6、お花見
「あーあ。せっかく綺麗な夜桜なのに、な!」
桜より赤い血飛沫が舞う。
簡素な色の龍也の着物に、赤い色彩が加わる。
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
腕が飛ぶ、足が飛ぶ、首が飛ぶ。
だんだんと切れ味が悪くなってきた刀を捨て、先ほど頭が飛んだ屍から、綺麗な刀を拝借して。
「明日は花見だってのに、その前夜にこの仕打ちはないよ、なぁ!」
台詞の最後に力を込めて。
そのたびにまた一つ、命が減っていく。
龍也の回りから聞こえる荒い息遣いも、一つ、また一つと消えていく。
浴びつつけている返り血を払うことも無く。
斬る、斬る、斬る。
「こんな雑魚の血で、綺麗な桜を汚したくなかったんだけ、ど!」
月明かりに照らされた龍也は、妖艶な笑みを浮かべていた。
舞うような動きで、まるで剣舞でも見ているかのような錯覚。
舞う血飛沫は紙ふぶき、散る桜は光の粒子。
実際龍也にはそう見えていたのかもしれない。
人間の死に免疫が無い人ならば、吐き気を覚えても不思議では無い空間に、まだ二十歳にも満たない少年が、笑いながら立っているのだ。
「ま、これもお国のためだ。成仏してくれ、よ!」
最後の一人を横一線に切り払い、ふっ、と息を一つ吐いた。
さらさらと龍也の長い髪を攫う風の先には、先ほどから花弁を散らしている桜の木があった。
背景に月を背負い、それは素晴しい情景を作っていた。
「血染めの桜ってのも、案外綺麗なもんじゃねーか」
桜には、先ほど斬った不逞浪士の返り血がついていた。
ところどころの花弁が朱に染まり、なんとも艶っぽい、妖艶な雰囲気をかもし出している。
こんな柄の着物があれば、綺麗なんじゃないのかな、と。
龍也はそんな不謹慎なことを考えていた。
人を十数人斬ったというのに。
そんなことは微塵も頭にない、といった風に。
実際、龍也は最悪感も、痛みも感じていない。
「ごめんね、おにーさんたち。でもおにーさんたちが弱いのがいけないんだぜ?」
足元に転がる屍に目線を向け、無邪気に、とても無邪気に笑った。
「俺のために死んでくれてありがとう」
先ほど捨てた、脂で切れなくなった自分の刀を拾い上げ、一番近くに転がっていた屍の袖口を借りて、刃をぬぐった。
月明かりに鈍く輝くそれは、人の命を吸ってなお、光り輝いているようだった。
勿論それは錯覚で、名刀でも妖刀でもないそれは、龍也の腰にある鞘にきれいに収まった。
「俺一人だけこんな綺麗な花見が出来ちゃって。役得役得っと!」
そう言って岐路につく龍也の姿は、黒ずんだ血に染まっていた。