バタフライカルアが現れた
バカ騒ぎを繰り広げる日常の何気ない一時。それをいともたやすく崩壊させるのがダイカルアの手口だ。今日もまた例外ではなかった。
突如、遠方から破砕音が響く。ガラスの類が割れたようだ。配送中の事故か。だが、そんな生易しいものではないことはすぐに露呈した。
「ダイカルアの怪物だ!」
通行人の一言に一帯は騒然となる。またショッピングセンターを狙ってきたのか。性懲りのないやつらだ。
逃げ惑う人々を達観しながら怪物が闊歩してくる。いや、闊歩というと語弊があるか。一応足は存在しているけど、そいつは床すれすれを低空飛行しているのだ。
見目麗しい色とりどりの羽。昆虫独特の複眼にストローのような口。醜悪な怪物と対面し続けてきただけに、その姿は素直に美しいと評する他なかった。
とはいえ、怪物であることには変わりない。身構えていると、怪物は大っぴらに羽を広げる。
「あら、私に刃向おうというのかしら。ならば、制裁を加えてあげようかしらね。このバタフライカルアに逆らったことを後悔させてあげるわ」
バタフライというと、チョウチョか。羽の模様からアゲハチョウの一種だろう。
「キャアアアアアアアアアア!!」
突如、華怜がけたたましい悲鳴をあげた。ボクの背後に回り、肩にしがみついてくる。ど、どうしたんだよ急に。いきなり密着するなんてびっくりするじゃないか。
動転してしまったけど、数秒後に理由が判明した。そうか、チョウチョも虫の一種。華怜にとっては相性最悪の相手だ。
「どうしたんだバ。戦う前に怯えていては話にならないバ」
「無理よ、あいつは。わしゃわしゃした足とか、気色悪い羽とか、目にするのも嫌」
駄々をこねてボクの背に顔をうずめてくる。夢中で気づいていないかもしれないけど、胸とかいろんなところが当たってるんだよ。
「ルビィが出動できないなら、ダイヤモンド、君があいつと戦うバ」
「ええ!? ボク!? ちょっと待ってよ、あんな得体の知れないチョウチョと戦うなんて無理だって」
モスラほどじゃないけど、推定体長は二メートルを超す。化け物といっても差し支えない奴相手にやりあえるわけないじゃないか。
「ううむ、困ったバ。ダイヤモンドも無理となると」
「ちょっと、私が消去法で残るってわけ。そういう生意気やってると、お姉さん怒るわよ」
「でも、優輝と華怜が戦えないのなら、君に頼むしかないバ」
「仕方ないわね。買い物の続きをしたいし、さっさと終わらせるとしますか」
そう言って、渚先輩は青の宝石を取り出す。そういえば、先輩が変身するところを見るのは初めてだな。
「随分好き勝手言ってくれてるじゃないの。私をコケにして、ただで済むと思い?」
「デジモンの主題歌みたいな名前して生意気言ってるじゃない。あんたみたいなキワモノ、私一人で十分だわ」
「笑止。キワモノというなら、あなたたちの方が上じゃない。SM嬢にバニーガールって、マセガキのくせに十八禁の店で働いているような恰好してんじゃないわよ」
SM嬢? 指摘されてボクは大変なことに気が付いた。しまった、バンティーにコスプレさせられてそのままじゃん。うう、怪物に痴態を揶揄されるなんて。非常事態にゆっくり着替えている時間もないので、応急処置でそこら辺にあったカーディガンを羽織る。生足丸出しだけど、ボンテージ姿よりは幾分マシだ。
ボクの問題が解決したことで、一点気になることが出てくる。バタフライカルアは「バニーガール」って言ってたよね。そんなのがショッピングセンターにいるはずがない。
って思ったけど、すぐに発見した。そういうことか。
「渚先輩」
「どうしたの、サキちゃん。作戦を組み立てているから邪魔しないで」
「いや、大事なことなんですけど」
「なによ。手短に頼むわ」
苛立ちを顕わにする先輩。じゃあお言葉に甘えて手短にいこう。
「うさ耳つけたままですよ」
指摘されて、先輩は頭に手をやった。バニーガールと言ったらコスプレしている先輩しか該当しないもんな。先輩のことだから、ダイカルアの怪物が出なかったらそのまま帰っていたかもしれない。その前に万引き防止ゲートに引っかかって発覚するか。
何事もなかったかのようにうさ耳を置くと、先輩は宝石を構える。煌めきとともに、変身のための呪文を詠唱する。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリーサファイア!」
変身完了までの時間は0.05秒。瞬きする間に先輩はヴァルサファイアへと変貌を果たしていた。
「傍若無人! 我尊大なる威光の戦士! ヴァルサファイア」
名乗りとともに、ポニーテールを揺らす。呼応するようにバタフライカルアは巨大な羽根を広げた。
「春先になって冬眠から目覚めたところ悪いんだけど、もう一回眠ってもらおうかしら。有象無象の愚者よ! 慄きその身を凍てつかせよ! 冷結微笑」
ヴァルサファイアの十八番、ウインク一つで相手を凍らせる冷却魔法だ。バタフライカルアの巨大な羽根が霜に覆われていく。前にやっつけたクロウカルアに倣うなら、相手の機動力を奪う作戦か。
しかし、バタフライカルアが一たび羽ばたくと、霜が振り払われてしまう。得意魔法が破られたことで、サファイアは訝しげな表情をする。そんな、サファイアの魔法が通じないなんて。
「あなた如きの魔法が私に通じると思っているのかしら。悔しかったら、もう一度やってごらんなさい」
「いつまで強気な態度が保てるか試してあげようじゃない。冷結微笑」
お言葉に甘えてというわけではないが、サファイアは再度冷却魔法を発動する。バタフライカルアの羽根が氷に侵されていく。だが、再度羽ばたかれ、またも霜が打ち消されてしまう。やっぱり、サファイアの魔法が通じないのか。




