5、春
「はて、いつから会っていなかったか……」
壬生屯所、門の前。
無表情の男が一人、静かにたたずんでいる。
ぽつりと呟いた囁きも、奥から響く掛け声と竹刀の合わさる音に掻き消される程小さいものだった。
低い位置で結わえた髪が、風に弄ばれてさらさらと流れる。
「……行くか……」
不思議な男が一人、屯所の門を潜った。
「お前もっと力つけろー。はい、次ー」
「お願いします!!はぁ!!」
道場では、珍しく龍也が新人隊士の面倒を見ていた。
「もっと小回りきかせろー。はい次ー」
「お願いします!!」
向かってくる隊士の一撃を軽くいなして、打ち据える。
悪いところを指摘して、また次の隊士の相手。
数十人の隊士を連続で相手をし続け、そろそろ五週目。
「なかなか良くなったが踏み込みが甘めぇ。はい、次ー」
「お願いします!!」
いなして、打って、かわして、突いて。
「姿勢が悪くなってる。はい、次ーって、うおぉ!!」
突然、今までとは比べ物にならない速さで一つの影が龍也に向かった。
しっかりと受け止め、そこで龍也は目を丸くした。
「あー!!一ちゃん!!」
「なかなかの動きをするようになったな」
「え!嘘、本物!?久しぶりー元気だった!?」
「龍也こそ」
突然道場に入り込んだ男の肩をばしばしと叩きながら、龍也は興奮気味に顔をほころばせた。
男のほうも、薄っすらと綺麗な微笑を浮かべている。
いきなりの二人だけの世界に、疎外された新人隊士は、戸惑いながらも龍也に声をかけた。
「ええと、龍也さん?この方はいったい……」
「おぉ、こいつは斉藤一っていってな。試衛館からの仲間。故郷に用があるっつって帰ってたんだけど。ちゃんと浪士組の一員だぜ?」
斉藤も、試衛館道場の食客の一人だった。
しかし、やらねばならぬことがあり、浪士組として出発する前に試衛館を発った。
「ちゃんと片付けてきたんだな」
「無論」
「おーし、お前等仲良くしろよー。ちなみにすっげ強いから気をつけろー」
よろしくお願いします、という新人隊士の挨拶に、首のみで返事をして、斉藤は龍也に向き直る。
相変わらず嬉しそうに笑う龍也を、龍也より幾分高い背で見下ろして、薄っすら微笑みながら口を開いた。
「して、近藤さんは?」
「おお、挨拶しに行かねーとな。ついてこいよ、案内してやる」
そのまま龍也は、新人隊士になんの指示も出さないまま、斉藤の腕を引っ張って歩き出す。
新人隊士のなかには、龍也を引き止められる者は居なかった。
「近藤さーん!」
「おぉ、龍也か。どうした?」
「ふっふっふ。聞いて驚け見ても驚け!なんと一ちゃんが帰ってきた!!」
「ご無沙汰しております」
「お……おぉ!!斉藤君ではないか!!久しいな!何時ぶりだ!?」
近藤も子供のような笑顔で斉藤を見つめる。
斉藤は実は、龍也と近藤の事を、猫と犬に似てると思っている
今もこうして斉藤を見つめる視線は、斉藤には小動物のそれにしか見えない。
「戻ってまいりました。改めて、これからお世話になります」
「あぁ、斉藤君なら大歓迎だ!!」
そのままかれこれ半刻。
話が弾み弾んで今に至る。
「では、某は荷物を片付けねばならぬ故」
「おぉ、引き止めて悪かった。して龍也」
「おぁ?」
「お前は確か新人の指導を頼んでいたはずだが?」
すっかり忘れていた。
斉藤のことが嬉しすぎて、そんなこと頭の端にも残っていなかった。
「……て、てへっ!」
「さっさと行きなさい!!」
「ご、ごめんなさぃぃぃぃ!!」
どたばたと、騒々しい音を立てながら龍也は走っていった。
うるせーぞ龍也!!うっせー土方!!などという声も響かせながら。
「……変わっていない」
「あぁ、変わらんさ。試衛館の頃とまったく、な」
「……いつまで……」
「む、今何かいったか?」
「いえ、では某はこれにて」
いつまで変わらずにいられるのか、と。
斉藤は道場のほうに視線を向けながら思った。
変わらずに居られる保障はない。
「だから悪かったってー!」
「龍也さん!!俺達本当に困ってたんですからね!!」
しかし、変わらなければいい、と。
斉藤は柄にもなく、道場から響く会話に微笑みながら思った。