変身! ヴァルダイヤモンド
「この世界じゃコウモリはしゃべらないバか。前にそんな常識聞いたことあるバ。会話能力がないなんて、進化が遅れてるんじゃないかバ」
語尾が明らかに変だけど、コウモリが流暢にしゃべっている。夢じゃないよね。ほっぺをつねってみるけど、ちゃんと痛い。
「も、も、もしかして、ダダ、ダイカルアの、ててて、手先!?」
「ビビりすぎだバ。俺っちをダイカルアなんて失礼だバ。あんな奴らと一緒にしないでほしいバ」
「いや、でも、しゃべるコウモリなんておかしいでしょ。えっと、動物の名前にカルアってつくのが定番だから、君はバッドカルア?」
「だから、ダイカルアの怪物じゃないバ。それに、コウモリならバットカルアだバ。バッドカルアだと『しかしカルアではないです』になるバ」
コウモリに英語の勉強を教わるなんて夢にも思わなかった。日本語だけじゃなくて英語も堪能とか有能すぎるでしょ、このコウモリ。
「俺っちにはバンティーって名前があるバ。ちゃんと覚えておくバ」
バンティーか。よし、忘れよう。こういうのは関わり合いになるとろくなことがない。
「まったく、せっかく女子トイレに潜伏して覗きを働いていたのに興を削がれたバ」
今、さりげなくとんでもないこと暴露しましたよね。ダイカルアの怪物並にろくでもないじゃん。さっさと警察に届け出た方がいいよ。
「まあ、ダイカルアに対抗できる人材を発掘できたから良しとするバ」
しちゃ駄目でしょ。おまわりさん、こいつです。スパイダーカルアのついでに逮捕してください。
って、ちょっと待ってよ。またもさりげなくすごいこと言ってなかった。
「ダイカルアに対抗できる人材?」
「そうだバ。俺っちの使命、それはダイカルアを討伐できる唯一の存在、魔法少女に変身できる人材を発掘することだバ。えっと、君の名は……」
「呉羽優輝だけど」
「優輝。少女にしては男っぽい名前だバね」
少女って、このコウモリ壮大な勘違いをしているな。だってボクは……。
「でも、魔法石が反応したってことは間違いないバ」
口を開きかけたけど、バンティーが先行した。言い直そうとするものの、次の瞬間の彼の動作に口を挟む機会を失ってしまった。
バンティーが翼をクロスさせてすぐさま開くと、白金に輝く宝石が出現したのだ。トイレの薄明りでさえも自らを煌々と輝かせる光源へと変える。まさに宝石の王様。時価数億円はくだらないであろう代物がトイレの床へと接触しようとする。
反射的にボクはその宝石を両手で受け止めた。すると、手のひらの中でひときわ大きな輝きを放つ。直視できず反射的に顔を背けた。
「やっぱり思った通りだバ。君は魔法少女に選ばれたんだバ。宝石がここまで輝いているのが何よりの証拠だバ」
「選ばれたって、そんなの困るよ」
ようやく発光は収まったものの、無碍に捨てるわけにもいかない。捨てるぐらいなら宝石店に売り飛ばした方が数倍マシだ。
バンティーといざこざを繰り広げている間に、トイレの外では騒動が拡大していた。怖いもの見たさで柱の陰から様子を窺う。
まず目撃したのはスパイダーカルアだった。慌てて顔を引っこめるも、興味が先行して再度顔を覗かせる。
怪物の方は僕に気づいてはいないようだった。っていうか、無視していたかもしれない。なぜなら、怪物を討伐せんと武装集団が結集していたからだ。
テレビで見たことがある。ダイカルアに対抗するために機動隊の精鋭たちが選抜されたって。よかった、彼らが来てくれれば安心だ。ライフル銃を片手に一斉に標準をスパイダーカルアに合わせている。集中砲火されればひとたまりもないはずだ。
「あ~あ、人間たちは無駄なあがきをしているバ」
「縁起でもないこと言わないでよ」
反して、バンティーはあきれ顔だった。ライフル銃があんなにあるんだよ。耐えられるわけないじゃん。
「発射用意、撃て!」
司令官の合図とともに、スパイダーカルアに銃弾の雨嵐が降り注ぐ。いいぞ、このままやっつけちゃえ。
けれども、砲撃が止んだにも関わらず、怪物は依然として仁王立ちしていたのだ。無傷というわけにはいかなかったものの、不敵に牙を打ち鳴らしていることから致命傷には至っていないだろう。
「人間風情が舐めた真似を。紡がれし糸よ、彼の者を捕縛せよ! 繊糸粘縛」
「まずい、全軍退避!」
武装集団は逃亡を図ろうとするけど、スパイダーカルアが紡ぎ出した糸に次々とからめとられていく。糸を撃ち抜くも絶え間なく次の糸が迫って来る。為すすべなく大量のマミィが生成されていった。
「素晴らしい。精鋭で戦うだけあって、どいつもこいつもいい肉付きをしている。だが、あやつに敵う者はいないか。どこにいったのだ、あの『少女』は」
マミィの間をすり抜け、スパイダーカルアは探索を開始する。少女って間違いなくボクのことですよね。どうしよう、マジでここに留まるのは時間の問題だ。あんな気色悪い糸でぐるぐる巻きにされるのなんか嫌だよ。
「これで分かったバ。あいつを倒せるのはもう君しかいないんだバ。さあ、早く魔法少女に変身するんだバ」
「で、でも、戦うなんて無理だって。あいつにはライフルも効かないんだよ。それに、出ていったところで糸にやられちゃうよ」
「あ~じれったいバね。とにかく変身するんだバ。じゃないと話が進まないバ」
「だから、どうしてボクなのさ。他にも女の子はいっぱいいたでしょ」
「魔法石に選ばれたから、運命を受け入れるしかないバ」
横暴が過ぎるよ。本気でこの石、トイレに流してやろうかしら。
なんて、言い争っているのがまずかった。
「ようやく見つけたぞ。こんなところにいたのか」
トイレの入り口に立ちふさがる怪物。しまった、見つかった。逃げようにも、背後は密室。そして、ここは三階。窓から飛び降りたら確実に死んじゃう。持ってる宝石が天空の城の王家に伝わる秘宝だったらどんなに良かったことか。
「おお、やはり美しい体躯をしている。我が魔法で研磨すればより輝くであろう。さあ、大人しく餌食となるがいい」
万事休すか。もはや助かる手段は一つしかなさそうだ。嫌な予感しかしないけど、試してみるしかない。
「バンティー、変身するにはどうやるの」
「やっとやる気になったバか。魔法石を掲げ、呪文を唱えるんだバ」
「呪文?」
「俺っちの真似をして言ってみるバ。アーネストレリーズ! ミラクルジュエリーダイヤモンド」
「ア、アーネストレリーズ。ミラクルジュエリーダイヤモンド」
しぶしぶボクは呪文を口にする。うわー、こっぱずかしい。中学二年にもなってこんなことを口走るなんて。知人がいなくてよかった。
すると、手にした宝石がひときわ激しい光を発した。もはや直視不可の閃光に思わず顔を覆う。
そして、不思議なことが起こった。着ていたシャツとジーンズが一瞬のうちにはじけ飛んだのだ。もちろん、下着も巻き添えになっているため、端的に言うなら全裸状態である。って、悠長に解説している場合じゃないよ。すぐそばに警察直属の武装集団がいるんだよ。公然わいせつ罪で捕まっちゃう。
大慌てで局部を隠すけど、そんな必要もなかったみたいだ。やけにフリフリがついたドレスみたいな衣装が勝手に装着されていく。ダイヤモンドを想起させる白金の生地。胸の大きなリボンの中心にはさっきまで握っていた宝石が飾られた。
ええ、なんだよこの衣装。スカートってありえないでしょ。しかも、今どきの女子高生が着けてそうなミニスカート。股間の辺りがスース―して落ち着かない。せめてスパッツぐらい穿きたいけど、自動的に用意されているわけはなかった。見られたら色々とまずいよ。
それに、ところどころ露出してるよね。グローブとブーツはいいんだけど、肘とか膝が丸出しだし。これでへそ出しだったらどうしようかと思ったよ。
まあ、衣装も衣装だけど、それ以前に超重要な問題が立ちふさがっている。胸に違和感を覚え、そっと触ってみる。プヨン。絶対にありえない触感が掌底から伝わってくる。試しにジャンプすると、タユンと揺れる。
こんな体の部位、男にはないはずだ。あることはあるけど、ぺったんこだったはず。男にはないものが存在している。なので、男ではない。男でないとするなら……そんな三段論法でボクはとんでもない答えを導き出してしまった。
「お、女になってるぅぅぅう!!」
胸でたゆむ蠱惑的な双房。いっぱいの「い」を「お」に変えると出てくるアレじゃないですか。それに、股間がやたらスース―するのはスカートのせいだけじゃないはずだ。
「馬鹿な、魔法少女だと。しかもその姿、大司教様たちから知らされていないぞ」
「当たりまえだバ。彼女はたったいま誕生した新しい魔法少女なのだからバ。さあ、その名を知らしめてやるバ」
勝手に先導されてるけど、呉羽優輝って名乗るわけにはいかないよね。しかも、名乗りとかやってる場合じゃないから。股間を確かめたいけど、衆目で触るなんてただの痴女だし。
悶々としていると、いきなり頭に電撃が走った。
(ヴァルダイヤモンド)
え? なに? ボクの脳裏にいきなり言葉が浮かんだ。ヴァル……もしかして、それがこの姿の名前。
凛とした表情を浮かべると、ボクは胸に手を当てた。
「清廉潔白! 我、すべてを統べる戦士! ヴァルダイヤモンド!!」