ。魔法石は誰にでも使えるようなものではない。その宝石は君専用のものだバ。加えて、君は最強の力を持つ魔法少女になったんだバ。ダイカルア壊滅のためにはこれからも戦ってもらう必要があるバ」
「いや、そもそも魔法少女になるなんて無理だって」
「どうしてだバ。魔法少女は全少女の憧れの存在のはずだバ」
ああ、やっぱりこのコウモリは勘違いをしているな。もう正直に白状するしかないようだ。
「あのさ、はっきり言っておくよ。そもそも、ボクが魔法少女になること自体がおかしいんだって」
「どうしてだバ。現に変身したじゃないかバ」
「だってボク、男だもん」
「そうか、男か。ならば、変身したのはおかしい……ファッ! エ、エェェェエェェェェ!!」
バンティーは絶叫した。かの理不尽を取り除かねばならないと思った。バンティーには目の前の少年の性別が分からぬ。ってところだろうか。
「そんなはずはないバ。魔法石が反応するのは十代前半の少女のみ。稀に二十歳すぎにも反応することがあるみたいバけど、まかり間違っても異性に反応するはずはないバ」
「うん、この石故障しているみたいだから返品するよ」
「って、クーリングオフは無理だって言っているバ。どうして反応してしまったかは分からないけど、君がヴァルダイヤモンドであることは間違いないバ。ならばこのまま戦い続けるしかないバ」
「ちょっと、理不尽すぎるよ」
ボクは頬を膨らませて抗議する。あんな化け物と戦うなんて嫌だし、ましてや女の子に変身しちゃうなんて。フリフリドレスで町を闊歩するって変態さんの所業だよ。
頭を抱えていると、バンティーはボクを凝視している。え、どうしたの。ほっぺにお弁当でもついてるの。
「君、本当に男かバ。実は少女でしたってオチはないバ」
「正真正銘の男だよ」
「いいや、男だと嘘をついているかもしれないバ。きちんと確かめてみるまで信じることはできないバ」
「しつこいな。いくら疑おうとボクは男だって」
第一、確かめるたって、何をする気なんだ。
「起立!」
突然号令をかけられ、ボクは反射的に従ってしまう。
「気を付け!」
背筋を伸ばし、両手をふとももにあてる。バンティーは翼を広げ、眼下に狙いをつけている。
「突撃!」
そして、勢いよく滑空してきた。ボクの股間目がけて。
痛い、痛い、痛い、痛い! そこは卑怯だって。引きはがそうとするも、執拗に股間にしがみついている。ちょっとやめてよ、そんなとこクンカクンカしないでよ。
やがて、バンティーはげんなりした顔で顔をあげた。
「おい、嘘だろ。股間においなりさんがあるぞ」
「だから言ったでしょ。ボクは男だって」
「く、認めるしかないのか。女性の股間に突起物は存在しない。だが、大きさはちいさ」
「言わせないよ!」
地味に気にしてるんだから暴露しないでよ。
ボクの股間でぞうさんがこんにちはしていると判明したことで、バンティーは完全に意気消沈してしまったようだ。部屋で舞っている埃のように個室内をフラフラと飛空している。
「ああ、最悪だバ。魔法少女に囲まれるハーレムを結成するはずが、こんなところで頓挫してしまうなんて」
心の声が出てますよ。このコウモリ、本当にダイカルアを壊滅させるつもりあるのかな。
「っていうか、君も君だバ。女子トイレに突撃してきたから、絶対に女の子だと思ったバ。もしかして、女子トイレに入る趣味でもあるのかバ」
「そんな性癖はないよ。無我夢中になっていて気が付かなかっただけだって」
現在進行形で間違えているわけですが。早い所脱出しないと変質者扱いされてしまう。
周りに人がいないことを確認し、トイレから離脱。人の波に従い、ボクも出口へと向かう。バンティーは衝撃が大きかったのか、
「またダイカルアが出たら連絡するバ。しばらく一人にしてくれバ」
と、ふらつきながら飛び去ってしまった。このままどっか行ってくれないかな。それにしても、厄介なことになったぞ。ボクの手の中にある白銀の宝石。所持するにはあまりにも荷が重すぎる代物だったのだ。う~ん、本気でこれクーリングオフできないのかな。
次回予告!
ボクの幼馴染赤羽華怜は男勝りで強きな女の子。そんな彼女がダイカルアの怪物ベアカルアに襲われてしまう。危ない、華怜!
けれども、バンティーが取り出した宝石が輝きを放つ。まさか、華怜が……。
次回、TS魔法少女は戦いたくない第二話「幼馴染は魔法少女!? 情熱の戦士ヴァルルビィ」