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3年前(3)

三年前の駅前

 松岡はいつもの要領で人の集まる時計塔の前のベンチに陣取った。ベンチに座り上を見上げると時計の針が見える。時刻は1時当たりを示していた。


 ジローが松岡の隣に座り、その隣に細身の山下が座った。堤は横で立っている。


「先輩~何するんですか?」

堤が腕を組みながら松岡に尋ねた。


「…ジロー!お前話しかけるのが苦手なんだよな?女に?」


「まあそうです。でもこの前も言いますたけど…」


そこまで口が動くと松岡は手でジローの口元を制した。思わず攻守のバランスが悪いのか?と口に出そうになる。堤と山下は面白そうに見ている。


「いいか?そんなの出来ても仕方がないんや。まずは女の人でも男の人でもいい。会話のキャッチボールができへんと意味がない。ミット構えてるだけじゃあ~取って終わりや!」


松岡は気がつくと関西弁が出ていた。そろに気づかない。


「な、なるほど」

ジローは納得しているようだ。


「さすがやなあ~センパイ~いいアドバイスやで~」

堤がイントネーションがメチャクチャな片言の関西弁を話した。松岡は思わず力任せに堤の肥えたお腹を、力一杯グーパンチによる制裁を加えた。エセ関西弁ほど関西人のカンに触る者はない。


「グフ…ゲホすんません」


「わかればいい」

松岡は言った。



「おこしやす~」

山下が呟いた。



「…それは京都や」松岡は山下を睨む。 しかし呆れておこることもできない。山下はスイマセン、と言うと苦笑いだった。


「どげんかせんといかん!」

ジローが突然叫んだ。


「……それは宮崎や」

松岡は呆れるしかなかった。



「とりあえず、どこでもいい!初対面の人に道を聞いてこい!会話は最低でも6回はやりとりを続けろ。なるべく女性にしろや~!」

松岡は言った。



「は…はあ」

ジローは半信半疑のようだ。彼はベンチから離れ、人混みの中へ歩き出した。松岡達はそれを見守った。



…………



人混みの中、ジローは1人立ち尽くしている。


「センパイ!アイツ放心状態ですよ」


山下がジローを指さした。


「しゃあないなあ~」

松岡はため息をつくと、ジローの立ち尽くす人混みへ向かった。





「……」

松岡がジローのそばに近寄って行くと、人混みの流れに翻弄されているジローの姿がそこにはあった。目をキョロキョロさせて人に話しかけるタイミングを見計らっているようだ。松岡はそんな彼の背中を叩いた。


「おい!」



「ひっ!」

ジローの肩に力が入るのがわかった。あんな堂々としてる男がこの様だ。松岡は少しジローの一面に笑いそうになる。


「ジロー、目星をつけて話しかけやすそうな人にいきなさい」



「はあ~…」



「う~ん…どの人がいいかあ~…あ!あのオバハンはどうや?」

そう言うと少し小太りでめがねをかけた50代ぐらいの女性の方を見た。


「え?ああ~えっと…」

ジローは困る。


「威勢が悪いなあ~仕方ない。俺がお手本をみせよう」


いつの間にか松岡は標準語に言葉使いが戻る。







 松岡は駅前で待ち合わせをしてると思われる女性の元へ近づいていった。


「あの~」

松岡



「はい?」

話しかけられた相手は怪訝そうな顔をした。女性は少しだけ顎がふくよかだ。


「道を聞きたいのですが?」

松岡は質問を投げかけた。女性は少しだけ警戒を解いたらしく表情が緩んだのがわかった。


「はい」

返事が返ってきた。


「このあたりに交番ってありますか?」

松岡は言った。



「交番ですか?…え~反対の西口にありますよ。行けばすぐにわかりますよ」

おばさんは笑顔で言った。



「なんかすいません。道に迷ってしまいまして…待ち合わせですか?」

松岡は訪ねた。


「ええまあ~家族と待ち合わせです」

戸惑いながらも女性は答えた。


「そうですか。ご親切にありがとうございました」


そういうと松岡はニコリと笑顔を作り、頭を下げてその場から去っていった。


「どういたしまして」

女性の声が松岡の背中に届いた。

 そのやりとりの後、すぐに連れの女性が来たらしく女性は去っていった。娘だろうか?松岡は思った。






 松岡は少し後ろで見ていたジローの背中を叩くと人混みの少ない壁際に彼を連れていく。



「どう?」

松岡


「はい」ジローはポカンとしている。


「この要領でいろんな人に聞いてみな~会話らしい会話になるから」


「はあ」


「目標10人。俺がついてるから安心しろよ」

松岡は言う。


「わかりました」

ジローはそういうと人混みの中、話しかける相手を捜し始めた。



「がんばれ」


松岡はジローの少し後ろをついて行く。



「せ、せいません…え?あ?いや?……すいません、交番の場所知ってますか?」

ジローは俗に言う挙動不審と言われる状態で、高校生と思われる少年に話しかけた。少年の右手にはジロー達の通う大学のロゴの入った袋が握られていた。ジローは気づかないようだか、松岡はチラリとロゴを見ると、大学のオープンキャンパスに来た高校生だとわかった。男子高校生は少し驚いた素振りをする。


「え?あ?あの~この辺のことしらないんですけど…」

男子高校生は戸惑いながらもそう答えた。


「そ、そうですか。今日はお出かけですか?」

ジローは言った。松岡は思わずジローの方を見てしまう。


「え?あ~えっと…そうですね。大学のオープンキャンパスでした」


この高校生は優しいな、松岡はジローの横で思う。


「そうですか。ご親切にありがとうございます。よい一日を!」

ジローは精一杯の笑顔を作り、その場を去っていく。松岡は心の中で頭を抱えながら、高校生にペコリとお辞儀をし、その場を去っていった。



「どうですか?」

ジローは松岡に訪ねた。

「う~んまあいいんじゃない、数をこなしていこうよ!ホラ次~」

松岡はジローの背中を押した。堤と山下の待つベンチの方を見ると、彼らは退屈そうだ。松岡はタメ息をついた。松岡はジローの方に目を移した。



「すいません。よろしいですか?」20代後半ぐらいだろうか?大人っぽい女性にジローは話しかけた。少しだけ体のスタイルの良さが強調された服を着ている。というか強調され過ぎじゃ?松岡はそちらの方に目が行きそうになった。

ジローに対して少し警戒する素振りが見られる。



「はい」

女性


「この辺に交番はありますか?ありましたら道を教えてもらえませんか?」


ジローはさっきより柔らかい物腰で女性と接している。松岡は慣れてきたジローを見て少し嬉しい。


「ああ、え~とですね」


女性はジローに丁寧に道を教えた。松岡はそのやりとりを静香に見守る。



「ありがとうございます。今日はお出かけですか?」

一通り教えてもらった後、ジローは訪ねた。


「ああ、ええそうですね~ショッピングです」

女性はジローの質問に恥ずかしそうに答えた。


「そうですか…」


ジローは相づちを打つ。松岡はもう終わりだろうと、その場を立ち去る心の準備をした。

 しかし、ジローの口がまだ何かを言おうとするのに気づく。


「あの~」

ジロー


「はい」

女性




「…好きです。結婚を前提につき合ってください!」

ジローは頭を下げた。


「え?」

松岡



「はい?」

女性




ジローは真剣なようだ。松岡はベンチの方で堤と山下がニヤニヤしながらこちらを見ているのに気がついた。



松岡は深いため息をつくしかなかった。




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