002[換わりの幸せ「1」]
[換わりの幸せ「1」]
昔の私は、結婚式の日を指折り数える種類の人種だった
社内恋愛で数年間、一緒に愛を育んでいたはずの彼氏を
新人研修を担当した、縁故採用で入った後輩の女の子に
紹介してしまうくらいに、愚かな女だった
彼女は・・・
『とてもうらやましいですぅ~あこがれちゃいますぅ~』と言って
私に彼との事を聞きたがり、私は彼の事を自慢して満足感を得ていた。
その頃の私は、暫く共働きの予定だが
「今年中に結婚する予定」なのだと公言し
自分の部署や、彼の部署の人から祝福されて幸せだった
入籍と結婚式の日取りも決め、新居も決まり
家具も入居に向けて少しづつ揃えて、招待状の手配も初めていた。
そんなある日の飲み会の席
ハンドルキーパー役だった上司が、ちょっとした過失で飲んでしまい
上司命令で、結婚式の日まで禁酒をしていて飲酒をしていなかった私の彼氏が
社長の親族である後輩を家まで送る事になった
その為に、後輩の親に恋人同士と認定され
彼女の口車で、勝手に話しが進められる事も知らず
彼は丁寧に、彼女を家まで送り届けた。
後から分かった事だが、彼女が故意に上司に酒を飲ませ
送って貰うなら…「彼が良い」と、指名したのだそうだ
それから数日後
社長によって、会社全体に後輩の婚約者だと私の彼氏が紹介される。
寝耳に水だったが・・・
就職難の今、仕事を奪われる事を恐れた私の彼氏は、私を捨てて
後輩の女の子と一緒になる事を決断した
『僕が好きなのは君だけだ…でも、マンションの購入資金を抱えて
2人とも無職になった先に幸せは無いと思うから、ごめんね』
私には、彼がどういう意味で謝罪しているか良く分からなかった。
私はその日・・・
静かに泣きながら、『結婚は駄目になった』と親に電話し
押さえただけで終わった式場をキャンセルする為の電話を自分で掛けた
私達が時間を掛けて見付けた新居は・・・
彼が自分の親に御金を借りて、全額代金を支払い
慰謝料として私に譲渡された
新婚生活の為の家財道具と、一部の購入代金の請求が私の手元に残った
どんなに居辛くても、この代金の支払いの為に仕事を辞める事はできなかった。
私は辛くて何も考えたくなくて、家賃が無駄になるのに
今まで住んでいたアパートから引っ越す事が出来なかった
その後、結婚退職する事になった後輩
元彼は昇進し、私が元彼と顔を合わす事が滅多に無くなった。
そんな時、通勤で通る商店街の中でトキノネ堂と出会う
私はショーウインドウに飾られたドールハウスに心を惹かれ
店の扉を開けた
カランカランカランとドアベルの音が鳴り響く
私は何かに導かれる様に店内に入り
ドアベルの音で奥から『いらっしゃいませ』と顔を出した
金色にも見える瞳の飴色の髪の少女と出会った。
「不要なモノ、何でもどんなモノでも適正な対価で引取ります。」の
貼紙に心ひかれた私は
『本当に何でも良いの?どんな物でも引取ってくれるの?
でも、コレはお金が掛かる方?それとも、買い取って貰える方?』と
店の住人であるであろう少女に声を掛ける
少女は綺麗に、お人形さんの様な微笑を浮かべ
『どっちの場合もあるわ!査定は無料よ、査定してから決めれば良いわ
でもね、内緒なんだけど家の店では…
鞄に入ってる思い入れのあるボールペンみたいな
捨てる事の出来ないモノも、その気持ちと一緒に引取っているの
気持ちと一緒に処分したいモノが有れば、家の店をお勧めするわ』と言う
私は何となく
『家財道具付きのマンションは…無理よね?』と、溜息混じりに口にしていた。
『大丈夫ですよ、何でしたら似たような境遇の物件と交換する…
何て言うのは如何でしょう?』
奥から大人の人が出てきて、私に話しかけてきた
着ている物も肌も髪も真っ白い、和装の若そうな男の店員さんは
『手続きは面倒ですが・・・自分の思い出の中で、苦しみながら生きるより
何にも知らない近い境遇の者の夢の城で生きる方が、幾分マシですよ?
売ると買い叩かれて、多額の借金だけが手元に残ってしまうでしょうから
売って引っ越すよりも、経済的でもあると私は思います』と言葉を続けた。
男の店員さんの言葉に、私は納得して
翌日、新婚旅行を予定していた数日間の日程に有給を取り直し
何の因果か、マンションを仲介して貰い購入した不動産屋さんと
トキノネ堂の店員さんと一緒に
まだ、一度も住んでいないマンションを査定して貰い
序に・・・
マンションに届けられ、彼が荷受けしてくれた、
購入済みで返品できなかった未開封の家財道具も査定の為
トキノネ堂の店員さんに見て貰った。
『住んでなくても、中古物件になるから…』と出された低い査定額
家財道具もそれなりの値段だった
私は、思い切って「交換する方」で検討してみる事にし
差額が戻って来る物件と、戻らないが書類代だけで済みそうな物件
追加費用が必要になるかもしれない物件を見て回った。
私はその中で、立地は劣るが残された夢の跡に心惹かれる物件を見付け
その物件の購入費用が支払い済みである事
交換に出した人以外に、所有を主張する人がいない事等の不審点が無い事を確認し
その日の内にその物件との交換を決め・・・
トキノネ堂の店員さんの手を借り、書類を揃え
自分が住んでいたアパートを引き払い
トキノネ堂の店員さんの手を借りて、数日の内に引っ越ししてみた。
家も家財道具も服も靴も、化粧品と下着は新品を購入したけど
トキノネ堂の店員さんに勧められ、ずっと持っていた物を総て手放して
違う物に取り替えて貰い
事の序に、トキノネ堂で見て心惹かれたドールハウスも購入し
新しい私の城に飾った。
私に残された家財道具付きのマンションと同じ様に
総てが揃いきっていない今度の新しい私の家
ソレはドールハウスの部屋と何となく似通っていた
『今度、家の物を買い足すのと一緒にドールハウスのも買い足そう』
私には新しい夢が生まれ始めていた。
引っ越し直前まで住んでいたアパートに有った物を引取り、買い取って貰い
差額で金銭がいくらか残ったので、借金も半分に減った
私は本当に、凄く身も心も軽くなった気がした。
引っ越し終了後、トキノネ堂の店員さんは・・・
ドールハウスに女の子の人形と
私に小さな白い鱗を1枚、透明なハートに閉じ込めた物を
『これは願いを叶える御守りです、肌身離さず御持ち下さい』とくれた
何となく、それだけで幸せな気分になった
それと、仕事を辞めてしまっても
今の経済状態なら、直ぐに仕事が決まらなくても大丈夫なのだけど・・・
新しく仕事を見付けるのが面倒で、そのまま働く事にした。
有給休暇が終わり・・・
携帯電話にトキノネ堂の店員さんから貰った飾りを付け
私は久しぶりの出社の為
トキノネ堂で交換して貰った、今まで着た事の無い明るい服を選んで身に付ける
同じ色の服を着た人形が笑顔で、ドールハウスから私を見送ってくれた。
その日、引っ越した為に
会社に出さなくてはイケナイ書類を人事部に提出に行った
その時、元彼に久し振りに再開したけど
話し掛けられても私は彼に対し、不思議と何も感じる事が無かった。
何だか楽しくなった…引っ越ししてから、とても気分が良かった
化粧を替えて明るい服を着ている所為か
何故かモテ期到来で、周囲に男の人が寄ってきて
その男の人達が優しい事、優しい事
私はトキノネ堂に感謝する媒体として
トキノネ堂の店員さんから貰った飾りに向かって感謝した。
私はトキノネ堂の前を通る度に、ウインドウから店内を覗き込む様になった
ドールハウスの小物や家具は、手作りで不定期入荷な為
入荷していないか確認するのが、平日の日課になる
常連客と呼ばれる頃には
ドールハウスの住人として男の子の人形を購入し、迎え入れ
ドールハウスの中には新婚家庭が出来上がっていた。
そして元彼と、その元彼を私から奪った後輩の結婚式の頃には
私に新しい恋人が出来ていた
彼は、私と元彼の事を知って
私の知らない所で共感して泣き出し
そのままの勢いで職場に突入して来て、自己紹介して立去り
私の仕事振りを褒め、私がトキノネ堂で交換して貰った服を褒め
その手のデザインの服や靴、アクセサリーを私に贈り
指輪と花束を持って、私を攻め落とした。
上司命令で出席した元彼と後輩の結婚式
私の新しい恋人は・・・
他社の社員である筈なのに社長と同じテーブルで、この結婚を祝う
私が不思議に思っていると
追い縋る社長を尻目に私を迎えに来て、彼は私を会場から連れ出した。
その後、私は今
彼の会社で、昇格しても昔と変わらず同じ場所で同じ仕事をしている
元彼は何時の間にか私の部下になり、何時も何か言いたげに私を見ていた
とある日の事・・・
『君は今、何処に住んでるんだい?
誰に訊ねても、僕に「知る権利は無い」って言うんだ』
元彼が、私を引き留め質問して来て
次の瞬間、他の同僚達に連れ去られて行った
私はその時、気に留める事も無く仕事を続けていたのだが
次の日も、元彼は私を呼止め駆け寄ってきて
次の瞬間、他の同僚達に連れ去られて行った。
ソレが毎日続き、仕事にも支障が出始めた頃
私は仕事を犠牲にしない為に元彼へ『何か用事でもあるの?』と声を掛けた
元彼は涙を流し
『どうやっても、僕が好きなのは君だけだった…
借金を抱えても、誰に邪魔されても君と一緒になれば良かったんだ』と
泣きながら笑っていた。
私には、意味が分からなかった
元彼は、私がトキノネ堂に下取りして貰ったペアリングを持っていて
『君は人形の様に生きていて、ちっとも幸せそうじゃない
だから今の夢を捨てて、一緒に人生をやり直して欲しい』と言う
「既婚者の癖に既婚者に向かって、何て事をほざいやがるのだろうか?」
私は馬鹿馬鹿しくなって、仕事に戻った。
仕事が終わり家に帰ると、ドールハウスに2人の人形
家の中では、夫が人形と同じ様に微笑んで私を迎え入れてくれる
私はトキノネ堂で購入した新しい服を人形達に与え
夫と同じ様に微笑み、一緒に食事を作って食べ
2人の時間を共有し合い、一つのベットで手を繋いで眠る
コレは、裏切らず「キスとハグと許し」を与え合う
多くを求めず相手が側に居るだけで満足する約束の契約結婚
居場所と時間を共有するだけの平穏な関係
私はそれだけでとても幸せだった。