第二章 夏空と宿題③
「もう無理!! ギブアップ!!」
「え~!? まだあんまり進んでないよ~」
鬼コーチリルムの下で俺は宿題に励んでいた。
しかし………
「この公式まだ覚えてないの? これでズババババン!! って」
「休憩にしようぜ………」
「だ~め!!」
厳し過ぎる――――
俺の理解力をはるかに超えるハードスケジュールでリルムは教鞭を取る。
このままじゃ、オーバーヒートしてしまう。
「悪い、ちょっとトイレ」
「あっ!? 逃げるつもり?」
「そ、そんなことないって!!」
俺は安易な考えを見破られ焦る。
だが、ここで誤魔化さなければ
頭が持たない。
「本当にトイレだって……見に来るか?」
「うん、行く」
リルムは俺の跡を追い、トイレまでついてくる。
リルムながら素晴らしい執念だ。
だが………
「ロイちゃん、まだ~?」
「もうちょっと…………」
「あはは、キレ悪いんだね~」
くそっ、好き勝手言いやがって………
俺はトイレの窓を開け、そこから華麗に脱出した。
「ロイちゃ~ん」
「…………」
「ま、まさか?」
リルムはトイレの扉を開ける。そこには俺の姿などどこにもなかったのだ。
「に、逃げられた~!!」
今頃気づいても遅い、俺はリルムに見つからないように裏道を通り、学校へと向かった。
夏休み中というのに学校の中には結構な数の人がいた。
部活や委員会のためだろう。
生憎そのようなものには入っていない俺だが、学校に来たのには理由がある。
図書室に入ると、数人の生徒が本を読んでたり、宿題をしていた。
そう、俺は読書のためにここへと足を運んだのだ。
戦時中はロクに本を読んでなかったし、活字への飢えがあったのかもしれない。
一度、ゆっくり本を読みたいと前々から思っていたのだ。
リルムがいたら来れない場所だけに、何だか妙にワクワクする。
ちなみにリルムは図書委員から立ち入り禁止を食らっているらしい。
まったく、何をやらかしたんだか………
俺は机に荷物を置くと、本棚の方へと向かう。
前覗いた時にも思ったのだが、ここの本の量は膨大だ。
魔導書だけでもゆうに1万を超える冊数が保管されている。
だが、そんな魔導書に目もくれず、
俺は娯楽のコーナーへと足を運ぶのであった。
ここは小説からファッション雑誌まで、様々な本が置いてある。
中には少々エッチな本まで………
あの閲覧制限のコーナーにはさぞかし●●なお宝本が眠っているのだろう。
「おい、そっちは閲覧禁止区域だろう」
「ひっ!?」
俺はその声に足を止めた。振り向くと、
そこには黒髪の少女が立っていた。
「キサラギ!?」
「どうしてそんなに、驚くんだ? ここの生徒だと言っただろ?」
「ああ、悪い」
彼女は制服を着ている。
第一印象が水着だけに、その制服姿が新鮮に思えてしまう。
「というか、何を読もうとしていたんだ?」
「えっ?」
俺は周りの本棚を確認する。そこには怪しげな本がたくさん並んでいた。
「うわぁ!? ご、誤解だって!!」
「はぁ。別に慌てなくてもいい。こういうのが興味ある年頃なんだろ?」
彼女は本棚から一冊の本を抜き取ると、マジマジと見る。
だが彼女は顔色一つ変えない。なんてクールなんだ………
クーナにこの本見せたら、真っ赤になって走り回ってしまうだろう。
「で、閲覧制限の本を見たいなら、許可申請を書いてもらうが………」
「いやそう言うわけじゃ。というかキサラギって図書委員?」
「ああ、そうだ」
なるほど、なるほど。だからここにいた訳か。
「そうだ!! ちょっと頼みがあるんだが?」
うん――――
これはダメ元で頼んでみるのもいいかもしれない。
「キサラギって頭いいんだよな?」
「ああ、そこそこな」
「じゃあ、宿題教えてくれ」
「断る」
即答だった。
俺の口先で言葉が一刀両断された。
「私は忙しいんだ。宿題ならリルムに教えてもらえばいいだろう」
「あいつはあんなだから、全然理解できないんだよ!!」
「なるほどな」
俺は引き下がらない。
「なっ、いいだろ? 委員の仕事しながらでいいからさ」
「だが、私に何のメリットがあるんだ?」
くっ…………強敵だ。
ストレートに頼みこんでも勝ち目は薄い。
ならば………
「飯、ごちそうするぜ。自慢じゃないが、俺、料理の腕には少々自信があるんだ」
「奇遇だな。私も自信がある」
リルムホイホイは効果なしか………
「じゃあデートしてあげるから」
「なんで上目線なんだ?」
やっぱり無理か…………
「ところで少し質問なんだが」
「うん?」
諦めかけていたところで彼女は唐突に話を曲げてくる。
「ロイ。お前、実践魔法の成績は何位だった?」
「はぁ?」
「いや、言いたくなければいいのだが………」
ここは正直に言っといた方が、彼女の興味を引けるのかもしれない。
「一位だったけど…………」
そう、俺は試験で魔法教科だけは上位を取っていたのだ。
その中でも実践魔法は満点で一位を取っていた。
「そうか………」
それを聞いた瞬間彼女の表情が少し変わったような気がした。
「じゃあ、凶悪犯が来たときにお前が倒したというのは?」
「それは………」
何故、彼女がそんなことを知っているのだろう。
このことは師匠によって情報制限されているというのに………
「なるほど」
彼女は俺の表情を見て、理解したらしい。
そこで俺に条件を出してくる。
「私に魔法を教えてくれ」
彼女は真剣だった。その思いに微塵の迷いもない。
瞳から感じられる、意志の強さ、それは本物だ。
「わかった」
少し悩んだ末、俺はそう言った。
自分の提示した条件を忘れ、
一方的に彼女の願いを受け入れてしまったのかもしれない。
それほどキサラギは真剣だったのだと思う。