登龍門
道具屋の前の静かな大通りでは、少し遅い昼休憩を終えた兵士たちが、点々と歩いていた。
手押しのカートで、荷物を運んでいる人もいれば、大きな足が虫の様に動く巨大な箱を、先導している人もいる。
息抜きで倉庫から出てきている作業員もいるが、この時間のほとんどの作業員は、中でせっせと働いているはずだ。
そんな倉庫の立ち並ぶ大きな道のど真ん中で、空気も読まずに突っ立っている褐色の男がいた。
遠くからでも分かるほど鍛えられた筋肉で、店の床を磨くためのデッキブラシを肩に抱えたシグマは、空を見上げてコガネの登場を待っていた。
おれとしては、ブラシより箒を使ってくれた方が有り難いのだが、シグマも集中しているのか、物思いに耽っている。
シグマが何を考えているのかは知らないが、おれは、店の壁にもたれ掛かり、それを大人しく見守ることにした。
そうしているうちに、すぐに店の扉が開いた。
店の扉の鈴の音に反応して、シグマが振り向く。
「お、出てきたな。いい顔つきだ。覚悟は出来ているみたいだな。」
「はい。」
コガネは、鞘に入った剣を片手で掴み、緊張の色を見せながらも、真剣な趣きで現れた。
コガネも道のど真ん中で、シグマと距離を取って立ち止まる。白い制服の青い裾が、風でなびく。
「やっと、卒業して、家を出て。やっと、地上まで降りて来たんです。私は、冒険者になりたい!」
コガネは、自身の決意を口に出した事で、感情が目に見えて熱くなった。そして、その感情を抑えるように、鞘に入った剣を前に掲げて、横にゆっくり引き抜いた。
「ならここで、しっかりと実力を見せ付けることだ。泣きべそ掻いて、上に帰ることにならないといいな?」
シグマが余裕そうに、ブラシの持ち手で肩を叩いている。
そこで、大通りに居る人達が、二人の存在に気づき始めた。
「お、何か始まりそうだぞ!」
一人の男性が、大きな声でそう言うと、他の人達も興味を示して集まり始めた。
「なんだ、なんだ?」
「あれは、ファーストのシグマさんじゃないか?」
「決闘か?向かいのあの子は、誰なんだ?」
大通りが騒がしくなってきた中、周りの様子を気にも留めず、シグマが大きな声でコガネに言う。
「それじゃあ、始めるぞ。殺す気で斬りかかってこい。いいな?」
シグマがデッキブラシを、くるくると振り回して構えた。
コガネは、左手で鞘を道の脇へ投げ捨てる。
「はい!」
右手で剣を軽く振ってから、左手を右手に添えた。
剣を構えるコガネの綺麗な青い瞳は、曇りなくシグマを一点に捉え続ける。
その瞳の中のシグマが、オレンジ色の立髪を揺らしながら叫び始める。
「――はああああ!」
シグマが構えたまま胸を張り、腰を低くくして、体に気合いを込め始めた。
『 狂心凶乱 』
シグマの体の周りに、強烈なオーラが発せられる。
そのオーラの量は、常人の域を遥かに超える。ファーストの冒険者の肩書きは、伊達ではなかった。
――初っ端から飛ばすなぁ。
天まで届きそうなシグマのオーラに、おれは舌を巻いた。新人相手でも、手を抜かないという意思表示だろうか。
これだけ観客が居るんだ。早い決着に、ならないと良いが…。
「すっ凄いオーラだっ!」
一人の男が叫んだ。
嵐の様な暴風が、観戦者たちの顔に吹き付ける。観ている者のほとんどが、顔を手で守り、戦いを見逃さないよう必死に目を開く。
暴風は、砂塵となり大通りを駆け抜けて、一瞬で消え去った。
「いくぜっ!」
シグマがそう合図をして、コガネに向けて駆けた。
嵐が過ぎ去ったと思えば、次は攻撃の嵐がコガネに襲い掛かる。シグマがブラシを、コガネに振るう。
単なるデッキブラシの攻撃が、巨大なハンマーでも振り下ろしているかの様に思える。
コガネは、シグマの動きをよく見て、剣で攻撃を受け流していく。ただの木の棒のはずなのに、鉄の剣で傷ひとつ付けられない。
簡単に折れたっておかしくないデッキブラシは、シグマの纏うオーラによって守られていた。
おれは、コガネの心配よりも、コガネが攻撃を受け流す度に、抉れる地面の心配をしていた。
”それ、誰が直すんだよ!“
「オラオラ!逃げてばかりじゃ駄目だぜっ!?」
シグマが、ブラシを地面に叩きつけ、地面にひびが入る。
「くっ。」
っと、苦しい声を上げ、身構える。
コガネは、必死に攻撃を受け流した後、我武者羅に剣を振るった。その攻撃は、踏み込みも、狙いも、何もかもが甘かった。
シグマは、その剣撃に合わせるように、デッキブラシを大振りに振り抜いた。
バシッ!
シグマの攻撃のあまりの重さに、コガネは剣ごと吹き飛ばされる。
「きゃあ!!」
ホームから一塁ベースの距離を転がったコガネは、まだアウトにはなっていないようだ。
彼女は、白い靴下の汚れを、手で掃いながら立ち上がる。
「本気で斬りかかって来いって言ったよな?そんなんじゃ、ゴブリン一匹狩れやしないぞ。」
「はい!」
大きく返事をする彼女の目は、まだ諦めていなかった。
あまりの実力差に、断念してもおかしくない状況だ。それでも、まだ立ち向かおうとするコガネの姿を見て、おれは、昔を思い出した。
おれも昔、村の年長者によくいびられたものだ。ボコボコにされても、ルークと二人で何度でも立ち向かった。
おれは、諦めたかったけど、ルークが先に立ち上がって構えるのだ。そう、今のコガネの様に。
おれは、ルークとコガネの姿を、重ねて見ていた。天賦が同じ剣士って事もあるが、何にも考えて無さそうな所が似ていた。
ルークなら、このまま終わったりはしない。彼女は、どうだろうか?
さあ、ここからどうなるのか。実物だな。
おれは、いつの間にか二人の戦いに、惹き込まれていた。




