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第9話:真実

『君は自分の力で幸せになれるんだよ』


 言葉が胸のうちに沈んでいく。

 意識すら段々と薄れていく。

 まるでこのまま眠りに入ってしまいそうな、そんな空気。まるで催眠術にでもかけられているかのようだ。


 ――まず、い……。

 意識の片隅が必死にそう告げているのだが、身体が相変わらず動かないせいでどうにも頭がうまく働かない。

 ――く、そ……!

 そう歯噛みした、その時。


 布が裂けるかのような、異質な音が部屋に響いた。

「!?」

 と同時に、周りの景色が元の体育倉庫裏に戻っていた。


「冬馬様!!」

 声が降ってきたかと思うと、目の前に榊が着地する。

「無事ですか!?」

 彼女の剣幕に押されてこくこくと頷く。気付けば身体の拘束も解けていた。


「……貴女、まだ動けたの?」

 前方で、男をかばうように立った女がそう悪態づいた。

「先日はやってくれましたね。貴女の周到さには少しばかり感心しました」

 榊は鎌を構えなおす。すると対する女も杖を取り出した。

「それはこっちの台詞よ。まさかあの『死神』がこんな小娘だったなんて思いもしなかったわ」

 ……死神?

「死を司る不吉な一族。古から魔王のためなら何だってしてきた陰の輩。生き残りが今も魔王の側についているとは聞いていたけど、……まさかそれが皇子の護衛に回っているとは、ねえ?」

 榊は言葉を発さない。一方、女は意味ありげな笑みをさらに濃くした。

「顔色が悪いわよ? 呪いのせい? それとも……」

「――黙りなさい」

 そう吐き捨てた榊は、確かに女が言う通り顔色が悪かった。

「皇子を唆して謀反を起こそうとした罪は重い。覚悟は出来ていますか」

「はっ、笑わせるわ! そんな身体で勝てると思って?」

 両者が臨戦態勢に入る。

「冬馬様、どうかそこを動かないで下さい」

 背を向けたまま榊がそう告げた。俺が身勝手に飛び出した先日の件を気にしているのかもしれない。

「けど榊、具合が……」

 呪いだかなんだか知らないが、彼女は動ける状態ではないはずだ。現にさっきまで気を失ってたんだから。

「この呪詛は痛覚に訴えるだけのものです。心配には及びません」

 いや痛いのが問題なんだろ、と言う前に彼女は飛び出してしまった。

「お、おい!」

 俺の制止を無視して彼女は女に斬りかかる。

「無駄よ。その鎌への対策はもう出来てるんだから」

 女はそう不敵に笑って、以前のように杖を剣に変えることはせずそのままの形で榊の斬撃に応じた。

「!?」

 これには榊も驚いたようだったが、相手の意図を察してかすぐさま身を翻そうとした。が、それとほぼ同時に杖の先から小さな光の弾が放出される。

「ッ」

 榊は間一髪でそれをかわした。だが微かに左腕に掠ったようにも見える。その証拠に、彼女は右手で左腕をかばっていた。

「それは力が入らなくなる類の呪詛よ。腕が1本使えなくなったわねえ?」

 黒衣の女は得意げに腕を組んだ。

「――……っ」

 榊は苦渋の表情で自らの左腕を見下ろしている。

 すると、彼女の背後に黒い影が現れたのが見えた。

「榊、後ろッ!!」

「!」

 あの薄っぺらい割りに強力だった黒い腕が彼女の身体を横殴る。軽い彼女はいとも簡単に地面に叩きつけられた。

「榊ッ」

 流石に我慢できなくて彼女の側に駆け寄る。

「大丈夫か!?」

 伏した彼女を起こそうと手を伸ばすと、その手を拒むように彼女は自力で立ち上がろうとした。

 その表情に、余裕なんてものはひとかけらも残っていない。意地だけで起き上がろうとしていることは明白だった。

「おい榊……!」

 俺の声を掻き消すように、彼女はこうこぼした。

「あと10分だけ、逃げられますか」

「……は!?」

「あと10分すれば、魔界から応援が来ます。それまでどうか、あの男の術に惑わされないように逃げてください」

 彼女は鎌を支えにしてよろよろと立ち上がる。

「逃げろって……お前は!?」

 そこでようやく彼女は俺を見た。

「私はあと10分、ここであの2人を食い止めます。この命に代えても」

 痛みを必死に押し殺したような表情と声。

 左腕は封じられてだらりと下げられたまま。

 誰がどう見ても、満身創痍だというのに。

「馬鹿言うなよ! そんな状態で戦ったら本当に死ぬぞ!?」

 俺が怒鳴ると、彼女まで声を張り上げた。

「貴方を守れなかったとなれば私は魔王様に合わせる顔がないのです!」

 そう言った彼女は、本当に泣きそうな顔だった。

 それだけで彼女の必死さは痛いほどに伝わってくる。

 けどその必死さが、俺をむしろ苛立たせた。

「そんな面目のために命を捨てるのか!? ふざけるな!!」

「ふざけてなど……ッ!」

 そう言いかけて、彼女の身体が折れた。腹部の激痛に耐えられなくなったらしい。

 とっさに腕を出してその身体を支えても、

「早く、行ってください」

 彼女はまだそんなことを言っていた。

「出来るわけないだろこの頑固者!」

「っ、頑固なのは貴方のほうです!」

「お前が頑固だから俺まで頑固になるんだろ!」

「理由になっていません! 早くこの場を……」

 そんな不毛な言い争いを続けていると。

「――仲が良いのね? 妬けちゃうわ」

 女の声で、我に返る。

 すると女の背後にいたあのハリスとかいう男も前に歩み出てきた。

「互いに気遣い合う姿は見ていて美しいが……それが憐憫の情から来るものだとしたら、非常に醜いものだと思わないか?」

「……?」

 俺が怪訝な顔をしているのを認めて、男はにたりと口角を上げた。

「魔界の城の中ではね、こんな噂話が囁かれているんだよ」

 いきなり何の話かと俺はますます眉をひそめたが、奴は構わず続けた。

「第3皇子は本来なら人間界に送られることはなかったんじゃないかってね」

 ……なんだ、それ。

「16年前――ちょうど君が生まれた年だが、魔界で大きな事件が起こった。それまで最凶と恐れられてきた死神一族が一晩で滅ぼされたという、かなり衝撃的な事件だったよ」

「え……」

 俺は思わず傍らの彼女を見た。

 榊は険しい顔をしたまま、言葉を発さずただ男を睨み付けている。

「ご覧の通り、そこにいる娘は奇跡的に1人生き残ったわけだ。だが事件を起こした下手人は不明のまま。往々にして一族の生き残りというのは将来に禍根を残すと云われているからね、城の長老達はその娘の命を赤子のうちに摘んでしまおうと考えた」

 ――……は?

「なんだよそれ、意味が……」

「まあこの世界で生きてきた君にとっては少し話が過激すぎるかもしれないが、魔界では当然といえば当然なのだよ。強すぎる能力を持った者が憎悪という感情を抱え生き続けた場合、その力を暴走させかねない。力がものを言う世界だから、それだけで秩序が崩壊してしまう」

 男は説き伏せるようにそう語った。

 それでも俺が納得できない顔で唸っていると、今度は女のほうが喋りだした。

「やっぱり親子ね? 慈悲ぶかーい魔王サマも今の貴方と同じことを考えたわけよ。けど長老達は納得しなかった」

「ちょうど同じ頃、君の問題でも揉めていたからね。魔王は当初、第3子以降を人間界に送るという掟を改めるつもりだったんだ。その件は無理にでも押し通すつもりだったらしいが……」

「長老達は条件を出したのよ。皇子を手元に残したいのなら死神の娘は諦めろ、逆も然りってね」

 それって、つまり……

「――結果、君の父親は実の子である君を手放した。その不吉な娘を守るために」


 ……言葉が、出なくなってしまった。

 いきなりそんなことを言われても、どんな反応をすればいいのか分からないのだ。


 すると、榊がおぼつかない足取りで一歩前に出た。

 背を向けたまま、彼女は言う。

「――申し訳、ありません」

 彼女の口からこぼれたのは、なぜか、やはり謝罪だった。

 その表情は見えない。

「魔王様から直接聞き及んだわけではありませんが、そのような噂があるのは事実です。……いえ、恐らく真実でしょう」

 声色は硬い。

 まるで何かを押し込めているかのような声だった。

「この身は魔王様の慈悲がなければここに存在すらしなかったもの。そして貴方の命運と引き換えにここに在るもの。ですから、貴方は私の身を案じる必要などないのです」


 その言葉で、全てに納得がいった。


『貴方を守れなかったとなれば私は魔王様に合わせる顔がないのです!』

 そう叫んだときの泣きそうな表情。

『貴方はれっきとした魔界の皇子です。もっと堂々としてらしていいのですよ』

 そう語ったときの悲しげな表情。


 ――あれらは、全部……


「……負い目を、感じてたっていうのか」

 俺の問いに、彼女は答えなかった。

 答えないということは、それが事実だからだろう。


 鬼ごっこのときの気遣いとか。

 掛けてくれた慰めの言葉とか。

 全部、そんな負い目から来てたんなら。

 ……そんなものは、要らない。


 同情なんかされたくない。

 される必要もない。


『やっぱり君は不幸だ』


 そんなことない。

 そんなことない。

 本当に、そう思ったことなんてなかったんだ。


 だっていうのに。


「……勝手に、決めるな」


 自分のものとは思えないほど、低い声が喉からこぼれた。


「……?」

 けれどその場にいた全員が、俺の言葉の意味を理解していないようだった。


 ――虫唾が走る。

 どいつもこいつもずけずけと人の心に踏み込んで。

 勝手に俺のこと、不幸な奴だって決めつけてやがる。


 なんなんだよ、もう。

 最初から放っておいてくれたらこんな気持ちにならずにすんだのに。


 最悪だ。最悪だ。最悪だ。


 もう勝手に、俺の――


「――俺の世界に入ってくるなッ!!」


 そう叫んだ瞬間、両目が燃え上がった。

 燃え上がるような『錯覚』。そう、燃えているのではなく、凍っているのだ。

 左手には例の鎖。右手にはいつの間にか透き通る氷の剣が握られていた。

 火傷するような鋭い冷たさ。

 それが妙に、手に馴染んだ。


「……!」

 その場の誰もが息を呑んだ。

 が、すぐに男が恍惚と叫ぶ。

「……美しい……。凍てつくような氷の剣……君に相応しいじゃないか!」

 ――知るかよ。

 心の中で悪態づいたと同時に男の手に巨大な斧が現れた。どうやらあれが奴の武器らしい。

「気に入った! やはり君にはここで堕ちてもらおう!!」

 男はそう叫んで身を乗り出してきた。

 それに応じようとした榊を押しのけ、俺は男を迎え撃つ。

「冬馬様!?」

 背後で榊の声がしたが、気にしない。


 大体呪詛で動ける状態じゃないのに、何をやってるんだ、あいつは。

 ……そんなに魔王のために働きたいのかよ。


「流石に覚醒したてでは武器も上手く操れまい!」

 男は自信たっぷりにそう言い放って斧を振った。

 幸い奴の斧も榊の鎌同様一振りが大きいので、かわすことは容易かった。

 が。

「!」

 地面に刺さった斧は、相当な破壊力を持っていたのかそのままグラウンドに亀裂を生んだ。

 足元が大きく崩れる。


「冬馬様ッ!!」

 榊の悲鳴めいた声が聞こえた。


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