第一章 初めての旅。そして海④
それから明日の準備をして俺たちは早めにベッドに入った。
だが、俺はなかなか寝付けなかった。
身体は疲れているのに、なぜか目だけは冴えてしまうのだ。
窓のほうから聞こえる海は、
波の音と共に嫌な思い出まで運んできてしまう気がした。
この音を聞きながら目をつぶると、ある戦役を思い出してしまうのだ。
俺はクライスを起こさないように、静かにバルコニーへと出た。
外は町の微かな光があるだけで、ほかは真っ暗な世界であった。
夕方素晴らしい景色だった眺めも、いまや別のもの。
海はその時間帯によって様々な表情をしている。
今の暗闇に染まった海からは底知れぬ恐怖を感じてしまう。
あの日の海はこんなものではなかった――――
血と戦火で海は紅く染まっていた海。その波打ち際には数々の人が浮いていた。
この波にさらわれた人々はどこへ行ってしまうのだろうか――――
自分がその水面に浮いている姿を想像して眠れない日々が続いた。
数々の戦地でも最悪の経験だったかもしれない。あの場所は。
「忘れられるはずないよな……」
戦争は終わった。だがその傷跡は深く心に刻まれており、こうやって時々疼きだすのだ。
「ロイちゃん」
いつのまにやら、隣のバルコニーにリルムがいた。
「どうした。眠れないのか?」
俺は彼女へと問いかけた。
「うん、少しね」
リルムは先ほどの陽気さは無く静かに答える。
「ロイちゃんは大丈夫?」
彼女は心配そうに俺のほうを見てくる。俺は俯いたまま何も言えなかった。
2人が沈黙すれば波音だけが静かに聞こえてくる。
「ねえ、少し歩かない?」
リルムは静かに言った。それは強制しないような、やさしい声だった。
「ああ」
俺は小さくそう返す。
夏だというのにここは酷く寒い気がした。
俺たち二人は誰もいない波打ち際を歩いていく。
波音がこんなに近いのに、どこまで水が来ているのかが分からない。
それが怖かった。
「なあ、変なお願いなんだけど……」
「なに?」
「手、繋いでくれないか」
「うん。いいよ」
手を繋ぐなんて、いつもの俺ではありえない話だろう。
だがここではこうしていないといけない気がした。
波が大切な人をさらっていきそうで怖かったのだ。
彼女の手はとても暖かかった。
その体温差で俺の手がどれほど冷たいかが分かった。
その震える手を、黙って彼女は握ってくれた。
「ロイちゃん」
「なに?」
「上見て」
彼女の言葉につられ上を見上げる。そこには数々の星が光り輝いていた。
「すごいな……」
「キレイだよね」
「ああ」
空は一面の星で覆われ、まるで空に海があるようであった。
なぜ先ほどまでこの様子に気が付かなかったのだろうか?
俺が上を見上げていると、突然手から温もりが消えた。
「は~い。サービスタイムは終わりです」
手を離した彼女はおどけた声でそんな台詞を言う。
「帰えろっか」
彼女は踵を返して宿のほうへと向かう。
「ありがとな。リルム」
その言葉は波の音にかき消され、大海へと消えていく。