女子トイレに入ってみよう
「魔力で言うなら、優輝。君の持つ魔力は異常すぎるバ」
いきなり話題を振られ、うろたえてしまう。
「ボクが最強の魔法少女って言ってたけど、嘘なんじゃないの。そんな大それたものじゃないよ」
「いやいや、君の中に眠る魔力はあまりにも強大だバ。分かりやすく例えると、君たちの世界の物語に特殊スーツを纏って悪を討つ勧善懲悪のお話があるバね」
「仮面ライダーとかスーパー戦隊みたいなのかしら」
「それだバ。そいつに倣うなら、ルビィは物語の始めに主人公が変身する姿だバ。対して、ダイヤモンドは最終話辺りに出てくる最強の姿になるんだバ」
えっと、クウガに例えるなら華怜がマイティフォームで、ボクがライジングアルティメットってことかな。
「今のところ出てきているダイカルアの怪物は格下の部類バ。だから、ダイヤモンドが本気で戦えばまず負けることがないバ」
ズ・グムン・バ(クウガ第一話の怪人)相手に最強フォームをぶつけているようなものか。まあ、負け無さそうだけど。でも、面白くないのは蚊帳の外にされた華怜だった。
「私だってそんじょそこらの怪物と戦えるんでしょ。実際、ベアカルアを倒したわけだし。でも、あのワニには全然敵わなかったわよ」
不満を顕わに抗議する。ギャッハーッって奇声をあげる変な奴か。ベアカルアに対する態度といい、かなり強い化け物なのかな。
漂々としていたバンティーだったけど、一変して険しい表情になった。
「あいつは正直別格だバ。クロコダイルカルアは司教と呼ばれる上級の怪物なんだバ。ダイヤモンドが本気になれば楽勝だろうけど、ルビィの力では勝つのは難しいバ」
「もしかして、特撮ヒーローの幹部怪人レベルってこと」
「分かりやすく言うならそうなるバ」
ならば、やたら強い理由も納得がいく。変身したてのひよっこじゃボスには勝てないってことか。あんなのが続々と出てくるのなら嫌だな。
「ねえ、バンティー。あいつに勝てるような魔法とかないの。あるんなら出してよ」
「そんな都合がいいものないバ。唯一突破口があるとしたらダイヤモンドの力しかないバ」
「もったいぶってるわけじゃないわよね」
華怜はバンティーの両脚を掴んでゆさゆさと揺らしている。さながら未来の世界の猫型ロボットに懇願しているみたいだけど、傍観している場合じゃない。
「止めなよ、華怜。バンティーが気持ち悪そうにしてるじゃないか」
「三半規管にクリーンヒットだバ」
ボクがたしなめたことで、ようやくバンティーは解放された。ご愁傷様です。
「いやあ、優輝は誰かさんと違って優しいバ。君、本当に男なのかバ」
「よく言われるけど、正真正銘の男だって」
「女子トイレに入ってたくせに」
「あれは本当に慌ててただけだって」
助けてあげたのに傷口広げないでよ。緊急事態だったから仕方ないけど、男が女子トイレに入ったら犯罪だからね。
「女子トイレって何の話してるの」
「華怜は食いつかなくていいから」
「あ、そう。そういえば、女子トイレと言えばあんな事件があったわね。ほら、小学校五年生の時の」
「ああ、あれか」
「思い出でもあるのかバ」
そう。あれは、三年前の休日のことであった。
当時、小学五年生だったボクらは隣県にある大きな公園に遊びに来ていた。華怜のオテンバ振りは相変わらずで、いつも振り回されていたっけ。今もたまに無茶苦茶やるけど。生身でダイカルアに喧嘩売ったりとかさ。
その頃もボクはよく女の子に間違われていた。女の子でいうところのショートカットにしていたのと、典型的な童顔なのが原因だったのかな。
あまりにも女の子に間違われるから、華怜がとんでもない提案をしてきたんだ。
「ねえ、優輝。試しにあそこに入ってみない」
そう言いながら指差したのはあり得ない場所だった。
「無理無理。絶対に怒られるよ」
「大丈夫よ。いざとなったら、私が助けてあげるから」
及び腰になるボクを華怜は無理やり引っ張っていく。ボクを押し込もうとしている魔境。それは公園の女子トイレだったのだ。
最終的には根負けして、華怜と一緒に入ることになった。もちろん、人生で初めての女子トイレだ。いつもの便器がどこにもなくて、すごく落ち着かなかった。子供ながらに背徳感に苛まれていたってのもあるかもしれない。オドオドしているボクに対し、華怜は堂々と中ほどまで進んでいく。そりゃ、華怜は普段使い慣れてるからさ。別に覗きとかしているわけじゃないのに、すごく悪いことしている気分になる。
休日ということもあり、本来の目的で訪れてくる女性がチラホラいた。一瞥されるたびに身がすくむ思いになったよ。このまま何も起こらずに過ぎてくれれば。でも、そんな淡い期待はもろくも崩れ去った。
「あら、ダメじゃない坊ちゃん。ここは女子トイレよ」
いきなり中年のおばちゃんに声を掛けられた。まずい、見つかった。悪いことに、任せとけって豪語した華怜も固まってしまっている。ちょっと、華怜がこんなんじゃ困るよ。
中年太りの丸々とした腕が伸びてくる。小学五年生にして前科者になるなんて。実際は厳重注意ぐらいだろうけど、その時は本気で逮捕されるんじゃないかっておびえきっていた。
そして、牢獄へと誘う魔手がそっと肩に置かれる。
「早く出ていきなさい、坊ちゃん」
肩を叩かれ、上半身をびくつかせた。……華怜が。
「私は正真正銘の女だっつーの!!」
「ギャハハハハハ! 傑作すぎるバ!」
バンティーは抱腹絶倒していた。あの後大泣きしてしまった華怜をなだめるので大変だったな。完全に自業自得だったけどさ。
そんなこんなで大騒ぎしていて、そろそろ夕飯時が近づいてきた。さすがにお暇しないとまずい。腰をあげようかとしたとき、窓の外より「ブーン」という音を立てながら訪問者がやってきた。
「クンカクンカ。いい臭いがするバ」
「まだ料理なんて作ってないわよ。あんたの鼻おかしいんじゃない」
「いいや、ご馳走の臭いがするバ」
ごちそうって卑猥な意味じゃないよね。このコウモリだとやりかねないからさ。
やがて、謎の訪問者の正体が明らかになった。体長一センチにも満たない小型の飛行昆虫。トイレの話をしているから釣られてやってきたのだろうか。覇王だったら「悪魔王ベルゼバブだ」と形容するそいつはハエであった。
なんだ、ただのハエか。でも、ブンブン飛んでてうっとうし……。
「イヤァァァァァァぁ!!」
けたたましい悲鳴をあげて、華怜がボクに抱き付いて来る。い、いきなりどうしたんだ。って、そうか、華怜は。
「虫、虫、虫がぁ」
「さっきから語彙がおかしいバ。虫がどうかしたのかバ」
「ね、ねえ、どうにかしてよ。つか、こっち来ないで」
ボクに体を押し付けながらも、左手を必死に降っている。あ、あのさ、華怜。そんなに突起はないとはいえ、まともに当ってるんだけど。どことは言わないよ。それに、近い、近いから。
無我夢中にボクに抱き付いて来る華怜。そんな最中、事態を更にややこしくする出来事が起こってしまった。
「そうだバ。せっかくのご馳走を逃す手はないバ」
意気揚々とバンティーは大口を開いた。え、まさか。呆けて口を開けた時には遅かった。
バンティーはハエへと飛びかかったかと思いきや、パクリと小さな全身を丸呑みにしたのだ。満面の笑みでもしゃもしゃと咀嚼している。
「食べたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
華怜は大変なことになっていた。テンションが完全にマクドナルドの放送中止になったCMの子供だよ。そして、ボクに密着するにつれ、いろんな部位がなすりつけられる。しかも、本人に自覚はないからたちが悪い。主に胸を押し付けてくるのはやめてよ。
「華怜はどうしたんだバ。俺っちは生理的欲望に従って食事をしただけだバ」
「信じられないわよ、このけだもの。虫を食べるとかどういう神経してんの」
泣き目になっていて、なんかかわいそうになってくる。
「コウモリの本能として、虫は大好物なんだバ。優輝、説明してくれないかバ」
困り果てて丸投げされたので、ボクは解説を加える。
「なぜだか知らないけど、華怜は昔から虫が苦手なんだ。ハエはもちろんのこと、チョウチョとかカブトムシとかでも怖がってたな」
「そんな弱点があったとは。良いこと聞いたバ」
「ちょっと、妙な事仕掛けたら丸焼きにするからね」
完全に泣き顔になりながら華怜は抗議する。そして、おちょくるように部屋の中を飛び回るバンティー。ううむ、ボクたちでダイカルアの悪行を防げるのかな。あまり争い事はしたくないけどさ。
よいこは小学五年生の頃の華怜の真似をしてはいけません。実際にやろうとすると間違いなく牢獄にぶち込まれます。