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第1話:茜空と死神の鎌

 彼女だけが色褪せて見えていたはずなのに、その瞬間から世界は反転した。


 茜の空。見慣れたはずの制服。流れる髪。黄巾をはためかせる身の丈以上の大きな鎌。


 他の全てが色褪せて、彼女だけが鮮やかに、俺の網膜に焼きついた。




 日差しがそろそろ強くなってきた頃。

 何てこともない、いつもの登校風景。

 少し変わったことといえば、登校する生徒達の制服がちらほらと白くなってきている、ということくらいだろうか。

 高校に入学して早2ヶ月。入学したては少し気疲れもしたが、どうやら最近はもう慣れてしまったらしい。予習の効率の良いやり方も把握できたし、部活もなんだか入り損ねてしまったわけで、家でのんびりする生活に慣れてしまった俺は忙しくもなく、それなりに退屈でもない日々を過ごしていた。


 まだ登校ラッシュには早い時間なので、靴箱では1人のクラスメイトとしか出会わなかった。

「おっす、上代」

 気さくにそう挨拶してきたのは、クラスで一番仲が良いと言える友人、いっちゃんこと市橋拓也だった。

「おはよ、いっちゃん。朝練お疲れさま」

 俺がそう返すと、いっちゃんはやや大げさに頭を垂れてぼやいた。

「もうへとへとだぜ。コーチが急に替わってなー、前の高橋センセのほうが楽だったんだけどなー……」

 いっちゃんはサッカー部に所属している。いつも大きなスポーツバッグを肩からかけて、スパイクが入っているらしい靴入れをぶら下げていた。

「変な時期に替わるんだな。その、高橋先生、どうかしたのか?」

 高橋という教師の顔が思い浮かばない。まあ、まだ入学して2ヶ月だ。他学年の教師の名前と顔まで一致しないのは当然といえば当然だ。

「ああ。なんか盲腸で入院だってさ。で、その間だけ外から来た先生が見てくれてるんだけどな、ありゃあ鬼だぞ鬼。まだ若いから生徒になめられないようにって無理してんのかねー? いい迷惑だぜ」

「はは。そうだな」

 そんな他愛もない会話をしつつ廊下を並んで歩く。1年の教室は1階にあるから楽といえば楽だ。


 教室に踏み込むと、後ろの戸から入ってすぐの机で男子生徒が国語の教科書を黙々と読んでいた。

 いつも彼が最初に登校し、教室の戸や窓を開けてくれているのを俺たちは知っている。

「おはよー委員長」

 いっちゃんがいつものように彼に挨拶した。

 すると彼――委員長こと吉田君が顔を上げ

「おはよう。市橋君、上代君」

 真面目で堅いイメージに反する人懐っこい笑みで応えてくれた。

「おはよう」

 俺もつられて笑顔で挨拶する。

 その他教室には4~5人生徒がいるが、まともに口を利いたことのない女子ばかりで、教室の隅っこで賑やかに喋っている3人娘だけがいつも気さくに挨拶してくれた。


 そんないつも通りのやりとりを終えて、窓際に位置する自席へと向かう。

 昨日の教室掃除当番が大雑把だったのか、机の並びが歪で歩きにくいなあと思っていたら

「ぅあ」

 早速、とある机に掛けてあった鞄に躓いてしまった。

「……と」

 軽く蹴躓いただけでこけたりはしなかったのだが、どうも女子の鞄を蹴飛ばしてしまったとなると顔を合わせにくい。

 けどそのまま通り過ぎるなんてことも出来ないので

「ごめん」

 そう素直に謝った視線の先には、ひどく驚いたように眼を見開く初見の少女がいた。

「…………?」


 違和感を覚える。

 何がどうおかしいとも言いづらいが、強いて言うなら彼女そのものが異質だった。

 だって、俺はクラスメイトであるはずのこの子のことを、見たことがないのだ。


 思わずじっと見つめてしまったことに気がついて

「ご、ごめん」

 再度そう謝罪して、俺は慌てて顔をそむけた。ほぼ同時に彼女のほうも視線を逸らし

「いえ……気に、しないでください」

 凛とした、けれど動揺を抑え切れていない声で、丁寧にそう返してきた。


 何か引っ掛かりを覚えつつ、とりあえず自分の席に着く。

 ちなみにいっちゃんは俺のすぐ後ろの席で、着席したらすぐまた喋りだすのが恒例になっていた。

「なあいっちゃん、あれ、誰だっけ?」

 入学して2ヶ月。流石にクラスメイトの顔ぐらいは把握しているつもりだったが、彼女はまったく記憶にない。

 失礼な気がしたので向こうに聞こえないように、声を落として尋ねてみる。

「ん? さっき鞄蹴っちゃった子? あれはえーと……、あんな子いたっけ?」

「え……」

 珍しい。俺は人の名前と顔を覚えるのは得意ではないのだが、いっちゃんは尊敬に値するほど覚えが速いのだ。確か4月にはクラスメイトの名前は全員覚えたって言ってたような……?


 改めてさっきの女子生徒を眺めてみる。

 転校生ではない。確かに居た。

 居たということは分かるのだが、やはり、まったく記憶にない。

 なんだか、カラーの風景の中で、彼女だけがモノクロに塗りつぶされている感じだ。


「なんだ? しげしげと眺めて」

 いっちゃんが意地悪い声でからかってくるが無視して観察を続ける。


 彼女は何をするでもなく、ただ座っている。それでもその瞳は何かを真剣に考えているようで、焦点はしっかりと定まっていた。

 整った顔立ちの、大人びた雰囲気を持った子だ。

 自然と目が行くのは、ストレートの長い髪。肩にかかるそれがとても柔らかそうだった。

 ――ちょっと触ってみたいかも……。

 考えが少し変な方向へ逸れ始めたとき、いっちゃんの声がした。


「おーい、戻ってこーい。美人だからって見惚れてんなよー」

「ばっ! 見惚れてなんか!?」

 教室に響き渡る自分の声で我に返る。女子達の好奇の目がかなり痛い。

 いっちゃんは忍び笑いを漏らしていた。



 朝からそんなことがあって少しブルーな1日だったが、とりあえず授業を全て受け終え放課後を迎えた。

 帰り支度をしていると

「じゃあな~」

 いっちゃんがそう手を振って駆けていった。部活に向かったようだ。

 俺も適当なメンツに挨拶して、教室を出た。



 学校前の坂を下って、人気のない線路沿いの道を1人歩く。

 この時間に帰宅するのは帰宅部の連中だけだ。うちの学校は「文武両道」とかで、部活に入ることをやけに奨励しているせいか、帰宅部の生徒は少ない。

 ゆえに帰り道はいつも人通りがないのだ。

 だからこの妙に静かな空気を気に留めることなく、帰ったら明日の英語の予習やらなきゃ、とか、その後積んでいたゲームでもするか、とか、そんな他愛のないことを考えていた。


 けど、今日はやっぱり、変な日だった。


 前方に、黒装束の女がいつの間にか立っていたのだ。

「!」

 本当に突然だったので、思わず息を呑んでいた。

 それだけならまだよかったのだが。

「見~つけた」

 獲物を見つけた獣のように、それにしてはやけに艶っぽい声で、女は言った。

「ふふふ、確かに良い器をしてる。それにわりと可愛い顔してるじゃない。気に入っちゃったわ」

 俺に、言っているんだろうか。

 念のため後ろや周りを見渡してみる。でも、やっぱり俺以外には誰もいない。

 女はくすりと笑って、俺に向かって仰々しく礼をした。

「お初にお目にかかりますわ、冬馬様。私はエイリ、と申します。貴方様をお迎えに参りました」

 それがとてもわざとらしくて、なんとなくだが気分を害された。

 だから

「何で俺の名前知ってるんだよ、おばさん」

 つい、攻撃的な口調になってしまった。

「おば……?」

 瞬間、空気が凍る。

 まずった、と、俺は反射的に理解した。

「……聞こえなかったわ、坊や。今、なんて言ったのかしら?」

 女は肩を震わせて、怒りを押し殺したような声で尋ねてきた。

「な、んで俺の名前、知ってるんですか、お……」

 姉さん、とは言いたくなかったのだが、言わないとまずいという圧迫感から口を開きかけたその時。

「皇子ともあろう御方が前言を撤回なさる必要はありません」

 そんな、淡々としながらも凛とした声が降ってきた。

 かと思えば次の瞬間、目の前で激しくアスファルトが砕ける音が響く。

「!?」

 驚いて思わず尻餅をついてしまった。

「っ……!?」

 エイリと名乗った女が息を呑むのが分かった。

 反射的に瞑ってしまった眼を、うっすらと開ける。

 そこには。

 死神を連想させる大きな鎌を持った、セーラー服姿の少女が立っていた。

「え……」

 茜空に映える、流れるような長い髪の、その少女。

 今朝の、あの名前すら思い出せないクラスメイトだった。

どうも、あべかわです。前書きするべきだったんですがタイトルどおり、本作は過去に同名で投稿した小説の改訂版です。流れ自体はさして変わりませんがボリュームを増やそうと色々付け足したりしています。

前のバージョンは隠してはいますが消してはいません。頂いた感想もちゃんと別に大事にとっております。


そういうわけではじめての方にも過去に読まれたことがある方にも楽しんでもらえるようなものに出来ればと思っております。

しばらくは亀更新ですが(←また見切り発車)どうぞよろしくお願いします。

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