デジャブ
「本気で斬りかかって来いって言ったよな?そんなんじゃ、ゴブリン一匹狩れやしないぞ。」
「はい!」
大きく返事をしたコガネは、瞳の奥に闘志を燃やし、剣を構えた。
コガネは、目を瞑り、精神を集中させる。
荒ぶった心は、そのままに――。
すると、コガネの周りに優しい風が、軽く舞い上がった。コガネのスカートの裾と、さらさらとした金色の髪が、優しい風と踊り始める。
少し薄いが、黄金色のオーラが下から上へと、幾つもの細い光の柱となって湧き上がった。
「お、いい感じに空気が変わって来た。少しは、楽しめそうだな。」
おれの心は、ワクワクしていた。コガネの次の行動が楽しみだ。
おれは、もたれ掛かかった壁から背中を離し、良く見ようと背中を伸ばす。
コガネをじっと見ると、何故か解析が発動した。眼鏡を掛けっぱなしにしていたせいかもしれない。
これまでも、たまに力が入りすぎて、スキルを発動しそうになった事はあったが、発動してしまったのは初めてだった。
『 名前:コガネ 天賦:△○□―― 』
「こっこれは!?」
おれは、この現象を、以前に一度だけ見たことがあった。
そう、夢にまで見る、ルークのあの背中だ。
おれが驚いていると、再び戦闘が始まった。二人の戦いは、おれのことを待ってはくれなかった。
コガネがシグマに素早く突っ込んで、斬りかかった。
シグマは、難なくブラシで受け止める。それからシグマは、楽しそうに金色のオーラを目で追った。
コガネの斬撃が、シグマのモヒカンを掠める。
シグマは、ブラシで剣を受けるのを止めた。コガネが剣を振ると、それを目で追いながら擦れ擦れで躱す。
それを何度も繰り返す。
人間技では無いその動きを見ながら、おれは、左手を伸ばして力を込める。
戦いの最中だが、確認しなければならなかった。それが、二人の邪魔になろうとも――。
『 解析! 』
コガネに焦りが見えた。
本気で狙っているのに、全く当てられない。彼女は、もどかしいその気持ちに、早く終止符を着けたかった。
その時、シグマの視線が道具屋の方へ向いた。
おれの解析の力を感知したのだろう。悪いとは思ったが、おれは、力を緩めなかった。
コガネは、その隙を突き、大振りの縦斬りを放った。
『 名前:コガネ 天賦:勇者 』
その瞬間、シグマが彼女の目の前から消えた。
コガネの決死の一撃は、空を斬り地面へと突き刺さった。
消えたシグマは、コガネの真後ろに立っていた。シグマは、コガネの頭に、大きな手をそっと載せて言う。
「よし。終了だ。」
コガネは、震える指をゆっくりと開き、剣を地面へ落とした。カラリと金属音が地面を打つ――。
「先生。どうだった?コガネの動きは?」
シグマが、コガネの頭に手を置いたまま聞いている。
しかし、おれは、解析で視た情報で、頭が真っ白になってしまっていた。
――勇者…。
「おい、先生。聞いてるか?…駄目だなこりゃ。――って、おい!?」
シグマは、上の空のおれから、コガネへと視線を戻すと、慌て始めた。
「なんだ?泣いてんのか?」
シグマが、コガネの頭を撫でながら、顔を覗き込んだ。コガネは、溢れ出る涙を、指で拭っていた。
「ひっぐ。だって…ぐすん。全然つうようしなかった…ひっぐ。わたしじゃ…冒険者になれないんでしょうか…。」
悔しい思いを、必死に我慢する彼女の目からは、拭いても、拭いても、涙が溢れ出る。
ぱち、ぱち、ぱち。
そんな彼女の周辺から、手を叩く音が聞こえてくる。
――一人、二人と。次第に増えていく拍手の数に、コガネは、何事かと顔を上げた。
「きみ!凄かったよ!」
向かいの倉庫番の男性が、興奮した笑顔で言った。
隣りで拍手をしていた警備の兵士が続く。
「ああ、シグマさん相手に、物怖じせず突っ込むなんて、誰にでも出来る事じゃないぞ。」
コガネは、彼らの台詞に赤くなった目を丸くした。
すると、周りで観ていた観客たちが、コガネへ集まって来て、次々と称賛を贈る。コガネとシグマは、瞬く間に取り囲まれてしまった。
「俺たちなんて、最初の一発でやられてらあ。」
「いやー、いいものが見れた。」
「いつか、あの化物を倒してくれよ!」
「そうだそうだ!」
聞き捨てならない言葉に、シグマが反応した。
「おい!誰が化物だって!?今言った奴、出て来い!」
「――やっべ!」
「解散だ!」
危険を感じた男達は、散り散りになって去って行く。それぞれの仕事に戻って行ったようだ。
空の上から帰って来たおれは、放心状態のコガネへ優しく声をかける。
「これは、合格ってことみたいだな。」
コガネは、自分の耳を疑っている。
「え…。いいんですか?」
すると、シグマがコガネの真横に戻ってきた。
「ああ、合格だ。今日からコガネも、晴れて先生の弟子だ。冒険者のいろはを、色々と教えて貰えよ。」
シグマは、気合いを入れる様に、コガネの背中を叩いた。コガネは、反動で背中を真っ直ぐにした。
「はい!シグマさん。ありがとうございます!」
「え?おれは、許可した覚えないぞ?どうするんだよ。」
おれは、シグマに訴えかけた。
シグマは、不思議そうな顔をおれに向けてきた。
「先生、聞いてなかったのか?」
「なにを?」
「コガネは、上の人間なんだぞ?」
「だから、なんだって言うんだよ?」
シグマが言っている意味が、全く理解出来なかった。
シグマは、おれの返答を聞いて、首をガックリと下げた。
「はぁ〜。先生にしては、察しが悪いな。コガネは、冒険者のことだけじゃなく、地上の事を全く知らないってことだよ。」
――いや、そんな訳…あるのか?
おれは、シグマの話が悪い冗談か何かだと思いたかった。
そして、シグマは、話を続けた。
「しかも、家を出て来たって言ったよな?今晩は、どこに泊まる予定なんだ?」
「はい。しばらくは、宿で部屋を取って暮らそうかと。大丈夫です!ちゃんと、安くて良さそうな宿屋を、事前に調べて来ましたから。ずっと夢見てきた、地上での暮らしです。その点は、抜かりないですよ。」
コガネは、赤く腫れた目で、ニコリと笑って見せた。下調べをしてきて、自信満々なようだ。
しかし、シグマの反応は、彼女の予想とは違った。
「これだぞ?」
と、シグマが呆れた顔で、おれに同意を求めた。
この反応に、コガネは不満を持ったようだ。シグマの顔を覗いて、問いただそうとする。
「なにか問題でも?お金の心配ですか?手持ちは、そんなに多くはないけど…。多少は持ってますよ。」
シグマは、大きく首を振った。
「パーティーならまだしも、女の子が一人で安宿なんてな。すぐに身包み剥がされて、どこかに売られるぞ?」
シグマの心配を他所に、コガネは、笑いを堪えきれずに吹き出した。
「シグマさん、驚かせようとしているでしょ?そんな悪人、いるわけないじゃないですか。」
「いるから倉庫番やら、警備の兵士がいるんだろうが!っな!先生!上の奴らが、どんだけ平和ボケしてるか、分かるだろ?」
シグマは、凄い剣幕で、おれに訴えた。
おれは、シグマがこんなにも頭を抱える姿を、初めて見たかもしれない。
「彼女とパーティー組む上に、うちへ泊めろって?」
「分かってるじゃないか。」
今度は、察しがいいな。と、言わんばかりの表情で、シグマがこちらを見てくる。
しかし、おれにも仕事ってものがある。無理な相談だ。
「店は、どうするんだよ。店も畳めって言うのか?」
「店番は、おれが手配しといてやるから、任せろ。」
おれは、シグマが親指を立て、白い歯を向ける姿を見て、察しがついてしまった。
「シグマ…謀ったな!初めから、こうするつもりだっただろ!」
コガネと手合わせする前には既に、シグマの頭の中で計画が練られていたはずだ。
店番を手配する宛まで、考えていたのだ。どう転ぼうとも、結果は、既に決まっていたという訳だ。
「まあまあ、先生。落ち着いて。」
なだめるシグマに憤りを感じるが、もう怒ったところで仕方がなかった。
「分かったよ。とりあえず、中に戻ろう。」
「…いいのでしょうか?」
コガネは、心配そうにシグマに聞いた。
迷惑ではないだろうか?そう考えているコガネに、シグマはこっそり伝える。
「ああ見えて内心、嬉しがってるんだぞ。」
シグマの頬が自然と上がる。
「そうなんですか?」
っと、コガネは眉を上げた。
「最近は、店番にも飽きて、退屈していたんだ。今日もオレが来るまで、魂が抜けた様に干乾びてたしな。」
シグマは、そう言ってクククと、静かに笑っていた。
「聞こえないところで、言ってくれるか?」
図星だったことがバレたのか、二人は顔を見合わせて笑っていた。
そうして、静かだった道具屋に、暖かい笑顔が溢れた。




