4、平安
春先のまだ肌寒さが残るある日。
桜の蕾が膨らみ始めた頃。
「なぁ、山南さん」
「何かな?龍也」
本を読む山南敬助と、その横に寝転がる龍也の姿があった。
温和そうな山南は、薄っすらと笑顔を浮かべながら、本を読んでいる。
「……山南さんてさ。本好き?」
「好きだよ。面白いじゃないか。どうだい、龍也も」
「いんや、遠慮しとく」
そういって、龍也はまただらしなく寝転がる。
山南は軽くため息をついてから、龍也に視線を向けた。
「何かあったかい?」
「ん。ちょっとね」
「僕でよかったら聞こうか?」
やっぱり優しいな、と龍也は思う。
いつも細やかに気遣ってくれる。
試衛館の時から、いつもそうだった。
近藤に怒らたときも。
土方に無視されたときも。
沖田と喧嘩したときも。
いつも一番初めに気付いたのは山南だった。
その性格から、山南は皆に慕われていた。
「だって酷いんだぜ。土方の奴、頭ごなしに人の意見却下しやがってよー」
「ほう。ちなみに、どんな意見だったんだい?」
「土方ってば苛々してたからさー。気晴らしに一緒に町に行こうぜって」
此処のところ、土方の機嫌は芳しくなかった。
それもそのはず。隊内で近藤一派と芹沢一派の対立が続いていたからだ。
芹沢達は、好き勝手にし放題であった。
特に金使いは酷く荒く、酒が入れば暴れる始末。
そんなことが続いていたため、土方の機嫌は降下の一途をたどっていた。
「お言葉だがね、龍也。君と一緒に町などに出たら、それこそ土方君は胃を傷めて倒れるだろうよ」
「どういう意味だよソレ」
「君はもう少し他人を慮る、という行為を学ぶべきだよ」
山南は割りとずばずばと物を言う。
それも、いつもの笑みを少しも崩さずに言うものだから、何か怖いものを感じる。
さらに、かなりの精度で痛い所を突いてくる。
反論が出来ないので、そのまま龍也は押し黙った。
「そんなに土方君が心配かな?」
相変わらずの微笑みで山南は問う。
龍也は押し黙ったまま。
「そうだな。そんなに心配なら……。どうだろう、町ではなく、花の咲いているところに連れて行ってみては」
「そんなん、あの土方には似合わねー」
「土方君の趣味を知らないのかい?」
「え、何?」
「俳句だよ」
土方は人知れず俳句をたしなんでいる。
豊玉という名を使って、部屋に篭って句を綴るのだ。
お世辞にも上手いといえる句ではなかったが。
「……土方にそんな趣味があったとはなー……」
「人は見かけによらないものだよ」
そんな会話をした数日後に、龍也と土方が川のほとりを散歩してたのだが、それはまた別のお話。