反時計まわりの恋
あの日から、私の心は進んでいません。
「ねぇねぇ今何時?」
移動教室の帰り、隣を歩いていた親友が聞いてきた。
「え、わかんない。どこかに時計ない?」
そう言うと親友はため息をついて私の腕を指差した。
「ここに時計あるじゃない。」
「これ?これ壊れてるの」
ほら。と言って見せた時計の秒針は左、左と進んでいる。
反時計回りの腕時計だ。
「なにこれ。何でアンタこんなもの付けてんの?」
「うーん」
少し考えて、今までずっと使ってきた言い訳を言った。
「・・・・・・・・・この時計気に入ってるから。それに家に置いといたら勝手にお母さんに捨てられそうで怖いんだよね」
「・・・・・ふーん、そうなの。」
勘のいい友人は何か気づいた様子だった。
しかし深くその事を聞いてこないあたりが、今までで一番よく出来たありがたい親友だ。
「あ、時計発見。あと3分しかない」
「ウソ!急がないと!」
小走りで廊下を渡り、教室に入った。
教室の時計を見ると残り1分でチャイムが鳴ろうとしている。
『待たなくていいから。うん。待たなくていい』
ふと耳にあの人の声が聞こえ、ノートをとっていた手を止めた。
久しぶりにこの時計のこと考えたからだ・・・・。
授業を受ける気になれず、右手に持っていたシャーペンを2、3回クルッと回転させた。
ノートは後で見せてもらおう。
と本格的に授業をサボろうと打算し、クルッ、クルッとシャーペンを回す。
肘を突いた左手で頭を支えると、耳元にチッ、チッ、チッと秒針が聞こえた。
ふと窓の外を見ると、風が強いのか雲が早く進んでいた。
そう言えば、あの日もこんな雲空だった。
カシャンッ、と音を立ててシャーペンが手から落ちた。
彼とは3年間付き合っていた。
彼は私の3歳年上で高校1年生だった。その時私は中学一年生だった。
もともと幼馴染で、昔から一緒に居た。小学校に入っても私は「お兄ちゃん」と呼んで慕って、一緒に遊んでもらっていた。けれど中学になると彼は忙しくなり、小学生の私とはめったに逢わなくなった。
仕方ない・・・。
と何度も繰り返して、やっと中学生になったと思ったら彼は高校生になってしまった。
仕方ない・・・、仕方ない・・・。
そう思っていた時の放課後だった。
わざわざ家の前で待っていた彼が、頬を染め「付き合ってくれないか?」と聞いてきた。
彼と3年間付き合った。
嘘をつくのが苦手な人だった。本人は気がついていなかったが、嘘をつく時必ずする癖があった。とても優しい人だった。自分よりも他人の思いを優先していた。優柔不断と言う言葉がよく似合う、素敵な人だった。
そんな彼が1つだけ大きな決定をした。
『俺、留学する事になったんだ』
彼は大学1年生だった。私は告白した時の彼と同じ高校1年生になっていた。
以前から何かを言おうとしているのは気がついていた。そしてやっと言ってきた。
日曜日、デートの帰りに寄った公園での事だった。
雲が流れるのが早い・・・・。
私は空を見上げた。涙がこぼれないように上を向いた。
『嘘じゃ・・・・無いんだ』
分かってるよ。嘘つく時の癖が今はまだ出てないんだもん。
『・・・・・・・分かった。じゃあ・・・』
『待たなくていいから。うん。待たなくていい』
思わず彼のほうを見た。待ってると続けようとしていたのに。
『どうして・・・・』
どうして今嘘をつくの?
『君はまだ高校生だ。これからが大事な時でもあるし、これから多くの人と出会うはずだ。君を束縛したくないんだ』
彼はそう言って、笑った。その時風が強く吹いた。思わず目を瞑りそうになったが寸前のところで彼を見た。
風に髪を揺らされて目元は見えなかったが、その口元がゆがんでいた。
『ありがとう。ごめんね』
そう言って彼は私を抱きしめて囁いた。
そして一週間後彼は飛行機で旅立った。
その時からだった。私の時計が故障し反時計回りとなった。
1日分経つと、同じく時計は1日分戻ったことになる。
1週間経つと、同じく時計は1週間戻ったことになる。
1年経つと、同じく時計は1年戻ったことになる。
今私は2年経ち、高校3年生となりました。
私の為だと思って電話番号も教えてくれなかったあなた。
今、何処にいるのですか?
あの日から、私の心は進んでいません。
キーンコーンカーンコーン・・・・
「起立」
気をつけい、礼。
本当に授業は何も聞いていなかった。
「ごめん、悪いんだけどノート見せてくれない?」
「あんたまた寝てたの?もう受験生なんだからね?」
「わかってるよぅ。」
そう言いながらノートを写す。親友は向かいの席に座った。
「あ、ごめん明日返すね。」
さっきの授業が今日最後の授業だった。他の皆はすでに鞄をまとめて教室を出て行っている。席に座っているのは私と親友の二人しか居ない。
「いいわよ。ここで待ってるから今写しなさい」
「ありがと」
結局喋りながらだったのでノートを写し終えるのに時間がかかってしまい、すっかり日も暮れていた。
「ただいまー」
「おかえり、もうすぐ晩ごはんできるから、お箸とか出すの手伝って」
「はーい」
鞄をリビングのソファーに投げ捨てて、台所に向かった。
お箸とコップを並べているとお母さんが今日の話を聞かせてくれた。
「でね、偶然会ったのよ」
「誰に?」
「ほら、小さい頃から一緒に遊んでもらったあの子。以前どこかに留学した」
・・・・・・・・え?
ガチャンッと音を立ててコップが机に転がった。
「あらあら、何やってるのもー」
「ちょっと出かけてくる!」
「え?もうすぐご飯よ?」
お母さんの声を後ろに聞きながら走って玄関を出た。財布も携帯も持たず、格好は制服で身に付けている物は壊れた腕時計だけだ。
それでもいい、身だしなみになんかに気を使ってる暇は無い。
彼に逢える。もう届かないと思っていた彼に。
一生懸命走った。きっと今タイムを計ったら、私の人生の今までの記録を塗り替えるほどの最高記録が出ているだろう。
呼吸か乱れ、ノドが痛くなった。
何処にいるんだろう?家かな?
その時何故かふとその場所を思い出した。けれど確信もあった。
彼女は彼の家へは向かわず、あの時の公園へ向かった。
「久しぶり」
「・・・・・・・・久しぶり」
彼は居た。公園のベンチに座っていた。
公園の様子はあの時とまったく変わっていないが、2人の姿は大きく変わっていた。
彼女の覚えていた彼より今の彼は背が高くなっていた。髪が短くなっていた。体つきがしっかりしていた。
でも困ったように笑う姿は、あの時とまったく変わっていなかった。
「確か今年受験生だよね。どう?勉強は」
普通に話しかけてきたことに、少し驚き。そして何故か苛立ちが起きた。
「ぼちぼち。そっちは?新しい彼女は出来た?」
皮肉をこめて言うと彼は苦笑した。
「出来たよ、うん、出来た。向こうでね」
「嘘ね」
留学してもその癖は直らなかったのね。
「嘘じゃないって・・・・嘘じゃない」
「絶対嘘!」
そう叫ぶとしばらく沈黙が続いた。そして彼の溜め息の音が1つ聞こえた。
「・・・・・何で分かるのかな。俺の嘘いつも見破られる」
「気づいてないようだから教えてあげる。あなたいつも嘘つく時の癖があるのよ」
嘘つく時必ず2回は繰り返している事に気がついてた?
そう言うと彼は笑った。
「なるほどね。確かにそれじゃあ見破られる訳だ」
「ねぇ、どうして今日ここに居たの?」
「もしかしたら、逢えるかもしれないと思って」
私に?
と聞くと彼は頷いた。自分でも顔が熱くなっていくのが分かった。
「どうして逢いたかったの?」
「好きだから」
・・・・・・・・・。
「嘘じゃないよ」
「分かってる」
「もう駄目かな?遅すぎた?」
堰が切れた涙が、今やっと流れてきた。
「遅すぎよ!どれほど私が待ったと思ってるの!あなたは電話番号も教えてくれなかったし!何処に言ったかも言ってくれなかったし!」
「ごめん。自分勝手だった。」
「本当にね!」
そこで怒ってくるあたりが君らしいね。
と言って彼が笑った。なんだか泣いているのが恥ずかしくなってきた。
両手で涙を拭っていたらあることに気がついた。
「あ、戻ってる」
いつの間にか反時計回りが時計回りへと戻っていた。
「どうしたの?」
「いや、この時計あの日から反時計回りになってたのに戻ってるの」
「へー反時計回りの時計ね。見てみたかった」
「そう?あんまり変わんないよ」
私は時計回りに戻った腕時計を止めた。
「時間直しておく。」
「今、7時45分だよ」
「それホント?時差とか直した?」
笑って聞くと彼は恥ずかしそうに笑った。
「実はこの時計あの日から変えてないんだ。俺の時計はずっと海の向こうの、君の時間を刻んでたんだ。」
俺、未練がましかったかな?女々しい?
と心配そうに聞くあなたが可愛かったので、
さぁ?いいんじゃない?私、あなたのそういう所が好きよ。
と笑顔で言っておいた。
今、私の心も進み始めました。
はじめて投稿します!
至らない所もありますがよろしくお願いします!