謎の強敵クロコダイルカルア
おしろいを施したかのように顔面は真っ白。目元や頬に黒のペイントが為されている。ハリネズミの背中の如く髪を逆立て、ギザギザの肩パットと腕輪を装着。胸元を開けたジャケットとジーパンを身に着けたそいつは一言で形容するならこうするしかなかった。
「デスメタルバンドの人」
あまりにも場違いなのが出て来ちゃったぞ。しかし、そいつが現れてから地面に転がっている不良の態度が一変していた。威圧的だったのとはうってかわり、生まれたての子馬のように震えている。
「し、司教様。どうしてここに」
「とんでもねえ魔力を感じて様子を見に来たんだよ。そしたらビンゴじゃねえか。新しい魔法少女なんて恰好の獲物だぜ。あいつを絶望させられれば邪神様への最高の供物になる」
サディスティックに舌を出し、親指を下に向ける。挑発されているにも関わらず、ルビィは反論しようともしない。彼女にしてはありえない反応だった。
「一体誰よ、あんた」
ようやく言葉を絞りだすと、男は一笑に付し姿勢を崩した。
「俺様の名は有賀達樹。ってのはこの世界を忍ぶための仮の名だったな。まあ、てめえらに本名を教える義理はねえから有賀って名で十分だろ」
有賀は人を小馬鹿にしたように空笑いをする。怒鳴られても然るべきなのに、なぜだか反抗できない。ただならぬオーラが満ち満ちているとでもいうべきだろうか。
不良は有賀の足もとに手を伸ばすが、指先を思い切り踏みつけられた。
「司教様。あいつは俺が見つけた獲物です。どうか今一度チャンスを」
苦痛に喘ぎつつも懇願する。だが、有賀はうんこ座りで不良の顔を覗きこんだ。
「舐めたこと言ってんじゃねえぞ。ダイカルアに敗者の居場所があると思ってんのか、ボケ。とっとと尻尾巻いて消え失せろ、雑魚が。と、言っても立ち上がる根性もねえみたいだな」
罵詈雑言を浴びせられ、悔しそうに拳で地面を叩く。しかし、精根尽き果てているのかその所作をするだけで精いっぱいだった。やがて有賀は不良を一顧だにもせず、ヴァルルビィへと向き直る。
「あんた、そいつは仲間なんじゃないの。だったら介抱とかしてあげなさいよ」
「聞いてなかったのか。俺様達ダイカルアに弱者は必要ねえんだよ。変身能力がねえなら、バグカルアとして使い回すしかねえ。そんな産業廃棄物いるかってぇの」
人権を無視した言い草に、さすがのルビィも堪忍袋の緒が切れたようだ。「聖剣変化」と唱えると、箒を再びディザスカリバーへと変化させた。
「ギャッハーッ! 俺様相手にやるつもりか。身の程知らずもいいところだぜ」
「私、あんたみたいな根性曲がったやつが大嫌いなの。ここで成敗させてもらうわよ」
剣を片手で構えて宣戦布告をする。有賀の下劣な行為はルビィの闘争心に火をつけてしまっていた。
やる気満々のルビィとは反対にバンティーはさっきから押し黙っていた。人をおちょくったような態度はどこへやら。有賀を前に震えている。ルビィは気づいていないみたいだけど、彼の様子は先ほどから一変していた。
「まずい、まずいバ。ルビィ、ここは一旦逃げた方がいいバ」
「何言ってるのよ。あんなふざけた奴を野放しにしておけるわけないでしょ」
「でも、君の力であいつに勝つのは無理だバ」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない」
「そこのコウモリはわきまえがあるみてえだな。んで、そこの新入りか。てめえはどうやら一度痛い目に遭ってもらうしかねえか」
有賀は両腕をクロスさせる。その様はベアカルアが変身した直前と酷似していた。まずい、まずいよ。
「邪神降臨、ビーストリグレッションクロコダイル!」
禍々しい光が足元より沸き起こり、有賀の全身を覆い隠す。全身に緑色の鱗が浮かび上がり、顎が伸長していく。ギョロリと覗く目玉に魚のそれを想起させる背びれ。そして、ムチのように長く伸びた尻尾を打ち鳴らしている。
「どうだ。これこそ俺様の本来の姿、クロコダイルカルアだ」
クマの次はワニと凶悪な動物が続いている。けれども、さっきの怪物とは格が違うってのがどことなく感じられる。なんというか、第六感で危険だと訴えかけてきているのだ。
慎重に間合いを図るヴァルルビィ。そんな彼女を嘲笑うかのように、クロコダイルカルアは指を曲げて挑発を仕掛ける。彼女の性格からして、おちょくられたら逆上するに決まっている。
危惧した通り、ルビィはディザスカリバーを振りかざし、クロコダイルカルアに突進していく。小細工なしの真っ向勝負。相手がボクみたいなひ弱なタイプだったら効果てきめんだっただろう。
でも、相手が悪かった。クロコダイルカルアは口角をあげると、片手でディザスカリバーを受け止めたのだ。
「俺様相手に力比べを仕掛けようってか。面白しれぇ、のってやろうじゃん」
強引に腕を曲げるとボキッという嫌な音がした。眼前で繰り広げられた光景を信じられないといった呈でルビィは眺めていた。無理もないよ。だって、ディザスカリバーが真っ二つに折られたんだもん。
なまくらと化してしまった剣を放棄し、ルビィは素手での勝負を挑む。しかし、実力差は明白だった。ジャブやキックのコンボを叩きつけるけど、クロコダイルカルアは容易に受け流している。それどころか、腕を掴まれ、地面へと叩き付けられてしまう。
「ギャッハーッ! やはり威勢だけだったな。この程度だったらそこらの信者の方がよっぽど骨があるぜ」
「ふざけないでよね。勝負はこれからよ」
ルビィは地面に這いつくばりながらもクロコダイルカルアの足首を掴む。せめてもの悪あがきか。
いや、違う。触れられている箇所から煙がくすぶっているのだ。異変に感づき、クロコダイルカルアは蹴り放そうとする。しかし、もはや遅かった。
「燻る情熱よ! 爆炎となりて覚醒せよ! 情熱思慕」
突如、ルビィの手先から発火した。いや、手だけじゃない。ルビィの体全体が燃え上がっている。最接近していたクロコダイルカルアはまともに炎に炙られることとなった。
「すごいバ。自らを火種にすることで近寄った者を焼き尽くす。範囲は狭いけど、威力は絶大な魔法だバ」
射程はルビィから半径一メートル未満ってところかな。剣を作り出す魔法といい、近距離に特化しすぎでしょ。
起死回生の一撃に、クロコダイルカルアは一時撤退を余儀なくされる。立ち上がったルビィは炎を振り払い、ビシリと指を突きさした。
「あまり舐めない方が身のためよ。今度は丸焼きにしてあげるんだから」
「少しは骨があるみたいだな。そうじゃなきゃ面白くねぇ。てめえに俺様の魔法はもったいないと思ったが、特別に披露してやんよ」
クロコダイルカルアは両手をあげて万歳をした。捉え方によっては降参ともとれる。もちろん、この局面で降伏などあり得なかった。
「自然を犯す凶牙よ! 我が僕となりて暴虐の限りを尽くせ! 惨殺鎖鋸」
呪文を唱えると、ハンドルとエンジンから形成される本体とそこから伸びる無数の刃が備わったアタッチメントという仰々しい機械が出現する。そいつを脇に抱えると、スタートロープをこれ見よがしに何度も引っ張る。すると、物々しい爆音とともに刃が高速回転する。
うん、剣を呼び出す魔法があるってことで覚悟はしていたけど、さすがにこれはないよね。もはや魔法でも何でもないじゃん。だって、クロコダイルカルアが呼び出したのはどこからどう見てもチェンソーなのである。