003[換わりの幸せ「2」end]
[換わりの幸せ「2」end]
所変わって、こちらはトキノネ堂・・・
今日も、ドアベルを鳴らして
他の女と結婚しながらも、彼女を愛し続けている彼が
彼女を取り戻す為、彼女が交換に出した彼女の欠片を捜しにやって来る
私は、彼が求めている物の詰まった箱から出て
金色にも見える瞳の飴色の髪の少女と一緒に『いらっしゃっませ』と
彼に声を掛けた。
彼は私を見て、ほっとした様な顔をして
『君を見ていると自分が間違っていないって自信が湧いて来るよ
僕は絶対に、彼女を取り戻さなきゃいけないんだ』と言い
目尻に涙を滲ませる
「そりゃそうだろう…」
私は心の中で、その訳を反芻し
『今日は何をお求めですか?』と、箱の場所まで彼を案内した。
彼はレジの方から
『貴方の事を訊きに来た人がいましたよぉ~
タイムリミットは、もう直ぐです…記憶の中から捜し出せましたか?
彼女が捨てた気持ちを見付けられると良いですねぇ~』と
飴色の髪の少女に声を掛けられる
彼は眉間に皺を寄せ、黙って箱の中を覗き込んだ
そして、私に彼女との思い出をポツリポツリと話しながら
時間を掛けて品物を探し出し
今日も妻から渡された小遣いの範囲内で、外れ商品を購入して帰って行った。
ドアベルが鳴り、扉が閉まる
私はショウウインドウから見える外の景色から
彼が消えてしまうまで見送り、箱の方へと戻る
飴色の髪の少女が片手で自分の髪の毛先を摘み、弄びながら
『そんなに好きなら、教えてあげたら良いのに』と言った。
私は首を横に振る
『嫌よ、それだけは嫌…それに、私は彼を好きなだけじゃないの
同時に凄く憎んでもいるのよ』
『そうなんだ』と、少女は何故かそれだけで納得した様子で
『じゃ仕方無いね』と、素気なく言う
私は何故かソレを不服に感じ
『だってさ…お父さんがお母さんを捨てたから
お母さんが流産して、私は生まれて来る事が出来なかったのよ』と語る
少女は話しに興味を持ったのか?
『そっか、アナタは私とは少し違って
生まれて来る事が出来なかったタイプの子供だったのよね…
ソレはソレで辛いよね』と、身を乗り出し
カウンターに肘をつき、両頬に頬杖をつく
私達は意外な共通点を見付け、友達みたいに仲良くなって
閉店時間まで色々話をした。
開店時間少し前・・・
『折角、仲良くなったのに…今日でお別れなんだね』
少女が私を抱締め別れを惜しんでくれたのは、ついさっきの事
彼が諦める為のタイムリミットがやってきた
店に入ろうとした彼は・・・
彼の妻が引き連れてきた男友達によって、店の前で彼を取り押さえられ
地面に押さえつけられた状態で夫婦喧嘩をしている
少女は溜息を吐き、私と目を合わせ・・・
私達は『営業妨害甚だしいね』と笑い合い
私は『あの人達全員、逮捕されて刑務所に…とかなったら良いのにな』と零す
『地味にリアルな…そんな「設定」何処から引張って来たんですか?』
今日は特別な日なので・・・
白い着流しを着用した、白い髪の店長さんが店に一緒に出て来ていた。
地面に押し倒された彼の前を私の元となったモノを生み出した女性が
夫と共に横切り、トキノネ堂の扉を開ける
彼が悲痛な叫び声を上げ
自分よりガタイの良い男達を押し退けて必死で立ち上ろうとし
『待ってくれ!』と、精一杯叫んだが
カランカランカランとドアベルが鳴り響き、彼の声を掻き消した。
『いらっしゃいませ!』少女と店長さんの声だけが重なった
私は、少女が店長さんに頼んで手配してくれていた
私そっくりな赤ちゃんの人形の中へと閉じ込められ、声を出す事も出来なかった
私は少女の胸元で重ねられた手の中
少女の綺麗で細い指の隙間から、一部始終を見る事となるのだった。
自分の妻を品良くエスコートする、本物の紳士の様な
私の母になる筈だった女性の夫は『注文していた物を出して欲しい』と言って
ドールハウスに飾る「赤ちゃん用品」を彼女に見せ
『コレをプレゼントする代わりに、ちょっと頼みたい事がある』と言う
彼は女性の返事を待たず床に片膝をつき、自分の妻の両手に
新品の愛らしい母子手帳カバーと、新品の小さな白い靴下を手渡し
『私は君を心から愛している、流産を経験して苦しんだ事がある事も知っている
でもどうか、出来るならば…私との子供を産んではくれないだろうか?』と
結婚してから最初のプロポーズを決行した。
私を産む事に失敗した女性は、涙をポロポロ零し
『はい』とだけ答えた
良い答えを貰う事に成功した彼女の夫は満面の笑みを湛え
『ありがとう!
これからは良き親に成れる様に、2人で力を合わせて生きて行こう』と
2人の会話を締め括った。
女性と・・・
その女性との新生活を捨て、仕事を続ける為に他の女と結婚した愚かな男を繋ぐ
運命の糸が完全に切れた
それと同時に・・・
私と、私が産まれる事を楽しみにしていた女性の時間の象徴であった
母子手帳カバーとの縁が、千切れて離れて行った
愚かな男が見落としたのは、自分が生まれて初めてしたプロポーズの切っ掛け
『私、子供が欲しいの!女は何時までも子供を産む事が出来る訳ではないの!
2人の近い未来に「その予定」が無いなら、別れて下さい』と言う
決意を込めた涙ながらの女性言葉と
忙しい仕事と、結婚と新生活の準備で見落とした
婚前から始めた妊娠活動によるその結果であった。
父親に胎児として存在した可能性すら見付けて貰えなかった私は溜息を吐く
少女はそんな私に、こっそりと・・・
『生れ変って、私の事を思い出したら…トキノネ堂まで、会いに来てね』と囁き
『おめでとうございます』と、御祝いの言葉を発し
『コレは出産祝いの前渡しです』と
私の魂を閉じ込めた、ドールハウス用の赤ちゃんの人形を夫婦に手渡す
そして『ドールハウスの人形共々、幸せを気付いて下さい』と店長
少女は少し目尻に涙を滲ませ
『私の御友達をよろしくお願いします、幸せにしてやって下さい』と、言ってくれた。
アレから数年が経過した
私はトキノネ堂の扉を開く、カランカランカランとドアベルが響き
あの時の少女があの時のまま姿を現した
『おかえり』と、少女が私に向けて微笑んでくれた
『ただいま』
私は母親の形見の、変色し罅割れた飾り・・・
元は小さな白い鱗を1枚、透明なハートに閉じ込めた物を所持して
少し照れ笑い気味に微笑みながら店内に入る
店長さんもそのままの姿で姿を現し
私が抱えた荷物、ドールハウスを見て苦笑いを浮かべる
『2人の愛は、失敗したのですね』
私も店長さんの言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
捨てられて傷付き、奪われると言う恐怖を知る女と
愛し過ぎて相手を壊す程に愛してしまう男の箍が外れた夫婦生活は
悲惨なモノだった
裏切らず「キスとハグと許し」を与え合う
多くを求めず相手が側に居るだけで満足する約束の契約結婚と言う
箍が外れた男の愛は際限が無く
受け入れる側が負荷に耐えきれず
結婚生活と言う胴をバラバラに分解してしまい
結局また、男は妻を亡きモノにしてしまったのだ
私は・・・
『お父さんが「次の換わりの幸せを御願いします。」だって』と伝え
ドールハウスと「お父さんの分と私の分」2人分の料金を店長さんに手渡した。