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泥うさぎ

作者: るでゆん

 あるところに、その季節の女王さまがかわりばんこに住む塔があります。


 ある年の冬、春の女王さまが住む時になっても冬の女王さまが塔から出てきません。本当は冬の女王さまに交換をお願いするはずの、春の女王さまも塔を訪ねてきません。


 困った王様は国にお触れを出しました。


『 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 季節を廻らせることを妨げてはならない』


 そのお触れを見て、沢山の国民が塔を訪ねていきました。でも何故か誰も塔に入れません。塔への入り口は、固く氷で封じられていました。氷も混ざる吹雪に吹かれて、一人、またひとりとみんなが暖かい家に帰っていく中、姉弟だけはいつまでも塔の入り口にいます。


「おねぇちゃん、寒いよ」


 しっかりコートの前を合わせても、うずを巻くように吹く風は入ってきます。弟の真っ赤になった頬を、手袋を脱いだ手で暖めながら、お姉ちゃんは言います。


「寒いなら遊ぼうか。ほら、わたしの手袋を上からつけて。マフラーも、もう一枚巻こうね。

 ……ほら、雪玉を3つ重ねて、雪だるま。ひとつだけ、両手で固めれば?」


 弟に自分のマフラーと手袋を着せかけながら楽しそうに尋ねます。お姉ちゃんの指先は真っ赤になっていて、ひび割れています。


「雪うさぎ!!」


「うん、そうだね。さぁ、一緒に作ろう?」


 姉弟はひとつ、ふたつ、みっつ……沢山の雪うさぎを作ります。そうしている間に、日が暮れてきました。


「お姉ちゃん、寒いよ。もう疲れちゃった。帰ろう?」


 弟は夕暮れに悲しくなってお姉ちゃんの服を引きます。


「……ごめんね、お母さんに女王さまが塔から出てくるまで、私たちは帰ってくるなって言われているの。せめて、風がこないようにするから少しだけ我慢していて」


 お姉ちゃん自身も、寒くてひもじくて悲しくなりましたが、顔に出したら弟が悲しみます。にっこり笑って自分のコートを弟にかけました。


 弟を木の影で休ませて、お姉ちゃんは必死に雪を集めて大きな山を作ります。ふたりのお母さんは随分前に死んでしまいました。最近、お父さんが連れてきた新しいお母さんには、弟か妹になる小さな命が宿っていました。


 『お前たちがいたら、早く食べるものがなくなるのよ! この家にはもう余裕がないの!! 女王さまが外にでて、春が来るまで帰ってくるんじゃないよ!!』


 この季節の塔に出掛ける前に怒鳴られた声が響きます。お姉ちゃんの瞳から、ひとつだけ涙が流れました。でもそれも、地面に落ちる前に凍ってキラキラと輝きました。


 踏み固めた雪の山を今度は下から掘り進み、かまくらを作ります。必死に作ったその中の弟を招き入れました。


「わぁ、あったかい!」


 それまで吹雪の中にいた弟は声を上げて喜びます。その弟の顔を見て、お姉ちゃんもにっこりと笑いました。


「お姉ちゃん、コレ」


 そう言って弟は自分が着ていたお姉ちゃんのコートを返そうとしますが、お姉ちゃんは首を振ってそのまま弟に着ていなさいと話します。


 しばらく考えていた弟は、お姉ちゃんに抱きついて、一緒のコートにくるまりました。


「ほら、これなら寒くないでしょ?」


 そう言って笑う弟の顔を見て、お姉ちゃんは頑張ってよかったと思います。一日中動き回って疲れた二人は、寄り添ったまま眠りに落ちました。




 それからどれくらいたったでしょうか?


 かまくらの外から、トン…トン…ドサッっと不思議な音がして、二人は目を覚ましました。


「こんばんは、お二人さん」


 音に怯えて抱き合う二人に挨拶してきたのは、昼間作った雪うさぎです。


 トントンと言う音は、雪うさぎ達が塔の周りを跳び跳ねている音。ドサッと言う音は、その衝撃で木々に積もった雪が落ちる音だったのです。


「雪うさぎさん、こんばんは」


 ビックリして声が出ないお姉ちゃんに変わって弟が挨拶をします。お姉ちゃんは、ペコリと頭を下げました。


「ボクを作ってくれてありがとう。お二人さんはどうしてここにいるのかな? お家の人が心配しているよ?」


 小石で作った瞳を向けて、不思議そうにうさぎは問いかけます。

 そこでお姉ちゃんは、お家で言われたことをそのまま雪うさぎに伝えました。お姉ちゃんは誰かにこの話を聞いてほしかったのです。


 枯れ葉で作った耳を震わせながら聞いていた雪うさぎは、悲しそうに話します。


「大変だったんだね。このままじゃ、食べるものもないだろうし、寒くて病気になってしまうよ? そうだ! ボクの背中に乗って!!」


 そう言うと雪うさぎは、どんどん大きくなっていきます。二人を乗せられる大きさになった雪うさぎに、姉弟は恐る恐る乗りました。


 雪うさぎは「しっかり捕まってるんだよ!」と一声叫ぶと、助走をつけて塔へ向かって跳びました。


 ピヨーン!!


 ひとつ飛んで、玄関の屋根の上へ。


 ピヨーン!!


 もうひとつ飛んで、二階の屋根に。


 子供を二人乗せたまま、雪うさぎは軽やかに跳んでいきます。


 ピヨーン、ピヨーン、ピヨーン!!


 とうとう塔の一番上のバルコニーに着きました。


 そこには弟の手のひらほどの大きさの、小さなかわいい竜が待っていました。

 

「こんばんは、おふたりさん。私は冬の女王さまのお使いでここに来たんだ」


 かわいい見た目に合わない、低い声で竜は話します。


「こんばんは、ドラゴンさま」


 お姉ちゃんはこのドラゴンが、冬の女王さまが移動するときに乗っている、氷で作られたドラゴンだと知っていました。だから丁寧に頭を下げます。


「わーい、かわいい竜だ。こんばんは、竜ちゃん」


 それを知らない弟は、無邪気に氷の竜に手を伸ばしながら挨拶します。


 弟に抱かれても竜は嫌がりもしませんし、氷で出来ているはずなのに冷たくもありません。


 そんな不思議な竜に案内されるまま、二人は塔の奥に入っていきます。バルコニーでは大きくなりすぎて入れない雪うさぎが、枯れ葉の耳を震わせて見送っていました。



「さぁ、たんとお食べ」


 暖かい広間に準備された沢山のご馳走を前に、氷の竜はそう言いました。


「え? え?」


「わーい! いただきます!! お姉ちゃん、これ、すごく美味しいよ! 食べようよ!!」


 驚くお姉ちゃんに弟は言います。


 その美味しそうに食べる弟の姿を見て、お姉ちゃんも恐る恐る一口食べました。みるみる内に、寒さで青白くなっていたお姉ちゃんの頬が薔薇色に輝き、笑みが広がります。


 二人は夢中で食べました。ふと、お姉ちゃんがその手を止めて、悲しそうに顔を伏せました。


「おじょうさん、どうしたんだい?」


 微笑ましそうに二人を見守っていた、氷の竜が尋ねます。


「私たちはこんなに美味しいものを、沢山頂いています。多くの人がこの塔にきて、入ることも出来ませんでした。なぜ、私たちはこの塔に招かれたのでしょうか?」


 真剣な顔をして尋ねるお姉ちゃんに、竜は答えようと口を開きました。

 その時です。


 広間に冷たい風が吹き抜け、姉弟の服を揺らします。とっさにしっかりと服を押さえた二人を照らす灯りが一斉に消えました。


「女王陛下!」


 小さな氷の竜は地上に降りて、恭しく頭を下げます。その姿を見た二人も、慌てて席を立って女王さまに頭を下げました。


「……いいのです、我が竜よ。小さなお客人たちのおもてなしだ。わたくしがお相手をしましょう」


 新雪よりも白い顔、月光を集めて紡いだ髪に、月に照らされた湖面のように深い色の瞳、オーロラを切り取って作ったようなドレスを纏った女王さまの頭には、氷の結晶を模した見事なティアラが輝いています。


「小さな、可愛らしいわたくしのお客さま。今日はようこそ。我が塔へ。お食事は楽しんでもらえたかしら?」


「はい。女王さま、とても美味しい食事に素敵な広間で、まるで夢のようです」

 

「女王さま、ありがとうございます。女王さま、だーい好きです」


 お姉ちゃんは丁寧に、弟は無邪気に答えます。


「うふふ、それは良かったわ。

 わたくしの塔の広場で唯一楽しく遊んでくれたお客さまだもの。ねぇ、食べ終わったら少しお話をしましょう。ほら、席について?」


 女王さまはにっこりと微笑むと、自分も席に座って姉弟たちと食事を始めました。女王さまのお話はとても楽しく、そして姉弟たちの話もとても興味深く聞いてくれるので、時を忘れて食事を楽しみます。


 沢山食べて、甘いデザートを食べ始めた時です。女王さまは悲しそうに笑いました。姉弟たちが来てから、初めての表情に二人はビックリして聞きました。


「女王さま、何故そんなに悲しそうにするのですか? 女王さまは季節を統べる女王です。世界に四人しかいない女王さまです。

 こんなに美味しいもの食べて、暖かい部屋を持ち、氷の竜だっています。何故、そんなに悲しい思いをしているのですか?」


「……優しい子。おまえは、わたくしに塔を出ろとは言わないのね? その為にここに来たんでしょう?」


 そっとお姉ちゃんを抱き締めた女王さまは、ひとつ涙を流しました。


「ごめんなさいね。わたくしは冬を統べるモノ。冬が支配する所で起きた全てを知っています。さっき貴女が雪うさぎに話したことも知っているの。

 でもね、わたくしはまだこの塔を出ることは出来ないのよ」


 そう言うといつの間にか現れた王座に歩いて向かいます。王座は季節毎にその姿を変えます。今は、寒々しいものでした。


「聞いてもらえるかしら?」


 揺るぎない表情になった女王は語りだします。


「春は百花繚乱。咲き乱れる時。

 夏は燃える季節。全ての命を生み出す原動力。

 秋は実りの季節。万人に恵みをもたらす。

 なら、冬は? ええ、分かってはいるのよ。冬は眠りの季節。次の命を燃やす時までしばしの休息に憩う時」


 顔を伏せてそのまま続けます。


「ええ、わたくしは分かっているからこそ、必死に冬を維持しています。

 みなが心穏やかに休めるように、寒すぎず、暖か過ぎず、穏やかな寒さを……。あぁ、でもこんなに報われないことってあるのかしら?

 他の女王は人々から感謝して貰える。でも、わたくしは?」


 女王さまの声は震え、肩はさらに波打っています。


「女王さま、なぜ泣くの? 僕は冬が好きだよ。

 お姉ちゃんと一緒に雪で遊ぶのも好きだし、冬の朝に誰も歩いてない雪の原っぱを見つけると嬉しくなるよ」


 弟の正直な言葉に、女王さまは顔を上げて涙に濡れたまま微笑みます。


「女王さま、私は春や秋の過ごしやすい時が好きですが、冬も嫌いって訳じゃありません。

 だって寒くないと、家族で身を寄せあって暖をとるなんて出来ないでしょう? 普段は弟や私に触ろうとしないお義母さんも、この時だけはみんなひとつの布団で温まるんです。私はその時がすごく幸せです」


 お姉ちゃんの言葉に一度は哀しそうな顔をした女王さまでしたが、最後に冗談めかして告げられた言葉に声を上げて笑います。


「……うふふ、もう、仕方ないわね。こんな良い子たちのお願いを叶えないなんて出来ないわ。

 明日、塔を出ます。貴女たちは今日はゆっくり休みなさい」


 そう言うと、女王さまは振り返らずに去っていきました。


「ありがとう、おふたりさん。女王さまもこのままでは良くないとは分かっていたんだ。でも、覚悟が決まらなくてね。

 二人に会って覚悟が出来たみたいだ。今日はもうお休み。冬の女王陛下は一度口に出した約束は守られる」


 小さなドラゴンはそう言うと、二人を客間に案内して休ませました。





「ねぇ、わたくしの可愛いドラゴン。あの姉弟の事を見てわたくしは覚悟を決めました。

 わたくしがこのまま塔を出ても春の女王が来ない限り、季節は巡りません。それでは、今と状況は変わらない。

 今夜、散歩に行きますよ。小さなお客さま方には、雪うさぎをつけておきなさい」


 女王さまの部屋でそう言われたドラゴンは、自分も氷で出来ているのに寒さに身を震わせました。


「……さて、仕事を放棄し夢にうつつを抜かす、愚かな妹を叱りに行きましょう」


 バサリとマントを翻し、あっという間に塔より大きくなったドラゴンの背にまたがり、満月の下飛び去りました。




 ポロン…ポロン…


 暖かい空気の中月光に照らされて、リュートの音が響きます。


『あぁ、月光よ。わが心を写し

 かの人の夢に届けておくれ


 匂い立つ 花々は その寵を競い

 一夜なりとも 夢に憩う……』


 一足早く春が来たその草原には、美しいパステルカラーで飾りつけられた春の女王の馬車があります。


 少し離れた場所には、焚き火とそれを囲む数人の人影がありました。遥か上空からそれを見つけた冬の女王は、ドラゴンに命じて急降下させます。


 冬の女王が大地に降り立つと、今が盛りと咲き誇っていた花も一瞬にして凍りついてしまいました。


「お姉様……」


 中心で歌声にうっとりと耳を傾けていた、フワフワとした砂糖菓子のようなお姫様が怯えて呟きます。


「久しぶりね、春の女王。こんなところで何をしているのかしら? 交代の時期はすっかり過ぎていますよ?」


 そう言って微笑む女王さまの瞳に優しさはありません。


「冬の女王、冬のお姉様、だって季節の塔に入ったら、夏まで外に出られないのよ? 少しくらい遅れたって良いじゃない! 私はもっと歌を聞きたい。春の風を感じたい。花の薫りの中でお昼寝をしたいわ!!」


 膨れっ面でワガママを言う春の女王をみて、冬の女王は疲れたようにため息を着きます。そして、季節の塔をもつ国の王様が困ってお触れを出したことを伝えました。


 春の女王はその事を知らなかったようで、真っ青になります。


「お姉様、どうしましょう。私はそんなつもりじゃ……」


 オロオロする妹を呆れた顔で見ながらも、冬の女王はこの手のかかる、興味があれば何にでも夢中になって時を忘れてしまう妹がどうしても嫌いにはなれませんでした。


「明日、塔に入りなさい。国の人々には謝るのよ? 

 それと、貴女は新しい息吹きを統べていたわね。ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ」


 ひとしきり説教をしてから、冬の女王は春の女王にそう言うと、共についてくるように言って、ドラゴンの背に乗りました。




 氷のドラゴンと大きな花の舟が次に降り立ったのは、小さく古ぼけた民家でした。


「お姉様、ここは?」


「貴女が来なければ来ないで良いかと思って、不貞腐れていたわたくしに、もう一度やる気を起こさせてくれた優しい姉弟の家よ」


 穏やかに微笑む女王様から冷気が発せられていて、春の女王のドレスの花を凍りつかせます。


「お姉様、お怒りにならないで」


 怯えて宥める春の女王に、冬の女王はお姉ちゃんから雪うさぎが聞いた話をしました。


 春の女王もその話を聞くと、そのフワフワとした見た目に似合わない、トゲのついた植物の花で身を飾り出しました。


「お姉様、では私はあの継母の言っている事が本当か、確認すれば良いのですね?」


「ええ、子供が出来たから先妻の子供が邪魔になったなんて、許せることではないけれど、新たな命が宿っているなら仕方がないわ。でも、そうでなければ……」


 綺麗に輝いていた満月はすっかり分厚い雲に覆われています。


 民家の中では姉弟のお父さんが、帰ってこない二人を心配してうろうろと歩き回っていました。


「のう、お前。こんなにあの二人が遅くなるなんて今までなかったことだ。俺は探しに行ってくる」


「お待ちよ。あんた。あの二人なら大丈夫さ。それよりも吹雪になりそうだ。今日一晩待ってから、探しにいけばいい」


 継母は、お父さんを宥めてそう言いますが、心の中では、幼い姉弟が季節の塔の吹雪のなかで一晩も生きていられるはずがないとおもっていました。


 継母が引き留めるのも聞かずに、お父さんは自分のコートを来て、しっかりマフラーを巻いて外に出ます。


 扉を開けた先に、二人の美しい貴婦人が立っていて、とても驚きました。


「う……あ……。こん、こん、こんばんは。お綺麗な貴族様。何かウチにご用でしょうか?」


 吃りながら何とか聞く父親に、冬の女王は冷たく話します。


「お前に用はありません。そこをおどき」


 壁に張り付くようにして避けた父親には目もくれず、奥にいた継母に問いかけます。


「お前が姉弟の義母で間違いないか? あの二人は今日はわたくしの塔で休んでいる」


「まぁ、それは有り難いこと!! あの二人の事は心配しておりました。今も夫が探しにいくところでした」


 とっさに継母は嘘をついて喜びます。訪ねてきた二人の貴婦人が冬と春の女王だとわかった継母は、あの二人を家に戻して、王様に何をお願いしようか、考え始めました。


「お姉様……」


 そんな継母を見て、春の女王は哀しそうに首を振ります。その春の女王の姿を見た冬の女王は、冷たく微笑みます。


「お前は嘘をつくのが下手ね。嘘をつくしか出来ないのならば、その声は入らないでしょう? 心が美しくないのなら、見た目もそれにあったモノにしてしまいましょう。お前の冷たい心を写したモノに」







 あくる朝。穏やかな朝日を浴びて、塔で休んでいた二人の姉弟が目を覚まします。部屋の入り口には、二人が作った雪うさぎ。元のサイズに戻っています。


「おはよう、おふたりさん。用意が整ったら、下の広間に来てほしいって女王さま達が話していたよ」


 ピョンピョンと跳ねながら、うさぎはそう言います。


「おはよう、うさぎさん。うん、すぐに行くね」


 急いで準備を整えた姉弟は、広間に向かいました。


 広間に入ると、そこには二人のお父さんと、冬の女王さま、それに知らない貴婦人が立っています。


「お父さん!!」


 弟は喜んで父親に駆け寄ります。お姉ちゃんは女王さまに挨拶をしようと足を止めました。


「ごめんなさい!! 私が仕事に遅れたばっかりに、こんなことになってしまって!!」


 冬の女王さまの横にいた美しい貴婦人が頭を下げて、二人に謝ります。


「え?」


 お姉ちゃんがびっくりしていると、冬の女王さまが妹の『春の女王』よ、と紹介してくれました。


「はじめまして、春の女王さま。ようこそ、季節の塔へ。

 でも、冬の女王さま、昨日から何が起こっているのですか?なぜ、父がここに居るのでしょうか?」


 疑問で顔をいっぱいにしているお姉ちゃんに、冬の女王さまが昨日あったことを伝えました。


「すまなかったね。まさかお母さんがそんなことにするなんて、思わなかったんだ」


 お父さんも弟を抱き上げたまま、お姉ちゃんに謝ります。


「お父さん、もういいの。ねえ、お義母さんはどうなったの? なぜここに居ないの?」


「お義母さんは女王さまの魔法で、その心にふさわしい魔物に変わってしまったよ。もうここにはいないんだ」


「え……?」


 それを聞いた二人は、酷く悲しそうにしています。


「どうしたんだい? 二人を虐める悪い継母はもう居ないんだよ?」


 冬の女王に抱かれていた氷の竜は不思議そうにそう言います。


「でも、お母さんだよ?」


「ええ、私たちのお母さん……」


 二人はそう言って、黙り込みました。しばらく考えていたお姉ちゃんは口を開きます。


「女王さま、この国の王様は、女王さま方を交代させたものには、望みの褒美をとらせると約束されました。どうか、私の望みを聞いてください……」









 季節は廻る。


 全てが生き生きと目覚める春。

 命を燃やし動く夏。

 実りをもたらす秋。


 そうしてまた冬の女王さまが、塔へやってくる日。


 山の谷間に残った雪で作った雪うさぎを持って、少しだけ大きくなった二人の姉弟は塔に向かいます。


「お姉ちゃん、女王さま喜んでくれるかな?」


 泥で所々茶色く変色した雪うさぎを見つめながら、弟はそう尋ねます。


「わからないわ。でも、きっと喜んでくださるはずよ。冬の女王さまにまた会える私たちの心を込めたんだもの」


「ああ、ほら、お前達、そんなに走ると転んでしまうよ」


「まったくだよ。女王さまへの貢ぎ物がそんな汚い雪うさぎでいいのかねぇ」


 後ろからついてきたお父さんと、お義母さんはそう言いながらも嬉しそうです。


 ー……どうか、私の望みを聞いてください。みんなで一緒に暮らさせてください。


 一年前にお姉ちゃんが望んだのは、そんなささやかな願いでした。



 秋の女王さまは塔から出られました。今日、真夜中に冬の女王さまが塔に入られます。そっと入り口の脇に置かれた泥つきの雪うさぎを見て、どう思われたかは女王さまと氷の竜だけが知るヒミツ。


 でも、その年の女王さまの足元には、泥で汚れた二羽のうさぎがいつも元気に跳ね回っていたそうです。




 おしまい






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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。 姉妹の言動に心がほっこりされました。 [気になる点] 父親…騙されやすそうw [一言] 勧善懲悪のように悪には(継母)救いがない話ではなく 本当に優しい心の持ち主によって 悪…
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