第一章 初めての旅。そして海⑥
しばらく波打ち際で楽しんだ後に、俺たちはビーチバレーをすることに決めた。
2対2での勝負で、俺とクーナ、クライスとリルムが組んでいる。
「秀才チームめ! 絶対負けないからな」
「なんか、妬みみたいなのが見え隠れしてるんだけど」
「まあ、ロイちゃん成績悪いし」
2人で言いたいほう題しやがって。俺はボールをトスすると平手でそれを
叩き、サーブを繰り出した。
「よっ」
リルムが華麗なボール捌きでサーブの勢いを殺す。
「リル。上げるよ」
クライスはリルムの位置を計算して最適な位置にオーバーハンドでトスを上げる。
「リルちゃ~ん……ショーット!!」
技名にも恥じない? 威力のスパイクがクーナに襲い掛かる。
「きゃっ」
ボールの勢いに負け、クーナのトスは見当違いの方向へと飛んでいく。
「こなくそっ~!!」
俺はダイビングしてボールをあげる。それをクーナはなんとか相手のコートへと返す。
「もらった~!!」
リルムの強烈なスパイクが俺の顔を直撃する。
ビーチボールなのに結構痛いぞコレ……
「よっしゃあ! 作戦通り、ロイちゃんを潰すぞ~!!」
「おおっ~!」
くそ……何気に本気で勝ちに来てやがる、こいつら……
善戦も虚しく、ゲームが終了するときには俺たちは大差をつけられて
負けていた。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「お前のせいじゃないよ」
痛む顔面を撫でながら、俺は敗北感に浸っていた。
「じゃあ、ロイちゃんは全員分の飲み物お願いね」
「へいへい」
負けたチームの男子が罰ゲームとしてパシらされるのは承知済みだ。
俺は文句も言わずに売店のほうへと歩いていく。
その背中は屈辱感と疲労で小さく見えているかもしれない。
「くそぉ……売店め。無駄に混みやがって」
俺は4人分の紙コップを抱えながら、売店を出た。
その時、ある光景が目に留まったのだ。
3人の男が何か騒いでいる。
その目線の先には俺らと同じかそれより上ぐらいの歳の女の子がいる。
長い黒髪に長身で、すっきりとしたボディーラインが第一印象だ。
胸もけっこう――――
要するに彼女は美人だってことだ。
その容姿のせいなのか、彼女は男たちからしつこく言い寄られているようだった。
他人のナンパ程度ならこのまま通り過ぎていただろう。
しかし男たちの態度が明らかにおかしい。
「てめぇ、今なんて言った!!」
「うざい、って」
男が剣幕をあげるのにも関わらず、彼女は冷たくあしらい、その場から動こうとはしない。
「はぁ……めんどくせぇな」
こういう時、自分の性格が嫌になる。さてどうやってこの男たちをなだめるか……
そう考えを巡らせていた脳内にあるワードが入ってきた。
彼女は小声だが確実に魔法を詠唱していたのだ。
男たちはその様子に気づいていないようだった
。おそらく魔力を持たない人達なのだろう。
だとしたら、まずい。
彼女は火の魔法を唱えようとしているらしい。
そんなもの素人が喰らったら大惨事になりかねない。
「ああ、もう!」
俺は飲み物を片方の腕に持ち替え、小走りで小競り合いをする4人へと近づいた。
「何さっきから、ブツブツと言っているんだよ!」
男は彼女の意味不明な行動に激怒している。
これから自分たちがどうなるのかも知らずに。
彼女が詠唱を終え、手を男のほうへと向けた。
「お待たせ」
その手をしっかりと掴み、俺は颯爽と4人の前へと現れた。
彼女の手をとった瞬間に対魔法を唱え、魔力を逃がすことも忘れてはいない。
「何だ、てめぇ!?」
第三者の登場で、男はまた剣幕をあげる。
「あんたたちこそ俺の女に何か用?」
俺は彼女の前に出て、男に立ちふさがる。
「そこの女は俺を小バカにしやがったんだぞ!」
「だって、アンタ馬鹿そうじゃない」
「てめぇ!」
ここまで来ても彼女は男たちを挑発する。
おいおいやめてくれよ、そういうの。
「まあまあ、落ち着いて。ジュースでも……」
「うるせぇ」
男は俺の差し出したジュースを払い落とす。
コップに入っていたメロンソーダは無残に砂の中へと飲み込まれていく。
観光地補正で高いっていうのに……
まあ、リルムのだからいいか。
「お前、ヤツの彼氏ならオトシマエつけさせろ」
男は拳を俺の顔の前に出す。要するに殴らせろってことか。
「いいよ」
俺は男の正面に対峙する。
「おい! いくらなんでも――」
彼女はそれを止めようとしたが、
その前に男の拳は俺の顔へとぶつかっていた。
この程度のパンチなら昨日のリルムのストレートのほうが痛かったぜ。
俺はワザと砂に派手に転んでみせる。
もちろんコップを庇う事も忘れていない。
男は満足したのか捨て台詞を吐いて、その場を去っていった。
「くっ!」
彼女はその背中に向けて詠唱を始めるが、
「やめとけ。俺を殴られ損にするつもりか」
彼女の手を掴み、詠唱を中断させる。
「ちょっと、こっちこい」
「お、おい!?」
俺が殴られたことで人の目が集中している。
変な誤解をされないうちに逃げたほうがいい。
そのまま彼女の手を引き、人気の無い岩場へと移動した。