恐怖の毒魔法
最近仕事が忙しくてなかなか更新できなくてすみません。
「どうなってるの。私の魔法が効かないなんて」
さしものサファイアも焦りを覗かせる。バタフライカルアは高笑いととともに、上空へと舞い上がった。
「種明かしをしてあげようかしらね。私の鱗粉には魔法を跳ね返す成分が含まれているの。そんじょそこらの魔法では傷一つつけられないわよ」
「魔法防御に優れた相手バ。厄介なやつに遭遇してしまったバ」
「どういうことよ」
「君の氷の魔法は誰にも通じるわけではないバ。魔力差がある相手だと凍らせることができない場合があるバ。あいつはどうやら防御力に特化した相手だバ。君の魔法では如何せん威力が不足してしまうんだバ」
RPGのボスに麻痺とか眠りが効かないという理論だろう。補助魔法が通じない以上、正攻法でいくしかない。
舌打ちをしたサファイアは、手のひらにつららを生成する。
「身も凍りつかせる氷河よ、刃となりて悪しきを討て! 鋭閃絶氷」
つららの刃が空中浮遊するバタフライカルアを貫こうとする。チョウチョの軟な体では受けきるのは不可能。しかも、相手は回避する素振りはない。
しかし、命中する寸前につららは自動的に融解させられてしまう。見えない壁に阻まれているかのようだ。
「無駄よ。鱗粉がある限り、あなたの魔法はすべて無効化される。さて、防御してばかりではらちが明かないからね。こちらからも行かせてもらうわ。禍々しき粉塵よ! 猛毒となりて悶え苦しませよ! 邪毒粉舞」
魔法の詠唱とともに、羽根を激しく羽ばたかせた。目に見える形で、黄色い粉が降りかかろうとしている。スギ花粉が舞い散るニュース映像を生で目撃しているみたいだ。
「あの粉を吸い込んじゃダメだバ。吸うと毒に侵されてしまうバ」
毒だって。吸った途端に死ぬとか危険な代物じゃないよね。いや、ダイカルアの怪物のことだ。即死性の粉を振りまくぐらいやってのけそうである。自然界でも、ハブとかは致死性の猛毒を持っているし。
「私の魔法による毒を吸い込むと、体温が上昇して気だるくなり、咳と鼻水に苦しむ羽目になるのよ」
えっと、単なる風邪だよね。病原菌をばらまいているって凶悪には変わりないけど。
「ちょっと、風邪引いたら授業についていけなくなるじゃない。家で大人しくNHK教育見てるなんてごめんよ」
先輩、真面目ですか。病欠の時にNHK教育を見てしまうって小中学生あるあるだよね。ボクも風邪の時に惰性でがんこちゃんとかストレッチマンとかを見てたな。
吸い込んじゃいけないと分かっていても、ずっと息を止めるにも限界がある。避難しているギャラリーの中には効果が表れているのか、咳やくしゃみをしている人が続出した。ボクもなんだか熱っぽくなってきた。ダイヤモンドの魔法で風邪って治せないかな。でも、変身して変な声に操られて暴走しても嫌だし。うーん、段々頭が痛くなってきたぞ。
サファイアも鼻を押さえているけれど、絶え間なく襲い来る粉を防ぎきるのは土台無理な話だった。
「やむを得ないわね。こんなやつ相手に使いたくはなかったけど。三千世界よ! 我が手中で弄ばれよ! 無敵形態」
サファイアの全身がほのかな光に包まれる。鼻から手を放しているにも関わらず、風邪の諸症状に侵されている気配はない。サファイア最大の魔法か。いかなる環境にも適応できるのなら、風邪菌が蔓延していても感染する心配はない。
絶え間なく降り注ぐ風邪菌を平然な顔で迎え撃つサファイア。対して、鱗粉により魔法を防いでしまうバタフライカルア。あれ? お互いに膠着状態に陥っていないか。「かたくなる」しか覚えていないトランセルとコクーンが戦っているみたいな。
「バンティー、あいつを倒せる策はないわけ。妖精らしくアドバイスしなさいよ」
「都合よく俺っちを頼るなバ。はっきり言わせてもらうバが、やっぱりサファイアの力では限界があるバ。活路があるとするなら、ルビィに戦ってもらうしかないバ」
「冗談きついわよ。あんなのと戦えるわけないでしょ」
華怜らしくなく嫌々をしている。バタフライカルアが接近しようとするたびに、ボクの背に顔をうずめてくる。虫嫌いの華怜にとって、超巨大な蝶なんて恐怖の対象でしかない。彼女に戦えなんて強要するなんて酷だ。
「魔法少女もざまあないわね。私の毒でさっさと風邪を引くといいわ」
相手も風邪菌って認めちゃったよ。確か、サファイアの「無敵形態」には時間制限があるはず。おそらく、先に根をあげるのはサファイアの方だ。華怜が戦えない以上、ボクがやるしかない。
しがみつこうとしている華怜から離れるように、ボクはゆっくりとバタフライカルアへと歩み寄っていく。右手にはもちろんダイヤモンドが握られている。怪物は訝しげに高度を下げてきた。
「バタフライカルア。ボクが相手だ」
「あなたはSMの嬢ちゃんかしら。私に刃向うというなら容赦はしないわよ」
「サキちゃん、あいつは一筋縄ではいかないわ。策はあるの」
正直、作戦なんてものはない。でも、先輩を、そして、華怜を危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ。ボクは高々とダイヤモンドを掲げる。
しかし、その腕ががっちりと掴まれた。瞠目し、後ろを振り返ると、いつの間にか華怜が背後に回り込んでいた。
「優輝、あなたが戦う必要はないわ。あ、あんな蝶ごとき、私がやっつけてやるんだから」
強がりを言っていても声が震えている。
「無茶しないでよ。華怜は虫が苦手なんでしょ。だったら、無理に戦う必要はないって」
「いや! 優輝が危険な目に遭うぐらいなら、私が戦うわ」
有無を言わさず、華怜はボクの前へと進み出る。そして、懐からルビィを取り出すや、高々と叫んだのだ。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリールビィ」
瞬きする間に華怜はヴァルルビィへと変身を果たす。真紅の衣装をたなびかせ、バタフライカルアに凛と立ち向かう。魔法少女ながらも雄々しい。さすがは情熱の戦士。
ただし、膝は笑っていた。下半身はどうにも恐怖心を隠しきれていないようだ。すぐに看破されたのか、バタフライカルアは嘲笑を浴びせる。
「威勢よく変身したはいいけど、ビビってるじゃない。あなたじゃ話にならないわね。さあ、私の毒にひれ伏しなさい」
「屈しちゃダメだバ。近距離高火力に特化したルビィなら鱗粉のバリアを打ち破れるはずだバ。あいつを殴り飛ばしてやるバ」
「無理! あんなのを触るなんて絶対に無理!」
嫌悪感を顕わにして泣き喚いている。本当に大丈夫なのかな。