女の子の家に遊びにいこう
しばらくして、バンティーと連れ立って華怜が合流してきた。
「どうにかダイカルアの連中は退けたようだバ。二人ともよくやってくれたバ」
バンティーがねぎらいの言葉をかける。一時はどうなることかと思ったけど、そんなに被害が出なくてよかったよ。安堵していると、いきなり華怜に肩を掴まれる。
「ねえ、優輝。あんたいつの間に変身できるようになったの。しかも魔法少女に」
「え、えっと、それは」
バンティーの方を目配せする。やれやれとため息をつくと、バンティーは華怜に囁く。
「色々と込み入った事情があるから、きちんと説明するバ」
「私もあんたに聞きたいことがあるから助かるわ。それよりも、どうしてあんな危ない真似したのよ。下手をしたらひどい目に遭ってたかもしれないんだから」
「で、でも、華怜が」
「私はどうなろうと構わないわよ。でも、あんたが死んじゃったりしたら、私……」
言葉を詰まらす華怜。いつも強気な彼女だが、肩を掴む手に力が入っていなかった。そっと払えばすんなりどけられそうだ。こ、こんな時、どうすれば。
狼狽していると、華怜は顔をあげて破顔した。
「でもさ、助けてくれて嬉しかったよ。ありがとね」
彼女の表情を直視し、心臓が跳ね上がりそうになる。あれ、華怜ってこんなに可愛かったっけ。腐れ縁というか、付き合いは長いけど、心からの笑みってのは見たことはなかった。華怜って、こんな顔もできるんだな。やばい、心臓の鼓動が止まらない。
固まってしまったボクをよそに、華怜はいきなりバンティーに掴みかかる。空中浮遊しているコウモリを素手で捕まえるって、これも魔法少女の効力かしら。
「バンティーと言ったわよね。優輝が魔法少女になった経緯といい、一からきちんと話してもらうわよ」
「痛い、痛い、羽がちぎれる! 暴力反対バ!」
うん、いつもの華怜だ。さっきの一瞬の表情は何だったんだろう。まあ、彼女はこっちの方が似合っているような。
ようやく解放されたバンティーはしわくちゃにされた羽を伸ばしながらため息をついた。
「これから魔法少女として戦ってもらうにあたって、君たちには話しておこうと思っていたバ。この後時間を作れるかバ。魔法少女やダイカルアについて説明したいバ」
「こんな大騒動があった後じゃ練習も中止だろうし、私は構わないわよ。優輝はどう」
「ボク? ボクも大丈夫かな」
部活に顔を出してすらないけど、今日もろくに活動していないだろうし。
「決まりだバ。えっと、どこか腰を据えて話せるような場所があるといいバが」
魔法少女の秘密なんて、公共施設で話せるような内容じゃないもんな。学校内なんて論外だし。
バンティーの提案を受け、華怜はなぜだか執拗にボクをチラ見してくる。あれ、ほっぺにゴミでもついているかな。顔をいじくっていると、なぜだか内股になりながら切り出した。
「あ、あのさ。久しぶりに私の家、来る? 一応は助けてもらったわけだから、その、お礼とかしたいし」
「か、華怜の家か」
数軒先にあることもあり、幼稚園の頃はよく遊びに行った。でも、幼馴染とはいえ異性の自宅だ。小学生になって学年が上がるにつれ、次第に上がり込むことは無くなった。華怜の家に行くのなんて何年振りだろう。
ボクの家でもよかったけど、穂波に聞かれるとまずいからな。対して、華怜の家だったら夜遅くにならないと両親は帰ってこない。手っ取り早く話を聞くだけならうってつけだ。
「じゃあ、せっかくだからお邪魔しようかな」
「よっしゃ、決まりだバ。さっそく訪問するバ」
「なんであんたが一番張り切ってるのよ」
呆れ顔になる華怜。「ウシシシシ、女子の家だバ」とボクに絡んできて滅茶苦茶気持ち悪い。こんなのが妖精やっていて大丈夫なのだろうか。
住宅街の並びにある一軒家。「赤羽」と表札を掲げている赤い屋根の家が華怜の自宅である。招かれているとはいえ、いざ入るとなると緊張するな。
「ほら、もたもたしないで上がって」
華怜に促され、ボクは敷地を跨ぐ。悪いことはしていないのに、心を落ち着かせることができずにいた。
華怜もまた和風を好んでいて、自室は障子に畳敷きだった。まず目につくのはやはり賞状の数々。小学校の頃、剣道の大会で獲得してきた誉れの証だ。剣道が強いってのは聞いていたけど、裏付けがとれると嫌が上でも再認識することとなる。
座布団を勧められ、ボクはそこに正座する。ただ、華怜が率先して胡坐をかいていたので、倣って足を崩す。変身が解除されてもサモンスパッツの効果って持続しているのかな。見えそうで見えないからはっきりさせておいた方が気は楽になるけど。断じてパンツが見たいって言っているわけじゃないよ。まあ、一時間ぐらい前に目撃しちゃったけどさ。
ボクらが大人しく座っている一方で、バンティーはせわしなく部屋の中を飛び回っている。彼って異世界から来た妖精なんだよね。人間の部屋は珍しいのかな。
「バンティー、気になるのは分かるけど、少し落ち着きなよ」
窘めてみると、バンティーは困り顔で振り向いた。
「うーん、ここにはないみたいだバ」
「探し物してるの。ならば手伝おうか」
「助かるバ。いや、華怜の下着がどこかにないか探してるバ」
「あんたね、その羽むしって捨てるわよ」
華怜が拳を強く握る。冗談抜きでむしり取るつもりだ。便乗して探さなくてよかった。
「女の子の家に招かれたら、まずは下着を探すのが礼儀だバ」
「そんな礼儀はないわよ、このエロコウモリ。っていうか、バンティーとか名乗ってたけど、あんたその名前、パンティーみたいで卑猥なのよ」
「パンティー。フフフ、甘美な響きじゃないかバ。女性用下着と似た名前だなんて、運命を感じたバ」
「ねえ、優輝。コウモリって焼いたら食べられるかしら。私、こいつにあの魔法をかけたくて仕方ないの」
「外国だと食べている所あるんじゃない。でも、この子を食べるのはやめとこうよ」
「そうね。変な病原菌を移されたら困るし」
「勝手にばい菌扱いするなバ」
皮肉をぶつけたけど、一歩間違えれば本気で「情熱思慕」を発動しかねなかった。家まで調理しそうだからやめておこうね。