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第3話 孤児院

――ん……。


意識がゆっくり浮かび上がる。ぼんやりしたまま、最初に気づいたのは――寒くない、ってことだった。


「あー……」


声が出る。……出た。生きてる。え、マジで?昨日あれ完全に死ぬ流れだったのに、どう考えてもゲームオーバーだったはずなんだが。


体の感覚を確かめる。相変わらず自由には動かないけど、ちゃんと布に巻かれてる。しかも乾いてるし、あったかい。昨日の濡れ雑巾とは別物だ。近くから、ぱち、ぱち、と音がする。火の音。暖炉か何かがあるっぽい。


「……」


状況整理。俺は助かった。誰かに拾われたのだろう。で、その誰かはたぶん――昨日最後に見た“男の影”。


「あーう」


とりあえず鳴いてみる。誰かいるだろ、さすがに。昨日の流れで完全放置はない……よな?頼むぞほんと。


「あうあー」


もう一回、ちょっと強めに。すると、ひょこっと視界の上から顔が覗き込んできた。


「……?」


子供だ。え、子供?数秒見つめ合う。向こうも無言、俺も無言。いや俺は喋れないけど。年は小学生くらいか?でも妙に痩せてる。頬こけてるし、腕も細い。服もボロボロで汚れてる。……なんか思ってた普通の家じゃないなこれ。


「……あーう?」


とりあえず鳴く。ここどこ?お前誰?って意味を込めて。もちろん伝わらないけど。子供は一瞬目を丸くして、それから「……!」って顔して、ばっと走っていった。


「……あ?」


え、行くの?説明とかないの?取り残されたんだが。まあ赤ちゃんに説明しても仕方ないけどさ、もうちょい何かあるだろ普通。


静かになる。ぱち、ぱち、と火の音だけ。……嫌な予感してきた。さっきの子の見た目、どう考えても裕福な家庭じゃない。むしろ真逆。これ、もしかして――


――ざっ。


足音が重い。ゆっくりじゃない、迷いのない足音だ。昨日の記憶がよぎる。ああ、来た。


ざっ、ざっ、と近づいてきて、影が視界を覆う。でかい顔が降りてきて、俺を覗き込む。


「……」


うわ、怖っ。第一印象はそれだった。目つき悪い。ガチで悪い。髭もあるし、全体的に近づいたらヤバい大人って感じがする。完全に善人の顔じゃない。いや昨日助けてもらってる時点で善人寄りではあるんだろうけど、それでも怖いもんは怖い。


「……」


めっちゃ見てくる。こっちも見返すしかない。気まずい。


「あーう」


とりあえず鳴く。赤ちゃんとして正しい対応のはずだ。すると男は少し目を細めて、何か言った。


「……――――」


……分からん。


ちゃんと“言葉っぽい”のも分かる。でも意味が一切入ってこない。完全に未知言語。


「あーう?」


一応返事してみる。意味はない。ただの反射。男は少し眉をひそめて、また何か言う。


「……――」


……いや無理無理。翻訳機能とかないのかよ。異世界転生の標準装備じゃないの?


「……」


数秒、無言で見つめ合う。いや正確には向こうは何か言ってるかもしれないけど、俺には全部「――――」だ。完全にコミュニケーション崩壊してる。


男は小さく舌打ちして、視線を外した。それから暖炉の方を見て、火の様子を確認する。で、また俺を見る。


「……」


何か考えてる顔だ。……あー、これ完全に“面倒なもん拾っちまったな”って顔してるな。言葉は分からんけど、表情でなんとなく分かる。


「あーう」


一応もう一回鳴く。とりあえず生きてますアピール。すると男はまた何か言ってきた。


「……――――」


……うん、やっぱ分からん。


でも、声のトーンはさっきよりちょっとだけ落ち着いてる気がする。怒鳴ってる感じではない。たぶん状況確認とかしてるんだろうな。


「……」


改めて考える。この場所。火がある。子供がいた。しかもあの子、明らかに栄養状態が良くなかった。服もボロいし、つまりここは“普通の家”じゃない可能性が高い。この世界の普通とか知らんけど。



男を見る。相変わらず目つき悪いし、雰囲気も怖い。でも――昨日、俺を拾った。あの雨の中で、わざわざ外に出て。


「……あーう」


……まあいいか。少なくとも、見捨てられるよりはマシだ。あのままだったら確実に死んでた。


男はそんな俺を見て、ぼそっと何か言った。


「……ルクス、――」


……あ、今の分かった。“ルクス”。俺の名前だ。そこだけは聞き取れる。


「あーう」


一応返事。名前呼ばれたっぽいしな。すると男はほんの一瞬だけ、ほんとに一瞬だけ、目の奥の険しさが緩んだ……気がした。たぶん気のせいかもしれないけど。


すぐにいつもの顔に戻って、また何かぶつぶつ言う。


「……――――」


意味は分からない。でもそのまま、暖炉の火を少し強くした。


……ああ。


言葉は通じないけど。


こいつが、俺を助けたってのは――間違いないらしい。


***


半年が経った。成長したことで俺もはいはいができるようになり移動出来るようになった。これが自分で自由に動ける感覚か…。いやマジで感動する。今までずっと「運ばれる側」だったからな。自分の意思で進めるってだけで、世界の広さが一気に変わる。


自由にこの屋敷を探検できるようになって分かったことがある。ここはどうやら孤児院らしきところらしい。それを証明するかのようにこの屋敷には数十人の子供がいた。年齢はバラバラ、小さいのから大きいのまでいる。ただ――全員、貧相だ。服はボロいし、体も細い。栄養足りてないのが一目で分かるレベル。


窓の外を見ると、子供が農作業をしてたり、荷物運んだりしているのも見える。あー……なるほどな。そういうタイプか。保護する場所じゃなくて、働かせる場所。まともな孤児院じゃなさそうだ。この世界の基準は知らんけど、少なくとも“優しい施設”ではないのは確定だな。


この屋敷を取り仕切ってるのはエドガーという人だ。多分俺を拾ってくれた人。言葉はこの半年で単語はわかるようになった。さすがにずっと聞いてれば多少は覚える。“水”とか“飯”とか“来い”とか、生活に直結するやつからだな。エドガーの名前が分かったのもこれが原因だ。


エドガーは見た目通り横柄な性格だった。子供にはいつも命令して自分は朝っぱらから酒を飲んで、夜には女を部屋に連れ込んでいる。いや元気だなオッサン。子供がミスすりゃあ普通に暴力。躊躇とかない。ガキ相手に容赦なし。見てて気分いいもんじゃないが、止められる立場でもない。


俺はまだ殴られていない。そりゃそうだ、殴られたら死ぬし俺。というか今のところは特別扱いに近い。赤ん坊だからってのもあるが、少なくとも飯は回ってくるし、暖炉の近くに置かれることも多い。最低限、生かす気はあるらしい。


今は何不自由なく育てられてる。……いや、“何不自由なく”は言い過ぎか。1つ不満があるとしたら乳母の乳を飲む時、汚物を見るような目で見てくることだ。いや分かるよ?俺も内心ちょっと複雑だし。でもその目はやめろ。こっちも仕事で飲んでんだよ。


まぁ数日前にその女はエドガーに叫んだきり来ねぇけどな。何言ってたかは全部は分からなかったけど、「おかしい」とか「普通じゃない」みたいな単語は聞き取れた。あー、俺のことね。知ってる。自覚ある。


今は別の方法だ。濡れたパンくずを口に突っ込んでくる。……うん。雑。めちゃくちゃ雑。でもまあ、生きるためだから文句は言わん。むしろこれで半年生き延びてる俺を褒めてほしい。


***


――それから、さらに時間が経った。


気づけば、俺は一歳半になっていた。誕生日なんて分かるわけないが、体の成長的にたぶんそれくらいだろう。


そして――ついに。俺は二足歩行を手に入れた。


「……お、お……」


ふらつく。めちゃくちゃふらつく。ちょっとした段差で普通に転ける。というか何もなくても転ける。だが、それでもいい。


立って歩ける。自分の意思で前に進める。


「……あ、あー……」


一歩。もう一歩。


――こけた。


痛い。普通に痛い。でも、それすらどうでもいいくらい、今は楽しい。はいはいとは比べ物にならない。視界が違う。世界の高さが違う。


「……っ」


よし、もう一回だ。何度でもやる。転けてもやる。ここまで来たら止まる理由がない。


――ただ。


「……」


視線。気づけば、また見られている。


エドガーだ。


いつの間にか近くにいて、腕を組んでこっちを睨んでいる。いやほんとこの人、なんでこんな頻繁に俺のとこ来るんだ?他の子供は外で働かされてるのに、こいつだけ暇人すぎない?


「……」


目が合う。逸らさない。いや逸らせない。怖いから。


「……あー」


とりあえず鳴いてみる。誤魔化し。赤ちゃんムーブ。エドガーは何も言わず、じっと見てくる。


……やりづらい。


めちゃくちゃやりづらい。


せっかく歩けるようになって、自由に探検できるようになったのに、こいつに見られてると全部制限かかる感じがする。監視カメラ付きの人生かよ。


「……」


まあいい。今はそれよりも――やるべきことがある。


言葉だ。


この半年でだいぶ分かるようになった。聞くのはほぼ問題ない。簡単な会話なら、何言ってるかは理解できるレベルだ。


そして――話す方も、いける。


完璧じゃないが、単語くらいなら出せる。


「……」


俺は視線を外して、棚の方を見る。


そこにある本だ。


ボロボロだが、確かに“文字”がある。


この世界で生きていくなら、これは必須だ。会話だけじゃ限界がある。知識も、情報も、全部そこに詰まってる。


……やるか。


俺はふらつきながら歩く。転けそうになりながらも、なんとか踏ん張って、棚の前にたどり着く。


そして――振り返りエドガーを見る。


「……えどが」


声に出す。ぎこちない。発音も怪しい。でも、確実に言った。


エドガーは一瞬、固まった。


「……は?」


そりゃそうだろうな。今まで「あーう」しか言わなかった赤ん坊が、いきなり名前呼んだんだから。


「……えどが」


もう一回。確認の意味も込めて。


エドガーの眉がぴくっと動く。


「……今、何つった?」


……お、いい反応。


伝わってる。だが、ここでミスると台無しだ。慎重にいく。


「……ほん」


指差す。本を。


「……ほん」


繰り返す。単語だけでもいい、伝えたいのはこれだ。エドガーは数秒、俺と本を交互に見て――


ふっと、口の端を歪めた。


「……はは、マジかよ」


おい笑うな。こっちは必死なんだぞ。

エドガーは頭をかきながら、小さく舌打ちして


「おい!」


怒鳴った。


びくっ、と近くにいた子供が跳ねる。


「は、はい!」


声が震えてる。完全に怯えてるな。

エドガーは顎で俺を指しながら、面倒くさそうに言った。


「そいつに……読み聞かせとけ……」


「え?」


「……あ?」


低い声で、一瞬で空気が凍る。


「い、いえ!やります!」


子供は慌てて本を掴んで、俺の方に来た。


……よし。


第一関門突破。


俺は自分で歩く。まだ危なっかしいが、ちゃんと足を動かして、その子の隣まで行く。


そして――座る。子供も恐る恐る座って、本を開いた。


「えっと……これは……」


たどたどしい。


でも、ちゃんと“音”になっている。


俺はそれを聞きながら、指で文字をなぞる。


……なるほど。これが、この文字でこの音になるのか。


一致していく。


頭の中で、どんどん繋がっていく。


「……」


楽しい。純粋に、楽しい。


理解できる。世界が広がっていく感じがする。


気づけば――


「……これ、は……」


口が動いていた。


無意識に理解した音を、そのまま出していた。


しかも日本語で。


「おい、やめろ」


低い声。


一瞬で、現実に引き戻される。


「……っ」


やばい。空気が変わった。


エドガーがこっちを見ている。


「……なんだ、それ……」


完全に怪しまれてる。


心臓がドクン、と跳ねる。


……まずい。


バレたか?


転生者ってことが?

いや、でもこいつがそんな概念知ってるか?分からない。でも“普通じゃない”とは確実に思われた。


……誤魔化せ。


今すぐ。


「……あー……」


口を開けて、間の抜けた声を出す。

視線もぼやけさせる。理解してない赤ん坊のフリ。


数秒の沈黙のあと


エドガーはじっと俺を見て――


「……気のせいか?」


呟いた。


……よし。


セーフ。


ギリギリ、セーフ。


エドガーがバカで助かった。内心めちゃくちゃ冷や汗かいてるけど、顔には出てないはずだ。たぶん。


エドガーは鼻で笑って、興味を失ったように視線を外した。


「……くだらねぇ……」


そう吐き捨てて、どこかへ行った。


「……」


助かった。マジで助かった。あと一歩で詰んでた気がする。


「……」


でも。


収穫はデカい。文字はいける。

ちゃんと覚えれば読めるようになる。


つまり――


この世界の知識に、手が届く。


「……」


俺は本を見つめる。


ボロボロで、汚れてて、価値なんて無さそうな一冊。でも今の俺には――


宝物みたいなもんだ。


「……よし」


小さく息を吐く。


まだ弱い。まだ何もできない。


この場所から出る力もない。


でも――


確実に、一歩進んだ。


「……」


こんなところで終わるつもりはない。


絶対にここを抜け出して、もっと上に行く。


成功してやる。


――この世界で。

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