第一章 初めての旅。そして海⑩
宿へ着くとクーナとクライスが先に戻っていた。
「おかえり」
2人とも何事もなかったかのようにリルムを迎え入れる。
「ただいま」
彼女もそう挨拶をし、今日のリルム失踪事件は幕を閉じるのであった。
私はその日、寝付けなかった。疲れていないわけでもないのに。
目をつぶると先ほどの光景を思い出してしまう。それだけで心臓が
ドキドキする。
「あのリルムさん」
「く、クーちゃん? 寝てなかったの」
「あっ、はい」
彼女はずっと起きていたのだろうか。
まさか私の心臓の音で起きてしまったのではないだろうか?
「さっき、お兄ちゃんと何かあったんですか?」
その台詞を聞きドキッとする。
「な、なんで?」
「食事のときから2人とも目を合わせないようにしてましたよね」
意識しているわけではないのにそんなにあからさまだったのだろうか?
たしかに私はロイちゃんのことを意識していた。
彼の顔を見ると、さっきの受け止められた胸の温度を思い出してしまうのだから。
「べ、別になんでもないよ。気のせい。きっと気のせいだよ……」
「そうですか」
彼女は寝返りをうつ。そしてこう言った。
「お兄ちゃん鈍いですから頑張ってください」
「えっ?クーちゃん、それどういう意味?」
「おやすみなさい」
彼女はいくら質問しても答えてくれなかった。
短い旅行も終わり、俺たちは帰りの汽車を待つためにホームにいた。
俺の両手は荷物でいっぱいになっている。クライスも同じ状態だ。
「リルムさん、ここでもお土産売ってますよ!!」
「おお~!! これも美味しそう」
レディ2人は、家族やら学友やらに配るという目的で
かなりの数のお土産を買っている。
買うのはいいのだが、その荷物は俺たちが持つ羽目になるのだ。
少しは遠慮してほしい。
駅の中は汽車待ちをしている人が多数いる。
そこに見覚えのある顔人物がいたのだ。
「お~い。キサラギ」
彼女はその言葉にこちらを向く。だがしばらくすると顔を背け、
ホームの奥の人の波へと消えて行ってしまった。
荷物がある手前追うこともできず、俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
しばらく待った後、汽車に乗り込む一同。
ボックス席を占領し、やっと荷物から解放される俺たち2人。
手にはクッキリと袋の痕が残っている。
これを駅から家まで運ぶと思うと、気が重い。
せめて今のうちにゆっくり休んでおこう。
俺はシートに腰を下ろし、外の景色を眺めた。
動きだした汽車はあっという間に駅を離れて行く。
旅の終わりは少し寂しいものだ。
「あ~あ。もう旅行終わっちゃったね」
リルムもその気持ちは一緒らしい。
「だけど、夏休みはこれからですよ!!」
それを励ますように、クーナは元気に振舞う。
「そうだね。宿題もたくさん出てるしね」
「クライス。そういうこというのは止してくれ」
「そうですよ、先輩!!」
俺とクーナは嫌なことを思い出して、若干ブルーな気持ちになった。
「あはははは。ロイちゃん。宿題なら手伝ってあげるから。心配しないで」
「ああ。マジで頼むわ」
「じゃあ、明日から私んち集合ね」
「いきなりだな、おい」
「すぐに終わらせて、夏休みをエンジョイするのだ!!」
彼女は俺と約束を漕ぎつけると、満足そうにするのであった。