ヴァルダイヤモンドの力
って、うわぁぁぁぁぁ!! またこっぱずかしいこと言ってる! なんだよ、ヴァルダイヤモンドって。まるで日曜の朝にやってるアレみたいじゃないか。
「おお、白金の魔法少女。俺っちの見立ては間違ってなかったバ」
「ヴァルダイヤモンドだと。確かにそそられる体躯だが、魔法少女とあれば話は別。我らがダイカルアに刃向うのであれば容赦はせん」
スパイダーカルアは前かがみになって前脚でシャドーボクシングを披露する。糸ばかりに気を取られていたけど、あの気色悪い足もなかなかの脅威だ。
やる気満々の怪物に対し、ボクは腰を引きながらも歩みを進める。主にバンティーから期待の眼差しを受けるけど、大したことできないよ。それにさっきから股間が気になるし。
ええい、変身してしまったからには仕方ない。とりあえず取るべき行動は……。ボクは両手を膝につけると、深々と頭を下げた。
「あ、あの。痛いことするつもりはないから、大人しく帰ってもらえませんか」
「いきなり命乞いしてどうするんだバ!!」
盛大にツッコミを入れられた。だって、謝って済むなら越したことはないじゃん。嫌だよ、こんな怪物と殴り合うなんて。
「拍子抜けだな。恰好の獲物を前に逃げ帰る馬鹿がどこにいる。さあ、我が糸の餌食になるがいい。紡がれし糸よ、彼の者を捕縛せよ! 繊糸粘縛」
スパイダーカルアは糸を放出する。喰らうとぐるぐる巻きのマミィになってしまう。そんなの嫌だ。ボクは地面を蹴り、跳躍する。
すると、天井スレスレにまで跳び上がってしまった。脚力異常すぎるでしょ。半ば空を飛んでるよ。
「空中戦か。臨むところだ」
噴水のように糸を吐き出してくる。うまいこと間隙をすり抜けて落下していく。空中で自由に方向転換できるってこれもまた魔法の力かな。
って、やばいやばいやばい! スカート、スカートがめくれる。いくら怪物相手だからってパンツを晒すつもりはない。多分、得しないだろうけど。どこぞの都会の男子高校生が「男子の視線、スカート注意、これ常識」って釘を刺されてたのが分かった気がするよ。
ふう、どうにか着地したぞ。でも、安心するのはまだ早い。待ち受けていたのは前脚による直接攻撃に移行したスパイダーカルアだった。ジャブにフックと巧みに細足を振るってくる。別に格闘技の心得があるわけじゃないけど、ボクは悉く空を切らせている。
「この野郎、ちょこまかとしやがって。さっさと作品になるがいい」
「お断りします。そっちこそ早く帰ってよ」
フロア内を縦横無尽に駆け回るたび、ディスプレイしてあるマネキン人形やら大型家具やらが糸の餌食になっていく。まったく、本当にしつこいな。糸を無限に生み出せるとかそんなチート能力持ってるわけないよね。
タンスの上に飛び乗って小休止を入れる。ただ、足元ではスパイダーカルアが狙いを定めていた。やっつけるしかないのかな。
(タタカエ……)
またこの声だ。脳に直接語りかけてくる甲高く震えた声。誰が語りかけているんだ。
しかも、声が響いた途端に、ボクの両手両足がうずいてくる。それはかつて感じたことがない衝動だった。
糸が迫ってきたので、大ジャンプして地面へと逃れる。ただ、溢れだした衝動は抑えきれない。必死にマネキンの手首を掴むも、力み過ぎたのかそのまま粉砕してしまった。
脚力だけじゃなくて、腕力まで強化されているのか。本気で戦ったりしたら、大事になるのは間違いない。
「いい加減諦めろ。降伏するなら痛い目に遭わずに済むぞ」
「嫌だ。そっちが降参すればいいじゃん」
言い争いが堂々巡りになってきたな。
「逃げているだけじゃダメだバ。君も魔法を使って攻撃するんだバ」
「魔法なんて、どうやって使うんだよ」
「心の声に従うんだバ」
従っちゃまずいと思うけどな。
えっと、とにかく糸をどうにかしなくちゃ。
(ネジフセヨ、ジュウリンセヨ、マッサツセヨ)
くっ……どうしたことだ。どこからともなく響く声があいつを抹消せよと誘ってくる。そんなこと、そんなことしたくないのに。
「うろたえているのならこちらから行かせてもらおう。繊糸粘縛」
頭を抱えていると、スパイダーカルアが糸を放ってきた。嫌だ。戦いたくない。でも、ぐるぐる巻きにもされたくない。
「刃向いし魔力よ! あるべき地に帰せよ! 鏡映魔射」
気づいた時には口が勝手に呪文を紡いでいた。展開された防御障壁。まっすぐに飛来する糸は光の壁により阻まれる。
よし、防御技だ。これなら時間稼ぎができるぞ。しかし、ボクが発動したのはそんな生易しい代物ではなかった。
糸は防御されたことで消滅するかと思いきや、発動させたスパイダーカルアの方に跳ね返っていったのだ。
「我が魔法が跳ね返されただと」
驚愕で複眼を見開く。反射された糸は右の前脚へと絡みつき、ぐるぐる巻きに縛り上げてしまったのだ。
「畜生、これでは右腕が使えんではないか」
悔しがるスパイダーカルア。魔法をそのまま跳ね返すって、いわばカウンター魔法か。
絡まった糸を解こうと敵は四苦八苦している。傍から見れば絶好の攻撃の機会であった。でも、怪物とはいえ痛めつけるのは気が引けるんだよな。
(ブチノメセ、イタメツケロ、ナブレ、ホフレ)
物騒な言葉が脳内を駆け回る。だから、嫌なんだって。ボクは穏便に済ませたいだけなんだ。
(コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ……)
呪怨のように「殺」の文字が脳内を支配する。嫌だ、嫌だ、嫌だ。ボクは、ボ…クは…。
「穢れし者よ! 邪悪なる意思を悔い改めよ! 悪行退散」
「んな、その魔法は……」
バンティーが絶句している。薄れつつある意識でそれを認識するのが精いっぱいだった。胸のブローチと化しているダイヤモンドが再度輝きを放つ。しかも、胸だけではなく全身が発光しているようだった。
「冗談だろ。貴様、そんな魔法を習得しているなんて」
それがスパイダーカルアの辞世の句だった。ボクの全身より溢れだした魔力は強力な破壊光線へと転換される。大地を穿きながらも進撃し、スパイダーカルアを呑み込んでいく。ふらつきながらも光線が直撃し、怪物は爆砕される。ボクはその様をただ見ていることしかできなかった。
何が起きたのか理解が追い付いていなかった。とりあえず、怪物をやっつけたというのは確かのようだ。しかし、払った代償は大きかった。光線が通過した跡は無残に床が削り取られ、ただのボロキレと化したワンピースやらスラックスやらが散乱していた。みんな避難していて人的被害がなかったのが幸いだが、決して安堵できるような状況ではなかった。
「信じられないバ。まさか、これほどの力を発揮するなんて。もしかしたら、ダイカルアを倒す切り札になるかもしれないバ」
唖然としていたバンティーだったが、ボクの力を認め有頂天になった。いや、それどころじゃない。
「ねえ、バンティー。ボクが使った魔法って何なの。あの怪物はどうなっちゃったの」
「正直、俺っちも初めて見た魔法だバ。ただ、発揮された魔力から察するに超高威力の攻撃魔法だと思うバ。それこそ、そんじょそこらのダイカルアの怪物なら即死させることができるバ」
「そ、即死って」
唱えたら相手は死ぬってそんなの魔法少女が使っていい魔法じゃないよね。一応、ダイカルアの怪物にしか効果はないみたいだけど、物騒な代物であることには変わりない。
「どうしよう。殺すつもりなんてなかったのに」
うろたえていると、バンティーは破顔し、翼で一点を指し示した。
「心配しなくていいバ。ダイカルアの怪物は人間の邪な心が増幅されて生み出された存在。邪悪な意思を粛清したことで、元の人間に戻せるんだバ。ただ、衝撃が全くないわけじゃないから、しばらくは気絶する羽目になるバ」
スパイダーカルアが倒された辺りに豊満な口髭を蓄えた中年男性があおむけに倒れていた。著名な芸術家に見えなくはない。おそらく、スパイダーカルアの素体となった人間なのだろう。