迷子
「コガネちゃん…。こっちじゃないんじゃない?」
友人のツクシが、心配そうに聞いてきた。
中等部の可愛らしい制服を着た二人は、絶賛迷子中だ。
大通りを歩いていたはずだが、いつの間にか薄気味悪い路地に迷い込んでいた。
ひびの入った壁、穴だらけの天幕、薄暗い中から漂う不思議な煙。人通りがほとんどなく、地べたには、寝転んでいる浮浪者が居る。
「うぅ。そうね。迷っちゃったみたい…。」
コガネは、先生から貰ったパンフレットを見ながら、悲しそうに言った。
引っ込み思案のツクシの為にも、私がしっかりしないと。
コガネは、自分に言い聞かせた。
「でも、きっと大丈夫よ。もう少し行って、誰かに聞いてみましょ。」
そう言ってツクシに笑顔を向けるも、ツクシは、今にも泣きそうな顔をしていた。
そんなツクシの顔を見ると、コガネまで泣きそうになる。コガネの笑顔が、紙くずの様にクシャクシャになった。
「…うん。でも、誰に聞くの…?怖そうな人ばかりだけど…。」
ツクシは、コガネの腕にしっかりとくっ付きながら、辺りの様子を伺っている。
「駄目よツクシ。人を見かけで判断し…ては…。」
そうは言ってみたものの、周りには、ボロボロの服で横たわっている人や、不気味な歯の抜けた笑みで、こちらを見てくる怪しい人ばかりだ。
「そうだけどぉ…。」
ツクシは、か細い悲鳴を上げた。
二人は、社会科見学の最中に、スラム街に迷い込んでしまったのだった。
二人が、おどおどしながら歩いていると、そこに正面から、三人の柄の悪そうな男達がやって来た。
三人が、二人の行く手を阻む。
悪党の山の様な影が、二人に覆い被さった。
「え…。」
ツクシが、ベレー帽を被った栗色の頭を上げて、その影の正体を見上げた。
”小柄“の男がナイフをチラつかせながら、真ん中にいる巨体の大男に話しかける。
「こいつら、上の学生たちですぜアニキ。この時期、よく降りてくるんスよ。」
巨体の男は、大きな手斧を肩に乗せ、豚の鼻を鳴らす。
「ほーう。おかしいな。こんな場所で、金の匂いがするぞ。」
そう言って、コガネを見下ろしながら、不気味に笑う。
「通して下さい。私たち急いでいるので。」
コガネは、手を握り締め、恐怖を我慢しながら威勢を張った。右腕を握られる力が、強くなるのを感じる。
「コガネちゃん…。」
震えた声で名前を呼ぶツクシ。
コガネは、彼女を落ち着かせる。
「私に任せて、下がってて。」
その発言を聞いた、ボロボロのローブを身に纏った”細身“の男が前に出た。杖を掲げながら、首を傾げる。
「何を任せるんだ?お嬢さんたち。大人しく、一緒に来て貰おうか。」
”細身“が、杖を持たない方の手を、コガネへと伸ばした。
パシッ!
コガネがその手を払い退けた。
「触らないで下さい!」
「おら、優しく言っているうちに、大人しくついて来た方が身の為だぜ?ぐははは。」
巨体の親玉らしき男が、豪快に笑う。
“小柄”が警告してくる。
「アニキを怒らせると怖いぞー。」
「うぅ。」
さすがのコガネも、弱音が出そうだった。
じわじわと近づいてくる彼らに、成す術がない。
彼らが一歩近づく度に、こちらは二歩下がる。
「おい。おまえら、邪魔だぞ。道を開けろよ。」
彼らの後ろから、男性の声がした。
こんな悪党に、そんな台詞を吐く人がいるなんて。余程、腕が立つ人か、彼らより悪党か…。
三人は、自分たちに言われた事だとは、思わなかったようだ。少し間を空けてから、声がする方へと振り向いた。
「ん?なんだぁ?」
そこには、真っ赤なジャケットを着た黒髪の青年が立っていた。ジャケットの裾は、コートみたいに長い。
青年は、ズボンに両手を突っ込んだまま悪態をつく。
「邪魔だって言ってるんだよ。退けよ。」
「なんだガキ。誰に物を言っているのか分かってるのか?」
巨体の男が、斧を青年へ向けて忠告する。
青年は、武器を携帯しているようには見えない。腰の茶色い革のベルトには、剣の代わりに大きな本が取り付けられている。
それを見た”小柄“が、巨体の男へ知らせる。その青年に、心当たりがあるようだ。
「アニキ。こいつ、あれですぜ。最近ギルドで話題のルーキーの一人っスよ。」
「あん?あー、凄腕の剣士がいるってパーティーか。だが、その剣士は、見当らないみたいだが?」
巨体の男にも、思い当たる節があったようだ。周囲を確認し、仲間の存在を警戒した。
だが、青年は、そんな三人を無視して近づいてくる。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだ?ほら、退いた退いた。通して貰うぞ。」
巨体の男の横を、気にせずズカズカと歩いて行く。
これには、巨体の男の癇に障ったようだ。
巨体の男が、斧を高く振りかざす。
「ガキよ。先輩冒険者への態度が、なってないんじゃないか?このマルーン様が、礼儀というものを、その体に叩き込んでやるよ!」
青年の首を目掛けて、斧が振り下ろされた。
ドガーン。
地面がひび割れ粉々になる。
「先輩冒険者って言ったか?嘘だろ?冒険者が、か弱い女の子にちょっかいかける訳ないもんな。チンピラの間違いじゃないか?」
いつの間にか青年は、コガネたちの前に回り込んでいた。ズボンに手を突っ込んだまま、三人を睨みつけている。
「あいつ、なかなかやりやがる。だが、三対一だ。今更、泣いて謝っても許さなねえからな!おまえら、殺るぞ!」
マルーンは、斧を持ち上げて号令を掛けた。
子分たちは、すぐに戦闘態勢を取る。
「へい!アニキ!」
”小柄“は、ナイフを抜き。”細身“は、詠唱を始めた。
『 腕力強化 』
”細身“が、仲間にバフを掛けた。
赤いオーラが、”小柄“とマルーンを彩った。
そこで、青年がコガネたちに声をかける。
「きみたち、少し下がってな。」
「え、でも。私も…。」
自信はないが、加勢しなければ。
コガネは、一歩前へ出ようと、震える足へ力を込める。
「ははっ。こんな奴らに、正義の味方がやられる訳ないだろ?いいから、下がってなって。」
青年は、笑いながらコガネを止めた。
心配と恐怖の色とは裏腹に、コガネには、彼の笑顔がとても輝いて見えた。
彼は、男達の方へ向き直り、手に着けてある指の出たグローブの握りを確かめる。
そこへ、”小柄“が高く舞い上がり、短剣で斬りつけてきた。
「しぇえええ!」
彼は、身を躱し、男の脇腹に回し蹴りを決める。
ばきっ。
”小柄“は、そのまま壁に吹っ飛ぶ。
壁に叩き付けられながらも、”小柄“の口元がニヤつく。
前方を見ると、マルーンが大きな手の平を前に突き出して叫んでいた。”小柄“は、彼の動きを止めるための囮だったようだ。
「かかったな!麻痺粘糸!!」
蜘蛛の巣の様な糸の網が、彼を囲むように飛んでくる。
しかし、彼は、そんな糸のことなど気にすることもなく、マルーンに突っ込んで行く。
「馬鹿が!わざわざ当たりに来るなんてな!」
マルーンは、嬉しそうに笑いながら、彼が糸にかかるのを見守る。
彼は、その糸を払うように左腕を大きく振る。
すると、彼に糸がかかるや否や、糸の網が一瞬で消え去った。
彼が何をしたのか、誰にも分からなかった。
「は!?」
マルーンは、何が起こったのか分からずに動揺した。
もう目の前に、彼が右手の拳を振り上げて、襲い掛かって来ている。
「誰が馬鹿だって!?」
彼は、そう言って右腕に気合いを入れる。
ばきっ!!
彼の拳が、マルーンを撃ち抜き吹き飛ばした。
マルーンの巨体は、地面を二回ほど跳ねながら転がって行った。
「ふう。まだやるか?」
彼に視線を向けられた子分たちは、マルーンを抱えて逃げて行く。
「いや〜、危なかったな。次からは、気をつけよう。」
悪党たちを見送った彼は、後頭部に手を回しながら、一息吐いていた。
「あ、あの。助けて頂きありがとうございます。」
「ありがとうございます…。」
コガネとツクシは、彼に感謝を述べた。
すると、彼は、手の平を前に突き出してこう言う。
「いえいえ。当たり前の事をしたまでですので。」
大袈裟に、ワザとらしく言った彼は、路地の先を指差して話し続ける。
「この道を真っ直ぐ行けば、中心街にでるよ。この辺りは、なにかと物騒だから。気をつけて帰るんだよ。」
それを聞いたコガネとツクシは、顔を見合わせて笑顔になる。
もう一度、お礼を言おうと彼に顔を向けると、彼は既に背中を向けて走り出していた。
「じゃあ、おれは、予定があるんで!」
「あの!お名前だけでも!」
コガネが、彼を止めるように手を伸ばして言った。
すると彼は、笑顔で振り返って親指を立てた。
「正義の味方。レッド!」
そう告げて、彼は行ってしまった。まるで夕日が沈むように、赤いジャケットが暗い路地へと消えた。




