大人の仕事
――そして、時は舞い戻る。
『 道具屋・絶版 店内 』
おれは、店のカウンターに顔を乗せ、コガネの話へ耳を傾けていた。
彼女の話は、色々と美化されている気がしたが、シグマは、読み聞かせて貰っている子供みたいに、目を輝かせながら話を聞いていた。
「へえ。先生、意外と真面目に、人助けしてたんだな。」
コガネの話がひと段落したところで、シグマが感服した。
「そりゃな。当時のおれは、真剣だったからな…。」
コガネを助けた時の事は、おれも覚えている。
実際は、あんな連携攻撃をしてくるとは思わず、まんまと罠に掛かった。しかも、糸は、偶然どうにかなっただけ。
あの後、自分の軽率な行動に深く反省した。だから記憶に、ぼんやりと残っていた。
まさか、あの時の子が訪ねてくるとは…。
実は、運が良かっただけでした。とか、口が裂けても言えないな…。
おれは、彼女が話す思い出話を、汚さないように黙っておくことにした。決して、恥ずかしい訳ではない。
コガネの話が続く。
「それから、しばらくして、ニュースの記事でレッドさんが、冒険者のコウ…だと知りました。だから、コウが、冒険者を辞めちゃったことも知ってる…。」
彼女は、そこで少し間を置いた。
おれは、ニュースの記事という部分に何か引っかかりを感じたが、口を挟まず見守った。
彼女は、何かを思い詰める様な表情をしてから、再び口を開く。
「なぜ、辞めてしまったのかは、知らないけど。逆にチャンスだと思ったんです!一緒にパーティーを組んで、冒険が出来るんじゃないかって!」
そう、勢い良く自身の思いの淵を語った彼女に対して、シグマが簡潔に要約する。
「要するにだ。先生に一目惚れして、付き合いたいと。」
シグマの言葉に、コガネは慌てふためいた。
「/// ///。違います!何も分からないから、教えて欲しいんです!」
「それなら、ここに居るシグマとか、他にも腕の良い冒険者がごまんといるよ。別におれでなくても、いいだろ?」
おれは、顔を真っ赤に染めているコガネに提案した。
すると、彼女は、しょんぼりと顔を沈めた。
彼女にどんな思いがあるとしても、その方が絶対にいいはずだ。こんな引退した道具屋の店主に頼む彼女は、正気ではない。
腕の良い元ベテラン冒険者ならまだしも、おれは、冒険者の才能が無いと思って、早々に辞めた男だ。
コガネが思い描く未来がどんな物であれ、その軌道を正しい道へ導く事が、大人の仕事だろう。
大人と言っても、そこまで歳が離れている訳ではないのだが――。
「いや!コガネ!先生に目を付けるなんて、素晴らしいぞ!なんたって、おれをファーストのゴールドランクまで、鰻登りに上げた男だ。」
なんと、そこでシグマが、おれの大人の仕事をぶち壊した。
シグマは、自慢げに胸を張り、鼻を高くしている。
「は?いやいや、おれは、何もしてないぞ。こいつのただの実力だ!騙されるなよ?」
おれは、カウンターに手を突き、前のめりになって全力で否定した。
コガネは、驚いた顔をして身を引いている。
シグマが、そんなコガネに真剣な顔を向ける。
「ただ…。」
今までヘラヘラしていたのが、嘘みたいな表情だ。
「ただな。先生の弟子になると言うのなら、それなりの実力がないと駄目だ。」
シグマは、腕を組み、ドンと構える。
おれは、嫌な予感がして止めようと手をかざす。
「お、おい…。」
しかし、そんなおれを無視して、二人の会話が進み出す。
「この五年間、私なりに鍛錬を積んできました。戦闘には、それなりの自信があります。」
キリッとした表情で言うコガネに向かって、シグマが指で示す。
「なら、そこから好きな武器を選ぶといい。先生に代わって、おれがおまえの実力を、試してやろう。」
シグマの指の先には、剣や槍といった武器が、適当に入れられた樽がある。
樽には、『ALL100―。』と書かれた値札が貼られている。倉庫警備の兵士たちが、緊急時に買って行く安物の武器たちだ。
「シグマ?それ売り物なんだけど…?」
だが、おれの声は、二人に届いていないらしい。
「冒険者になるための、登龍門というやつですね!本で読みました!」
と、嬉しそうにコガネは言う。
「いやいや、どんな本読んだんだよ。そんな話、聞いた事ないって…。」
おれは、一応ツッコミを入れた。
「そういうことだ。覚悟が出来次第、表へ来な。おれは、外で待っている。」
「分かりました!」
コガネが元気に返事をすると、シグマは背中を向けて、店の外へと歩き出した。
「本当にやるのか?さっきも言ってたけど、シグマは、ファーストだぞ?」
おれは、心配になりコガネに声をかけた。
その発言を聞いたシグマが、おれを無視するのを辞めて注意する。
「先生。あんま水を差さないでやってくれよ。この子の人生が懸ってるんだ。」
「え。おれの人生は…?」
シグマの顔は見えないが、背中が笑っている気がする。
シグマは、おれの質問には答えず、そのまま店の外に出て行ってしまった。
おれは、仕方なく、この流れを受け入れることにした。
「はぁ…。いいよ。好きな武器持って行きな。道具屋だから、性能は期待しないでくれよな。」
「じゃあ、これにします。」
コガネは、樽に入っている三本の剣の中から、一本を抜き取った。それから、剣を掲げて刃を眺め、握りを確認する。
おれは、そんなコガネの姿を良く観察する。
細い腕に、細い足。出る所は、ちゃんと出ている。いかにも、女の子らしい体形だ。
しかも、スカートで。本当にあのシグマと戦えるのか、こっちが不安になる。
そう言えば、彼女は手ぶらだった。それに、卒業してそのまま来たとも言っていた。
どこかに武器や荷物を置いて来ているのだろうか。
「一応、天賦が何か聞いてもいいか?」
おれは、剣を前にして構えるコガネに聞いてみた。
「剣士ですよ。私の調べが、”間違ってなければ“ですが。」
「ん?どういう事だ?一応、視させてもらっていいか?」
おれは、首を傾げた。
生きていく上で、何よりも重大な天賦だ。間違いがあっては為らないだろう。
「ええ。どうぞ。ネオトーキョーに、ジョブなんて気にしてる人、ほとんど居ませんよ。」
――ふ〜ん。天賦を気にしないねぇ。じゃあ、どうやって生活しているんだ?
おれは、そう思ったが、上の偉い人達の考えなんて、おれに分かる訳がない。
それに、どこかでそんな話を、小耳に挟んだことがあった気もした。おれは、すぐに考えるのを止めてしまった。
「へー。そうなのか。では、お言葉に甘えて、解析。」
おれは、コガネに向けて、軽く指を鳴らす様に唱えた。彼女のスタイルの良いフォルムが、光の線となり脳裏に構成されていく――。
『 名前:コガネ 天賦:剣士 』
上空都市の住人には、二つ名の様な苗字と呼ばれる物があるらしいが、それは、この眼鏡の力を持ってしても、視ることが適わなかった。
「剣士で間違いないみたいだぞ。戦闘職か、羨ましいな。」
天賦は、戦闘職と非戦闘職の二種類に大きく分けられる。その中でも、戦闘職は数が少ない。多く見積もっても、全体の三割程度だろう。
冒険者をやっていると、ほとんどの人が戦闘職で忘れがちだが、冒険者自体がマイノリティーなのだ。
冒険者協会に溜まっていたり、問題行動を起こしたりと、目立っているだけで、別に群を抜いて多いと、いう訳ではない。そう見えるだけだ。
そんな冒険者の中でも、剣士や魔法使いは花形だ。誰もが羨む職業と言うやつだ。
「そんなに早く、分かるものなの?」
コガネは、開いた口を隠しながら、こちらを眺めていた。
「ああ。これくらいはな。視る人によっては、年齢とか骨格まで、くっきり視えるらしいぞ?時間は、多少掛かるだろうけど。」
おれがそう教えると、コガネは、身体を隠すようにして飛び退いた。
「ええ!?」
「だから、気をつけた方がいい。女性は、特に。まあ、気にしない人も多いみたいだから、注意するほどの事でもないか。」
「そういう事は、使う前に教えてくださいよ!」
恥ずかしがるコガネを一人にして、おれは、先に店を出た。
彼女にも、心の準備という物があるだろう。
これから戦う相手は、その辺りのチンピラとは、訳が違う。大きな、大きな壁だ。




