Prologue「思い出と自由、そして孤独を売る店」
001 Prologue「思い出と自由、そして孤独を売る店」
似通った外観の店が点在し、似た様な風景が並ぶ
それが、ミルフィーユみたいに折り重なった
迷いそうな程にオリジナリティーを失った、都会の街並み…
今か、昔か、きっと何時か・・・
知っている様な、知らない様な、何処かの場所に
自称、レトロな雑貨屋「トキノネ堂」がありました。
その雑貨屋の店先には、古びた貼紙が1枚貼り出されています
必要な人が目にすれば、見える様に工夫された文字
特殊なインクと、書いた者の意図が生み出した秘密の文章
それは、筆で書かれた簡単な言葉・・・
「不要なモノ、何でもどんなモノでも適正な対価で引取ります。」
貼紙の、そこに書かれた文章に気付いてしまった哀れな御客様は
誰もがその貼紙に、何故か何故だか導かれる様にして
無意識の内に、店の入り口へと向かいます。
何時か、誰かが、何処かの街で…
ショーウインドウに飾られた商品を目にして
そこから見える店内に飾られた物が気になり、心引かれ
新しい様な古い様な外観の、不思議な雰囲気を醸し出す
「トキノネ堂」と、言う「雑貨屋」の前で足を止める
その中に混じる、黒い願いを抱えた新たな客が
偽りの夢路への扉を開きにやって来る。
一人で歩く街の中
私は気晴らしに、普段は通らない道へと足を踏み入れ
好奇心を引かれた店のショーウインドウ前で溜息を吐いた
店の敷居の高そうな雰囲気に、躊躇してしまったのだ…
「入ったら、何か買わないと出にくそうだな」と、思いながら
店の外観に目をやると・・・
その場所に不釣り合いなくらい黄色く変色し、端の方が捲れ
擦り切れた古い貼紙が視界に入る
それを見てから、何故だか私は
「冷かしで入ってしまっても良いんじゃないか?」
と、言う気分になって・・・店に入ってみる事にした。
入り口の「時計草柄のステンドグラス」と「透明硝子」を
交互に嵌め込んだ、木製の扉を押し開けると…
扉に仕掛けられている、入店を知らせるドアベルが・・・
枝に留まった鳥が、嘴でベルを銜えたデザインのドアベルが
カランカランと軽い音を立てて、鳴り響く
好奇心で跳ねる鼓動と、押し開けて入った先・・・
今まで全く感じなかった、コーヒーの香りに行き成り包まれ
吸い込まれるかの様に
気が付けば、店内の真中の方まで入ってきてしまっていた。
そこは少し薄暗く、鈍色軸の紅茶色した硝子のシャンデリアが…
取り揃えられている新しい物から古い物まである商品を
セピア色に染めている、不思議な空間だった
感嘆の溜息と共に見回し
店の更に奥に見付けた、上下の無い真中だけの扉
西部劇に出てきそうなウエスタンドアの向こうからは
穏やかで、楽しげな喧騒が聞こえてきている
その扉の上、高い位置には・・・
焦げ茶色の木製の看板が掛けられ
「喫茶 トワイライト」と、書かれた金色の文字が光っていた
コーヒーの香りは、その奥から漂って来ているのだろう・・・
そちらも気にはなったのだが
取敢えず私は、手持無沙汰に雑貨屋の商品を物色する事にした。
見慣れた商品も沢山あったが
新商品なのか・・・古過ぎて自分が知らない商品なのか・・・
見た事も無い商品が無数に店の中に点在し、存在している
その中から、最近見かけなくなった古い商品を幾つか手に取り
物珍しそうに弄ぶように…
私は商品を幾つか、手の中で転がしながら眺めていた
すると突然・・・
『こちらで一緒に、ハーブティーは如何ですか?』
誰もいないと思っていた店内で、急に声を掛けられ
訳も無く、私の鼓動が一つ高鳴った。
驚いた事に・・・
雑貨屋の店内、喫茶店の入口の左横に鎮座するレジカウンターに
真っ白な人影が存在し
金色の光を湛えた紅い目が、こちらを見据えていたのだ
その後、何でか・・・何も悪い事をしたつもりも無いのに
暫くの間、その心拍数は中々下がらない状態が続く
人影は、安心させるかのように微笑を浮かべ手招きをする
それは、時計草が描かれた白っぽい生地の浴衣に身を包んだ
長い髪の・・・肌も髪も白い人…
年齢も、性別も、何処の国の人なのかも分かり辛い
取敢えず、態度から見た感じで・・・
どうやら、この店の店主であろう人物だった。
そんな感じの…
多分店主であろう人に導かれ、私は商品の1つを手に持ったまま
操られたかの様に、導かれた先の椅子に腰かける
レジスターの横には
銀色の御盆に載せられたガラス製のティーセットと
既に準備されていた、御茶の入った2客のカップ
2枚の小皿には、クッキーが鎮座していた
私の中に「何時の間に準備したのだろう?」と、言う疑問が浮かぶ程
クッキーから、バターの良い香りが漂い
受け取ったハーブティーは新しく、熱い湯気を上げている
私は色々、疑問に思う事を胸に仕舞い込み…
促され、白い人から手渡された硝子のカップの中身に口を付ける
するとそれは、私にとって飲んだ事も無い不思議な味がした。
気が抜けたのだろう・・・
ふぅ~っと緩やかに、客の吐息が漏れた
『落ち着くでしょ?パッションフラワーのハーブティーなんですよ』
主導権を何時の間にやら奪われた客は・・・
次の瞬間には、店主に
自らを見透かされた気恥かしさを感じさせられる事になった
なのに客は、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなって
当たり障りのない雑談を店主と続ける・・・
そんな中で、客は店主の虜になっていく…
気付いた時には、夢現にみる夢の中の様な時間が過ぎて行く
ハーブティーの効能か・・・
仄かに温か味の残る、焼きたてのクッキーの甘さで
気が緩み過ぎたのか?
客は不意に、自らの「不安・不満・憤り」を語りたくなり
今日、初めて来店した店の店長に対し
何の躊躇も遠慮も無く、自分の苦悩の全てを吐きだす様に語り出した。
そして、真っ白で、紅い目をした「トキノネ堂」の店主
「夢路さん」は、御客様に言いました…
『当店では、不用品&要らないモノ
本人が、必要でないと思ったモノを適正な対価で引取らせて頂きます。
但し、引取って貰ったモノを再び求める事は
如何なる場合でも、許されない事を御了承下さい。
求めた場合・・・
何が起こっても自己責任で解決して頂く事になります。
それでもよろしければ、貴方のイラナイモノを引取りましょうか?』
夢路さんが、紅い目を金色に輝かせて
御客様の手を取り、御客様の苦痛を抱えた瞳を覗き込みます。
そうすると御客様が、素直に引取って欲しいモノを言葉に出して言い
夢路さんが御客様から引取って欲しい物を査定します
暫くして、交渉が成立すると『貴方から頂く対価は・・・』と…
優しい笑顔で、夢路さんは
引取るモノに対しての適正な対価を御客様から頂きます。
『これは秘密の会話、他言無用の内緒の御話
貴方の願いが叶うかどうかは、これからの貴方次第…
私を信じるも信じないも、貴方の自由です。
因みに貴方が今、手に持っている商品は・・・別料金ですよ』
商売上手な夢路さんは、そんな事を言って
御客様が手の持った商品の代金も、取りこぼし無く頂きます
でも何故か、どの御客様も嫌な顔をしないでソレを購入していきます
『この商品が、貴方の良き思い出になる事を祈ります』
夢路さんは何時も、そんな意味ありげな事を言って
御買い上げ頂いた商品を御客様に持たせます。
普通に御買物にいらした御客様とは少し違う、そんな御客様が帰る時…
最後に夢路さんは、その御客様にだけ・・・
小さな白い鱗を1枚、透明なハートに閉じ込めた物を
『これは願いを叶える御守りです、肌身離さず御持ち下さい』
と、言って手渡します
その頃には必ず、柱の時計は店の閉店の時間を指し
時を知らせる鐘の音が鳴り響き…御客様を慌てさせます
こうして御客様は
夢に見た、念願の自由を手に・・・幸せそうな顔をして
トキノネ堂から帰って行かれるのです。
例え・・・希望が叶った先の未来で誰かに揺さぶりを掛けられ
約束を違えてしまい、今よりもっと不幸になろうとも…。