謎の乱入者
「こらー! いい加減降りて来なさい」
「カーッカカ! 悔しかったらここまで来るがいい。まあ、お前には無理だろうがな」
大空を舞うクロウカルアにヴァルルビィは野次を飛ばす。いくら地上で喚こうと聞く耳持たずといった呈だ。
平穏な休日の昼下がり。そのはずが、ダイカルアの怪物が襲来したことで脆くも崩れ去った。ボクたちもまた被害者の一人。お互い家でくつろいでいたところ、バンティーから「ダイカルアの怪物が出たバ」と呼び出しを受ける。華怜は意気揚々と、ボクはしぶしぶ近所の公園にまで駆り出される。
そこでは、全身真っ黒で鳥の姿をした怪物が暴れ回っていた。黒い鳥で連想される通り、カラスの化け物クロウカルアだ。
さっそく華怜はヴァルルビィに変身。「こんなひょろいの一撃で倒してやるわ」と意気込んでいたものの、クロウカルアは空中へと回避。以降はルビィを弄ぶように空中遊泳を続けていて今に至るってわけだ。
「卑怯よ、このカラス。降りて私と勝負しなさい」
「嫌だね。その剣で切り刻むつもりだろ。分かっていて降りてくるバカがどこにいる」
ルビィが手にしているディザスカリバーのことだろう。そこらへんの木の枝を「聖剣変化」で変換したものだ。典型的な近距離用武器を振り回されて、そこに飛び込むなんて自殺行為に他ならないからね。
喚き散らしていたルビィだけど、ここで趣向を変えることにした。
「あんた、空に浮かんでいるだけでろくに攻撃できないでしょ。私を倒したかったら降りて来なさいよ」
単純だけどある意味効果的な煽りだ。ルビィを倒すためにはどうしても接近しなくてはならない。そこを反撃しようという戦法か。
でも、重要な前提が抜け落ちていた。作戦を成功させるためには、相手が近距離でしか攻撃できないという状況が必要になる。でも、クロウカルアはにやりと口角をあげた。
「俺が攻撃できないなんて早とちりもいいところだ。俺の魔法を見せてやるよ。天駆ける双翼よ! 刃となりて彼のものを切り刻め! 双翼鋭刃」
魔法を唱えると、クロウカルアの翼がナイフのように鋭く変質していく。空中からルビィへと狙いを定めると、雨あられのごとく羽の刃を連射した。
ディザスカリバーを掲げて防ごうとするけれども、広範囲の刃の雨により、魔法少女の装束が切り裂かれていく。ルビィは失念していたのだ。相手が遠距離攻撃ができるという可能性を。
どうにか耐え忍んだものの、勝負は決したも同然だった。こちらの攻撃は届かないのに、相手は一方的に攻撃できるってもはや勝ち目はないじゃん。
「今回の相手はルビィだと相性が悪すぎるバ。優輝、ここはダイヤモンドの出番だバ」
「ええ!? ボク」
「もう君しかいないバ。君の魔法なら刃を跳ね返してダメージを与えることができるバ」
そうだけど。でも、
「あんな刃を迎え撃つなんて無理だよ。当たったら痛そうだし」
「少しくらいなら当たっても大丈夫だバ」
身体じゃなくて気持ちの問題なんだけどな。うう、あまりやりたくないな。でも、このままじゃ華怜が一方的に刃に切り裂かれるし。せめて、バリアを張るだけなら。
「優輝、私は大丈夫だから。あなたは見てなさい」
「で、でも。このままじゃ負けちゃうよ」
「あいつが下りてこないなら引きずり下ろすだけよ」
そう言って華怜は石ころを掴んで投擲する。投石って魔法少女がやっていい技じゃないよね。おまけに全然届いていないし。
「万策尽きたみたいだな。カカカ、お前らまとめて倒してやるぜ」
まずい。クロウカルアは再度翼を刃に変えようとしている。うーん、怖いけど華怜を守るためには仕方ない。ボクはポケットからダイヤモンドを取り出す。
すると、不思議なことが起こった。刃に変換されようとしていた羽がなぜか氷へと変わったのだ。凍りついたと言った方が正しいか。クロウカルアが驚愕しているうちに、右の翼がすべて凍ってしまった。
ボクはもちろんのこと、ルビィもバンティーも何も仕掛けていない。そもそも、相手を凍らせる魔法なんて誰も使えないはずだ。じゃあ、一体誰が。
「彼の者曰く、飛べない鳥はから揚げだってね」
「な、何者だ」
ブーツを鳴らしながら少女が歩み寄って来る。スラリと背が高いモデル体型。足を踏み出す度にポニーテールにしている髪が揺れる。知己的に人差し指と中指を立てて眼鏡を直すような仕草をしていた。ただ、エア眼鏡だったけどね。
そして、驚くべきは彼女の服装だ。ルビィと似たようなフリフリのドレス。生地は青色を基調としている。胸のブローチにも青色に染まる宝石が飾られていた。
「から揚げにするならニワトリが定番だけど、カラスのから揚げっておいしいのかしらね。まあ、食べようとは思わないわ」
「てめえ、何を言って……」
そこでようやくクロウカルアは自らの異変に気が付いた。右の翼が凍らされて機能停止しているのである。すると、どうなるか。
バランスを崩し、地面へと一直線に落下する。左翼で必死にバランスを取ろうとするが、無駄なあがきだった。
どうにか起き上がろうと蠢くクロウカルアに、謎の少女は冷笑を浴びせる。
「食用にも便利なように冷凍してあげたわよ。感謝しなさい」
「この野郎、ただで済むと思うなよ」
憎悪を込めた瞳で睨まれるが、少女はどこ吹く風だ。無慈悲にクロウカルアへ右手を広げている。
「右の翼だけ凍らせても申し訳ないから、全身凍らせてあげるわね。有象無象の愚者よ! 慄きその身を凍てつかせよ! 冷結微笑」
詠唱した後、少女はクロウカルアへとウィンクをする。魔法の発動にはそれだけで十分だった。
黒くてつやのある左の羽も一気に霜に覆われていく。しかも、地面に生える草まで巻き込んで凍結しているため、さながら磔にされているようだった。
ダメ押しに右の翼も更に凍らされているため、クロウカルアは立ち上がることもままならない。彼女ってどう見ても魔法少女だよね。でも、やっていることがダイカルア並みにえげつないんですけど。
「さて、問題です。水を冷やすとどうなるでしょう。カラス君の頭じゃ難しいかな」
「そんなことぐらい知っている。凍るに決まっているだろ」
「正解。じゃあ、あんたの周りにある大気中の水分を冷やしたらどうなると思う」
そこまで言われ、クロウカルアは己が身に生じている異変の正体に気が付いたようだ。少女が使った魔法「冷結微笑」。それは、対象の周囲にある大気を凍らせることで氷をまとわりつかせ、身動きを封じる技なのだろう。うん、やっぱりえげつない。
「ろくに動けないようだし、そろそろトドメを刺してあげるわね。身も凍りつかせる氷河よ、刃となりて悪しきを討て! 鋭閃絶氷」
少女が手のひらを広げると、空気中の水分が氷結していく。つららを象ったそれはミサイル弾の如くクロウカルアへと直進していった。
「せめて大空で散りたかったーっ!」
それがクロウカルアの断末魔の叫びだった。つららは怪物の胸を貫通し、途端に爆散霧消した。あとに残されたのはクロウカルアの素体となった青年だけだった。