2、出会い
文久三年。
浪士組は京に向う行列の真っ最中だった。
「だ〜!!疲れた!!」
「うるせぇぞ、龍也」
「うっせー土方。飽きたんだよ!何にも起こんねぇんだもんよ」
「馬鹿野郎。起きてたまるか」
「こんなん、俺等が居る意味無いじゃん!!」
「黙ってろ阿呆」
常に眉間に皺を寄せている土方に対して、此処まで暴言を吐けるのは、試衛館内でも龍也と沖田だけだ。
土方は仏頂面で軽くため息をつきながら歩いている。
言うなれば土方は、龍也と沖田の保護者なのだ。
辺り構わずふざけ放題の龍也と、何かと幼い故の無作法な振る舞いが目立つ沖田には、土方のような躾役が居ないと大変なことになる。
「もーいい。土方も遊んでくんねぇなら、ちょっと他の隊覗いてくる。」
「テメェ、ちょっとは大人しく……」
「総司はどうする?一緒に行くか?」
「んー。僕は遠慮しておきます。土方さんは僕が抑えておきますから、楽しんできてください」
「総司!!」
「あーりがと、総司!!土方は任せた!!」
「龍也!!」
「じゃーな!」
言うが早いか、龍也はさっさと走っていってしまう。
龍也は相当足が速く、いまさら追いかけても追いつけそうに無い。
今度こそ土方は盛大にため息をつき、眉間の皺を数本増やしながら歩き出す。
後ろに続く永倉、原田、藤堂は、笑をこらえるのに精一杯だった。
「たっく。土方は堅物だな……っと。お、なんか変わった奴が居る」
目敏く列から外れて歩いている人物を発見し、龍也は駆けていく。
近づいてみれば、どこか態度のでかそうな人物が、鉄扇を片手に歩いていた。
「こんにちは。おにーさん、浪士組の人でしょ?列から離れちゃ駄目じゃん」
「そういうお前も列から離れてるだろ」
「ありゃ、これは盲点だった。ところでおにーさん、お名前は?」
「聞きたきゃお前から名乗れ」
「これは失敬。俺は龍也。性は……そうだな、近藤、とでも名乗っとくか」
「近藤……?」
「で、おにーさんは?」
「芹沢鴨」
「あぁ。あの噂に名高い芹沢先生か」
芹沢は浪士組に加わってから、随分と勝手を通してきた。
噂に名高い、と言うよりかは悪名高い、と言った方が適切かもしれない。
もっとも、龍也はそんな噂など大して気にも留めていなかった。
ただ、どうやら腕はかなり立つらしいと聞いていたので、少し会ってみたい、と考えていた程度だ。
ただちょっと会ってみて、手合わせできたらいい、と考えていた程度だ。
ここで逢えたのは幸か不幸か。
偶然に見つけられたはいいが、今は進軍の只中。
無闇に喧嘩などをして、近藤を困らせるのは忍びない。
「残念。今が進軍の最中じゃなかったらちょっと喧嘩できたのにな」
「ほぅ。この俺と手合わせを自ら願い出るか。命知らずな奴だ」
「命知らずかどうか……試して、みるか?」
龍也の声音ががらっと変わった。
瞬時に辺りの空気も、張り詰めたものに変わる。
龍也の笑顔はいつものそれとは違い、何か真剣みを帯びていた。
それに一瞬たじろぎはしたものの、芹沢も真剣な顔つきになる。
しばし二人は見つめあい、刀に手をかざす。
「……って言いたいのはやまやまなんだけどな。今試してるわけにはいかんのよ」
先に緊張を解いたのは、龍也だった。
表情も、いつもの余裕を含んだ笑みに戻っていた。
「今此処であんたと喧嘩したら、近藤さんに迷惑がかかるからねぇ。それに、行列に置いてかれちまう」
「……」
「さぁさ。戻ろうぜ、芹沢先生」
「……ふん。中々に面白い男だ。気に入った。龍也か。覚えておいてやろう」
「それはどうも、光栄だね」
しばし談笑しながら、各々自分の隊に帰っていった。
「龍也。どうだったの。他の隊は」
「おぉ、平助。面白い人見っけたぜ。強そうでな奴で。名前覚えられちゃった」
「ほぉ、どんな奴だ?」
「知ってんだろ、芹沢鴨」
「……マジかよ」
その名前が出たことに、少々驚きが隠せないようだ。
無理も無い。
龍也こそ気にしていなかったが、あの悪名高い芹沢鴨である。
人との馴れ合いを好まないだろう、あの芹沢の事を面白いといい、あまつさえ、名前を覚えられたとまで言ったのだ。
驚かない者のほうが少ないだろう。
「おい、お前等。もう町に入る。しばらく黙っとけ」
「は〜い」
この時点では、誰も予測なんて出来なかっただろう。
近藤の犯した失態と、この夜の出来事なんて。
「おい、何これ。どうなってんの?何が起きてんの?」
「龍也、良かったな。お前の好きな面倒ごとだ」
「うへぇ。こういうのは好きじゃないんだけど」
「選り好みするな。手伝って来い」
「土方も来いよ」
「言われなくてもすぐに行く」
この日、近藤は芹沢組の宿を取り忘れていた。
そのことに腹を立てた芹沢は、焚き火と言って往来のど真ん中で盛大に火を燃やしていた。
辺りの民家から所構わず板だの木だの、燃えそうなものを引き剥がしながら、どんどん火にくべていく。
「ちょ、ちょっと芹沢さん。何やってんの」
「龍也か。見て分からんか?焚き火を燃やしているんだ、寒くて寝られやしねぇからな」
「はぁ?ちょっと待ってろって言ってただろ?すぐ宿を手配してくるって」
「待てねぇな」
そう言っている間にも、火は勢いを増していく。
皆躍起になって消火を行うも、火の勢いに圧倒されて、大して効果を挙げていない。
「芹沢さんさぁ。俺はもっと芹沢さんは大人だと思ってたよ」
「何?」
「馬鹿みたいだってこんなの。いまどき餓鬼でもこんな幼稚なあてつけなんてしないって」
「龍也……そんなに斬られてぇか……」
「斬れるものなら……斬ってみるか?」
炎に照らされながら、二人は対峙する。
今は進軍中ではない。
ある意味、絶好の機会とも言えた。
「俺を怒らせる前に退け」
「やーだね。大体俺、負ける気しねーもん」
口調こそ何時と変わらないものの、やはり昼間同様、真剣みを含んだ笑いを浮かべていた。
いや、残虐性を含んだ、といった方が適当かもしれない。
それほどまでに龍也は、戦いに対して興奮していた。
「……斬るぞ」
「斬れるものなら斬ってみろ―――」
「―――龍也!!やめんか!!」
「近藤さん!?」
まさに斬りかからんとする瞬間であった。
近藤が駆けつけたのだった。
「龍也!!お前と言う奴はつくづく聞き分けの無い奴だな!!」
「うぇ、ごめんなさい……」
「芹沢先生、申し訳ない。家の龍也が無礼を働いてしまった」
「えー、初めに斬ろうとしたのはあっちだぜ?」
「少し黙っていなさい」
「……ごめんなさい」
どうやら近藤は芹沢組の宿を探してきたようだった。
少し息が乱れている。
「芹沢先生。宿の用意が整った。どうか騒ぎを収めて下され」
「……しょうがねぇ。龍也に免じて、従ってやろう」
「は?俺?」
「お前は本当におもしろい男だな。いつか本気で刀を交えてみたいものだ」
「おぉ!何時でも受けてたってやる!」
「ではな」
「じゃーなー!!」
こうして、芹沢は去っていった。
近藤は呆れた視線を龍也に送らずには居られなかった。
こうして、この日の夜は更けていった。