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男同士の恋にも詳しい葉山冬火、またもピザを食べる。

「――という出会いがありまして」

「キミもあれか。ストレスが溜まってるんだな」

 責任を感じるなぁ、と彼女は豊満な体を揺らして溜息をついた。それから無言でピザとコーラを勧められる。まさか本気でそれがストレス解消に繋がるとでも思っているのだろうか。人間性をも破壊する炭水化物と糖分に、僕は底深い恐ろしさを感じている。

「確かに最近、ここにくるたびに体重が気になって……じゃなくて! 冗談や空想じゃあないんですよ、トーカさん」

「しかしなぁ。そんな中学生がこじらせたような……」

「僕はまだ小学生ですよ。そろそろ卒業ではありますけど」

 当時、まだ中二病という言葉が生まれる前であったが、概念自体は存在したらしい。そもそも冬火さん自身にもその毛があったのではと思う。だって、初対面の小学生をかどわかしてしまう悪い魔女のお嬢様だ。紙一重で警察のご厄介になっていてもおかしくない。

「ところで、トーカさん。〝ギフテッド・チャイルド〟って知ってます?」

「ん……」

 話の転換に、彼女の心がピザから動いた。いつも以上に食欲旺盛な彼女から興味をひこうと、そのつもりで言った台詞である。未だかすかにあがる湯気の隙間から、やぶにらみに瞳がのぞく。

「クズくん、どこでそんな言葉を聞いてきたんだよ」

「さっき話した昼間の黒服たちからですよ。やっぱりステロイドとかが関係してるんですかね」

「いや、筋肉は私の大好物だが……私は本当に筋肉が好きなんだが」

 僕の胸元を見ながら、言いなおさないで欲しい。

「それは、あまりよそでは口にしない方がいい言葉だよ」

 ピザの油でてかてかしている手を、長くて赤い舌で綺麗に舐めとる。こういった何気ない仕草もかつての彼女ならば絵になったろう。そして、掴みとられる真っ赤なコーラ。見る影もないという言葉が喉もとでかろうじてとまる。

「しかしそうだな、そろそろ説明するべきなのかな」

 口調の変化を感じとって、僕は長椅子の上で居住まいを正した。

「キミはあの一九九九年のことを覚えてるか」

「え? ええ、まぁ。だって、僕がこっちの世界にやってきた年でしたから」

 愚かな並木少年が、テレビ局に身を売ってしまった時期でもある。

「ノストラダムスって預言者がいただろう」

「結局、なにも起きなかった、あれですか」

 彼女は静かに頷き、僕の調子に応えて薄く笑った。

「そう思うだろう。誰もがそう思った。一九九九年の七の月に世界が終わるだなんて、まさか本気で信じてたやつはいなかったろうが、実際になにも起こらないとなると、誰もが口にしなくなった名だ。あれだけはしゃいでいたっていうのにな。でも、実際には――」

 降ってきていたんだよ、と呟かれる。確かにあれは降ってきていたんだと。

「恐怖の大王?」

「そう。あの年、恐怖が降ってきた。それは人に種を植えつけ、一部が真っ赤な花を開いた。ある者は手から衝撃波を撃てるようになり、ある者はベランダから飛ぼうとして足を折り、果ては百円ライターを使ってテレビ局で飯を食う――」

「それぜんぶ僕じゃないですか!」

 真面目な話と思わせて、ネタを降ってくるのが冬火さんの悪いところだ。

 それは僕がまだまだ子ども扱いされている証拠でもあり、不満を覚える点でもある。

 さて、あの一九九九年の話だ。あの七月まで、世界には超能力者なんて滅多といなかったそうだ。まぁ、そこらでよく見かけたのであれば、並木少年もおまんまの食いあげなのだが、数少ない例をあげると、たとえばそれは。

「ほら、キリストとか」

「世界を敵にまわすつもりですか、トーカさん?!」

「ああ、パンがピザにかわんねーかなぁ」

「それは僕でも変えられますけど! いったいなんの話でしたっけ?!」

「ピザだろう!」

 違うわ!と叫んでツッコめるくらいには、僕も成長している。

「ひとたび表にでれば、神様やその子どもとして崇められるくらい、稀有な存在だったのさ。本来、そういった限られた者にしか発現しなかった力が、あれ以来、あちらこちらに芽吹いてしまったんだよ。それが〝ギフテッド・チルドレン〟、一九九九年の子どもたちだ」

 キミもそのひとりさ、と告げられる。

 ツッコミをものともせずに話をつづける冬火さんの心も、日々階段をのぼっているらしい。

「クズくん。キミを見ていると、私の古い友人を思いだすんだ」

 彼女の瞳はどこか遠くを見ていた。単に旧友と言えば、そのつながりを感じられるなのに、冬火さんはあえて〝古い友人〟という言い方を選んだ。

「私の友人はな、あの年を境に人ではないものになってしまったんだよ」

 おそらくそれは、僕などよりも深く運命を変えられてしまった者の話なのだろう。そう押し黙っていると、彼女ははたと気づいた風に苦笑した。

「すまん、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。彼女の能力は、変身でね。気がつくと猫になっていたという」

「猫、って……。はは、なんだ。それはまた」

「面白いだろう? おまけにクズくんとは違って、未だその異能を失っていない。ただ、ね。人が猫に変わるというのを想像してみてほしい。どうだろう? もしキミにも同じ力があって、今ここで化けてみたとする。どういうことが起こると思う?」

「そうですね。まぁ、とりあえずはこの服ですかね。体のサイズがまるで合わないから、変身した瞬間に、頭からシャツをかぶるんじゃないでしょうか」

「するどいじゃないか」

 褒められて口元が緩んだものの、よくよく考えるとこれがどう先につづくのかわからない。猫になる、服が脱げる、そして? それじゃあただ、面倒なだけだ。

「面倒という気持ちは、人を退化させる重要な要素なんだよ。彼女もまた、面倒だと考えた。しかし、猫になるのは楽しい。屋根の上でひなたぼっこをするなんて最高だって彼女は語ったよ。でも、それをするには人気のないところで力を使い、また戻る時にはいそいそと衣服を身につけなくてはならない。日々猫に化けて街を歩くうちに、彼女はそのわずわらしさから逃れたいと強く考えるようになった」

「まさか、猫から人に戻らなくなったなんて、言わないでしょうね」

「いいや、いちいち服を着るのが面倒で、とうとう普段から全裸になっちまったんだ」

 なるほど、頭がどうにかなってしまったのか……。

 真面目な会話だと思って、実に損をした。

「ギフテッドの悲しき運命だ」

「それは、どうなんでしょう……」

「人知れず降ってきた恐怖が、少なくない子どもたちを狂わせてしまったんだよ」

 その言葉だけをとれば、おそらく先の少女もそうなのだろう。

 一九九九年の七の月に贈り物をもらった彼女は、並木少年のようなピエロに身をやつすこともなく、そっと胸に秘密をしまいこんで今日の日まで過ごしてきたに違いない。それがどうして、あんなマッチョな黒服たちに追われる羽目になったのか。ふと鼻にうずきを感じて、手ひどいキスをしてくれた彼女の大きな荷物を思いかえす。

 ……あれはジュラルミンのアタッシュケースだった。

「そういえば、前に面白い客がきたと言っていましたね」

「ああ、また来たよ」

 ふと顔をあげると、冬火さんの視線の先には残念ながらまだピザがあった。すっかり冷えてしまったチーズの固まり具合を検証しているらしい。意を組んでくれたかと考えたのはまったくの見当違いで、語られたのは別の人間についてだった。

「今度は二人組の男だ。ブラック・ジャックでも意識してるのか、やたらに黒いコートにスーツを着ていたな。親子というには年が近く、恋人というには距離感があった。片方は恰幅がよく、片方は胸板が厚さがキュートでね、顎髭がとてもよく似合っていたよ」

「僕が訊きたいのはそっちじゃ……うん? 恋人?」

「おっと、キミのまだ知らない世界だったな。ともかく、会社帰りの上司と部下なんだろうと考えてね。しかし、うちは飲み会の余興で使うようなトリックを置く店じゃあない。そこで注目したのは若い方の身なりだよ。良いスーツを着ているってのに、髭を生やしている。銀行やメーカー勤めならまず考えられない。なら、どんな業界の人間か?」

 本当はあの少女のことを訊きだすつもりだったのに、ついひきこまれてしまう。この話術は血統なのだろう。ただの楽器メーカーだったはずが、自動車をつくり、船をつくった。最近では電気関連以外でも名前を見かける。そんなトンデモ巨大企業ができあがったのは、代々こんな口達者な経営者がいたからに違いない。その社長令嬢がどうしてこんな北海道の小さな街で武者修行をさせられているのかとも思う。

「ふふん、答えはでたかい、クズくん」

「もしかして、僕の同業ですか?」

「かもしれない、と思ったね。だが、いいか。ギフテッド・チルドレンはその名のとおり、未成年者に限られる。かつての異能者たちとは異なり、子どもたちだけが新世代の力を手に入れた。デブのおっさんはもとより、髭を生やした社会人にも縁がないはずのプレゼントだ」

 なら、こうも考えられる。あのテレビ局の楽屋で、同業の少年がいつかの日のごとくハヤマの店について喋っていた。うかつだったのは、そこに出演者だけでなく、番組のプロデューサーもいたということだ。彼らは常に視聴率を気にして生きている。手がけた番組の評価が気になって夜も眠れない、そういった人種だ。だから、己の子飼いが使う道具の出来を調べずにはいられなかった。あるいは己の脚本に沿って演目をコントロールしたいとでも企んだのかもしれない。

「儲けたいなら商売は手広くやるもんだが、この生業に限っては誰も彼もにというわけにゃいかない。一定の機密性を持たせるのがコツなんだよ。種の割れたトリックほど舞台を冷やすものはないからね。誰もが知っているものを使って、さらに一つか二つ、奥の手を用意しておく――それが売りだっていうのに、やつらは根こそぎネタを刈らなきゃ気が済まないからなぁ」

 まぁ、そろそろ潮時かもね、と彼女は呟いた。

「え?」

「ここもたたむ時期がきたのかもしれない。泥沼にはまる前にひくのも、長く生きるコツだ」

「い、いや、待ってくださいよ! それじゃあ……」

「私と会えなくなるのが寂しいかい」

「そうじゃなくて!」

 違うのか、と寂しそうな冬火さんの呟きには、あとでフォローをいれるとして。

「まだ訊けてない話があるじゃないですか。ほら、あのジュラルミンの女の子」

「その言い方だとアイアンマンみたいだな」

「僕はウォッチメンの方が好きだなぁ! じゃなくて! 空飛びの女の子ですよ。またこのお店に来てくれるかもしれない。それなのに――」

「それはどうかなぁ」

 冬火さんは首をひねって、残りのピザを口に放りこんだ。

 咀嚼する時間が僕に思考をとり戻させる。

「その女の子なんだけどさ、もうケースは持っていたんだろう?」

 テレビの向こう側のネタばらし。

 ジュラルミンケースを移動させるにはどうすればいい?

 必要なのは口の堅い共演者と、同じ型のもう一つのケースだ。

 そうだった。あの時、少女が抱えていたのは、引き寄せ(アポート)したいと言っていたそのものだ。

「彼女はもう、欲しいものを引き寄せてしまったんじゃないかな」

 雪の降る日に見た、あの黒目がちの大きな瞳。彼女はいったいなにを手に入れたんだろう?

 そのパンドラの箱を開くのは、意外と遠くない先のことだった。

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