嫁入り道具
古くは曾祖母から。嫁入り道具として受け継がれてきた茶碗。割れ物なんかをどうして後生大事にもってないといけないのか。時子は母から託されたそれに炊きたての白米をよそいながら毒づいた。
「あなたどのくらい?」
「普通盛りで」
「はい」
時子は100円ショップで購入した夫用の茶碗に白米をよそう。歴史ある茶碗と並べてみても、そこに特別な価値を見出すことは出来ない。どうせなら土地とか株券遺してくれれば良かったのに。
時子は茶碗を二つ手にテーブルへ向かう。
「お待たせ」
「おお」
夫は取引先の営業マンで、担当が時子だった。営業トークの9割は私事と言われるように、彼と時子のやり取りもまた、知らず男女の会話になっていった。
「その茶碗、いつも思ってたんだけどさ」
「何?」
「意外と売ったらいい値が付くんじゃないか?」
時子の箸が止まる。夫の言ったことを、時子もずっと考えていたからだ。けれど―
「曾祖母から続く家宝なの、コレ。売るのはNG」
「でもよ、もしかなりの値が付いたら、ローンとか色々楽になるぜ?」
「そりゃ、そうだけど……」
時子は会話を終わらせたくて箸を動かし始める。咀嚼する回数がいつもより多くなる。白米そのものの甘みが、時子の口内に広がっていく。
「一回、な? 鑑定だけ」
時子は茶碗をテーブルに戻し、その上に箸を置く。昔、祖母から口すっぱく「行儀が悪い!」と怒られた作法だった。
「一回、観てもらうだけよ?」
「よしっ、決まりな!」
時子のお腹の中には新しい命が宿っている。その子に託すものは、こんな割れ物じゃなくて、もっと確かなものをと、時子は考えている。自分たちの明日さえ知れないというのに―
* * * *
格差は引き継がれる。親が金持ちなら子が引き継ぐ資産も潤沢。親が貧しければ子が引き継ぐ資産も少ない(借金の引き継ぎを考えればマイナス)。持たざる者が段跳ばしに幸せを得ようと思えば、自然『一発勝負』に打って出るよりない(例:進路の固定化。子供の頃から野球ばかりやらせてプロになること以外の選択肢を排除する等)。日頃使っている茶碗が実はウン百、ウン千万円でしたなんて奇跡を信じるよりは確率は高い。
ケース③『消えた五千円札』に続く。