クロコダイルカルアを威圧せよ
「ク、クロコダイルカルア。ボクとしても野蛮なことはしたくない。だから、その、帰ってもらえないかな」
「帰れと言われて素直に帰る馬鹿がどこにいるか。魔法少女の助太刀だから身構えたが、どうやらこけおどしのようだな。ギャッハーッ! てめえも瞬殺してやるぜ!」
クロコダイルカルアはチェンソーを起動させ、刃を差し向けてくる。ちょっと、それはマズいって。
「あ、あのさ。本気で話し合わない」
「しゃらくせえ。とっとと息の根を止めてやんよ」
跳躍の勢いを利用し、チェンソーを振り下ろしてくる。ボクは咄嗟に飛び退り、刃で地面を穿かせた。
「へえ、身体能力はそこそこ高いじゃねえか」
賞賛されたのも束の間。チェンソーを右へ左へと振り回される。勢いよく変身しちゃったはいいけど、やっぱりこんなの無理だって。
「ねえ、どうなってんの。優輝が魔法少女になったうえ、あんまり強くないじゃない」
「詳しいことは後で説明するバ。ダイヤモンド、君の力はそんなものじゃないバ。魔法を使って戦うバ」
「無理、絶対に無理」
「この腰抜け野郎が。待ちやがれ」
命を懸けた鬼ごっこが繰り広げられるが、いつまでも続くわけはなかった。木の枝に躓きかけたのを機に、進行方向に先回りされてしまったのだ。おまけに背後には大木。まさに八方塞がりだった。
チェンソーの刃が喉元へ迫ろうとしている。もうおしまいだ。ああ、やっぱりしゃしゃり出るんじゃなかった。魔法少女の加護で変身解除されるだけって分かっていても、全身を切り刻まれる恐怖はごまかしようがない。もう、おしまいだ。
(センメツセヨ……)
まただ。またあの声だ。身の内から湧き上って来る憎悪。違う。ボクはそんなこと思っていない。
(ハカイ、ハメツ、ハサイ……)
「うるさい。黙ってよ」
「あぁん、てめえ誰としゃべってんだ」
「知らないよ。どっかから声が聞こえるんだ。今も殺せってうるさいし」
「何言ってんだ。病気なんじゃねえのか」
敵にまで呆れ顔をされる。しまいには、ボクの意思とは関係なく、右手に力が込められていく。まずいよ。学校で破壊光線なんか撃ったら取り返しがつかない。
「やる気になったみてぇじゃんか。せめてもの情けだ。苦しまねえよう、一撃で葬り去ってやんよ。ギャッハーッ!」
例の奇声とともに、クロコダイルカルアのチェンソーが迫る。
「刃向いし魔力よ! あるべき地に帰せよ! 鏡映魔射」
早口で呪文を紡ぐと、ボクの前に光の壁が展開される。よかった、バリアの魔法だ。
チェンソーとバリアが衝突する。回転する刃が壁を削っていく。すると、不可解なことが起こった。壁の亀裂に呼応するように、クロコダイルカルアの胸の鱗も剝げ落ちていくのだ。異常は外見だけでなく、内面にも生じているようで、相手は次第に顔をしかめていく。
「てめえ、カウンター魔法とは粋な真似をしやがる」
「すごいバ。クロコダイルカルアのチェンソーによる斬撃をそのまま跳ね返しているバ」
物理攻撃を跳ね返す壁って無茶苦茶すぎやしないかな。チェンソーで壁を削れば削るほど自分の体が傷ついていくってことでしょ。
(コロセ、コロセ)
ああ、さっきからうるさい。第一、殺すつもりなんかない。このままバリアを張っていれば勝手に降参してくれるに決まっている。
でも、ボクの意思に反して右手に更なる魔力が溜まっていく。まずいよ、このままじゃ学校を壊滅させてしまう。
「ねえ、早く逃げて。じゃないと、君ごと建物とかを壊しちゃう」
「ふざけたこと言うな。妙なバリアを使えるからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「本当にやばいんだって。殺せって変な声もするし、本気で学校を壊滅させちゃいそうなんだ」
「変な声がするって。まさか、てめえ」
一変して神妙な表情を覗かせるクロコダイルカルア。チェンソーの勢いも次第に弱まっていく。あれ、もしかして効果があったかな。
けれども、すぐにサディスティックで高圧的な態度を取り戻した。
「本当にてめえがビンゴかどうか試してやんよ!」
すると、ボクを置いてけぼりにしてのっしのっしと歩き去っていく。やった、撤退した。だが、淡い期待は数秒後に打ち砕かれた。
あろうことか、変身が解除された華怜にチェンソーを突きつけたのだ。右手はスイッチに添えられていて、いつでも起動できることを示している。
「ヴァルダイヤモンドとやら。てめえのお仲間さんの命を助けたくば力を見せてみな」
「優輝! 私は大丈夫だから妙な真似しないで」
「人質になってるのにあいつの心配たぁ、肝の据わった野郎だ。だが、いつまで強がりが持つかな」
軽くチェンソーを起動させて脅しをかける。クロコダイルカルア、なんて卑怯な奴なんだ。
(コロセ、コロセ、コロセ)
華怜は助けたい。でも、学校を巻き添えにはできない。悩んでいる間にも堪えきれないほど魔力が溢れてきている。我慢していたら暴発して取り返しのつかないことになりそうだ。
ならば、一か八かだ。あいつに臆病風を吹かせられればどうにかできるかもしれない。
「分かったよ、クロコダイルカルア。ボクの力を見せてやる」
ボクは重みを増している右手をゆっくりと上げる。自分のものとは思えないほど重量が増しており、左手を添えないといけないぐらいだった。存分に力を入れないと作戦は成功しない。主に左手に。
「本気で魔法を使うつもりか。ならば受けてたとうじゃねえか」
クロコダイルカルアは華怜を突き放すとチェンソーを回す。刃をそのまま防御に流用させるつもりか。魔法で呼び出された代物だから、光線くらい容易に切り裂いてきそうな気がする。
右手に蓄積された魔力が今にも暴発しそうだ。さて、勝負をかけるぞ。
「穢れし者よ! 邪悪なる意思を悔い改めよ! 悪行退散」
魔力の潮流がそのまま破壊光線へと転換。大地を穿ちつつ、規格外の閃光がクロコダイルカルアに迫っていく。軌道が甘い。このままじゃ大変なことになる。頼む、どうにか……。
「外れろ!」
渾身一滴で場違いの掛け声を発する。クロコダイルカルアが眉を潜めたのも無理からぬことだった。
願いが通じたのか、破壊光線は軌道を変えて天高く上昇していく。やった、狙い通りだ。
クロコダイルの頭上、更には校舎の上層部をも通り過ぎ、光線は空へと舞い上がっていく。その様はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。いや、比喩を用いているわけではない。
光線が消滅した直後、天から黒い塊がいくつも落ちてきたのだ。嘘だろ、ごめんよ。君たちにとばっちりを与えるつもりはなかったんだ。
地面で伸びている黒い生物。それはカラスだった。おそらく、飛行中だった彼らに被弾してしまったのだろう。いきなりカラスの群れが墜落してくるなんて、軽いホラー現象だった。
被害としてはカラス数十羽。学校壊滅と比べるとマシかと思われるけど、さすがに放置しておくわけにはいかないよね。ボクはしゃがんでカラスに手を当てると、
「ありがたき祝福よ! 彼の者たちに降り注げ! 全治全能」
柔らかな光を注ぎ、カラスの傷を治していく。気絶していた彼らは「クァ」と間抜けな声をあげると、仲間と共に飛び去っていった。
「応急処置は救命の基本だバ。蘇生魔法も存在しているけど、自分の命を犠牲にする危険な代物だバ」
さすがに死者を蘇らせるなんて都合のいい魔法は容易に扱えないよね。淡い期待を込めたけど無駄だったか。
仰々しい光線を放ったためか、校庭の方で「流れ星か」「まさかのミサイル?」と騒動が起き始める。それに端を発し、こちらに向かってくる野次馬根性の生徒が出始めた。あまり立て込んでいるところを目撃されたくないな。
「クソ。見掛け倒しかと思いきや、この魔力量只者じゃねえな」
クロコダイルカルアがチェンソーの刃を突きたて、鼻を鳴らす。ちょっと、まだ戦意を失ってないわけ。ギャラリーが近づいてきているし、またバグカルアを生み出されたらヤバいよ。
でも、クロコダイルカルアは指を鳴らすと亜空間を出現させた。急に出てきた時にも披露した代物だ。
「今日の所はこれくらいにしといてやんよ。そこの女を仲間に加えるよりも余程充実した土産ができたからな。てめえらを倒すのはお楽しみにしといても罰は当たらねえ」
「あんた、待ちなさいよ。まだ勝負はついていないわよ」
変身していない華怜が吼えかかるが、クロコダイルカルアは無視して帰還してしまった。やった、どうにか退けることができた。ただ、一安心するのは早かった。
「すげえ、魔法少女だ」
「白い魔法少女って、ニュースでやってたヴァルダイヤモンドじゃね」
ギャラリーが次々とボクを指差す。うう、普段注目されることなんてないから、けっこう恥ずかしい。アイドルって普段こんな視線に晒されてるんでしょ。よく務められるな。
「さすがに正体を探られるのはよろしくないバ。ここは撤退するバ」
バンティーが耳打ちしてくる。それもそうだ。ボクは無言で跳び上がる。それで道場の天井まで到達してしまうんだから大したものだ。屋根伝いに校舎裏まで移動する。たどり着いたと同時に勝手に変身が解除された。強力な魔法を使った後に大移動したから魔力が尽きたんだろうな。