コガネ
「丁度、今話が終わったところなんだ。こちらへどうぞ。」
「はっはい!」
カウンターへと駆け寄ってくる彼女は、この辺りでは見かけない整った服装をしている。一目で、育ちの良さが分かる。
「珍しいね。上空都市から来たのかい?」
おれは、彼女にそう聞いてみた。
このダンジョン都市シュガードの中心にある、大迷宮エンテレケイア。その丁度真上に浮かぶ、上空都市ネオトーキョー。
連合都市国家ゴッタニアの主要都市であり、政府そのものだ。
ネオトーキョーに住む住人たちは、重要な案件や他国との交渉がない限り、ほとんど地上へ降りてくることが無い。一生を、上空で過ごす者も少なくないと聞く。
たまに中央で見かけることはあるが、それも仕事の一環だろう。
彼らは、地上の人々と深く関わろうとしない。彼らの中には、地上の人々を汚い物を扱うように、差別する者もいるくらいだ。
そのせいもあり、シュガードの住民も、彼らと深くは関わろうとはしない。日々の平和を感謝こそするが、それ以上でも以下でもなかった。
お互いがお互いに、溝を作り上げているのだ。
もちろん。みんながみんな、そういう訳ではない。それが、今のシュガードの現状で、常識というだけだ。
「わかりますか?今日、高等部を卒業して、そのまま来ちゃいました。」
そう言う女性は、自身の制服を眺め、恥ずかしそうにしている。
自分が上空都市の人間だという事を、気にする素振りがない。普通ならもっと態度が大きかったり、威張ったりするものなのだが、彼女は違うようだ。
そんな彼女の言葉に、シグマが反応を示した。
「へ〜。上は、卒業式だったのか。」
「高等部?卒業?ああ、学校か!」
田舎の村の出のおれには、学校に縁が無さ過ぎて思いつかなかった。
そんなおれを、シグマがニヤニヤ眺めている。
こいつも学校には、縁が無いはずなのに!おれは、少し悔しい思いをしながら、彼女に問いかける。
「それは、おめでとう。で、こんな場所まで、何かお探しで?」
学校とやらを卒業したら、自由に地上へ降りて来られるのだろうか?
しかも、中心地から遠いうちの店に、園路遥々、上空都市からやって来たのだ。きっと、珍しい物を求めてやって来たに違いない。
おれは、滅多に…いや、ほとんど…いや、全然…いや、まったく売れない本が売れる。そんな予感に、胸が高鳴った。
数ある店の中から、うちを選んだとなると――この本棚に並ぶ中の一冊を求めて来たということか。
「えっと…。」
女性は、もじもじと指と指を合わせた。
女性が恥ずかしそうにして、少し煮え切らない時間が置かれる。
分かるよ。探している一冊を、店員に聞く気持ち。自分の好みを晒している気になって、恥ずかしいものだよな。
おれは、彼女に勝手に共感して腕を組む。優しく微笑んで、彼女が口を開くのを待った。
彼女は、決心を固めたようだ。指を離して、こちらへ顔を向けた。
すると彼女は、バッと勢い良く右手を突き出して、頭を下げた。そして、大声でおれに告げる。
「レッドさん!私とパーティーを組んで下さい!お願いします!」
予期せぬ言葉に、おれとシグマは、度肝を抜かれた。
「レッドさん!?」
おれの名前は、コウ。だが…聞き覚えがある。
シグマにも、心当たりがあったようだ。驚いたようにシグマが言う。
「レッドって言えば、あれじゃないか?昔、先生がヒーローごっこにハマってさ。確か、名乗ってたよな?食い逃げ捕まえたり、盗賊団のアジトに突っ込んだりしてな。」
シグマは、昔を思い出しながら、笑みを浮かべている。
悪夢か何かか?
恥ずかしすぎるだろ。
おれは、自然と顔に手をやりうな垂れた。
「あ…ああ。おれの黒歴史の一つ…だ。」
レッドは、おれのこととして。なぜ、今更その名前を?しかも、パーティーって言ったか?
おれは、顔を上げて彼女の顔を見た。
彼女は、目をギュッと瞑ったまま、手を差し出して固まっている。
「ちょっと、君。急にそんな事言われて、”はい。組みましょう。“っとは、ならないだろ?詳しく話を聞かせてくれないか?」
おれは、彼女の顔を覗き込みながら言った。
なにか、間違いがあるに違いない。
彼女は、おれと目が合うと、赤くなった顔をキョロキョロと左右に動かして慌て始める。
シグマが、気が動転している彼女を落ち着かせる。
「まあ、落ち着けよ。まずは、名前からだな。」
シグマがゆっくり言うと、彼女は、深呼吸してから自己紹介を始めた。
「私の名前は、山吹 コガネ。コガネと、呼び捨てで呼んで下さい。」
「おれは、シグマ。よろしくな。彼は、レッドで間違いないぞ。にしししし。」
シグマは、親指でおれの事を差して笑った。
そして、おれも照れながら、自己紹介をする。
「おれの名前は、コウ。おれにもさん付けは、しなくていいよ。よろしく、コガネ。ようこそ。道具屋、絶版へ。」
腕を差し出し、コガネと握手を交わした。握った手を軽く上下させてから、自然にスッと手を離す。
おれは、落ち着いたコガネの表情を見て、一先ず安堵した。
「それで、話は出来そうかい?」
「少し長くなっても大丈夫ですか…?」
コガネは、頬を掻きながら、おれたちの顔色を伺う。
「ああ。どうせ先生は、暇だから。長ければ長いほどいいぞ。」
「おい…。」
さっきから、おれを犠牲に彼女を笑顔にさせようとするシグマに、もう止めろと念を送る。
その様子を見て、クスッと笑ったコガネは、少し間を空けてから話を始めた。
「ええと。レッドさん、いえ、コウ…さんと出会ったのは、五年前――。」
◇◇◇◇
――五年前。
『 上空都市ネオトーキョー 中等部の教室 』
担任の福与かな男性講師が教壇に立ち、多くの生徒たちへ向けて大声で話していた。
「今日の社会科見学は、地上で生活している人達と、直に触れ合える数少ない機会となります。」
沢山の生徒が席に着き、その話を静かに聞いている。
問題を起こそうとする生徒なんて、一人もいない。
今日だけは、私語を我慢して静かに耐え忍ぶ。
「話で聞くのとは違い、その目で見て聞いて触れることにより、新たな視点、新たな考えが生まれたりすることでしょう。将来、あなたたちが導いて行く彼らの姿を、よく目に焼き付けておいて下さい。きっと役に立つことでしょう。」
先生は、自分の言葉に酔いしれたように、清々しい笑顔で話を終えた。
今日は、多くの生徒が初めて地上に降りる大切な日。
社会科見学の特別授業だ。
ほとんどの生徒が、地上に降りるのを楽しみにしている。中には、まったく興味のない者もいるが、そんな彼らにも、一生に一度の体験が待っている。
それが、この社会科見学だ。
先生の長い話が終わり、生徒たちの顔がパッと明るくなる。
彼らは、急いで席を立ち、先生の指示に素直に従った。
生徒たちは、不思議な模様の書かれた床に乗り、地上へと移動する。
光り輝く玉に包まれ、エレベーターの様にゆっくり地上へ降りて行く。
玉の中から見る景色は、絶景だ。
真下には、大都市。ネオトーキョーとは全く違う、見知らぬ建物がずらりと並ぶ。道では、豆粒のような人々が動いている。
横は、どこまでも続く地平線。広大な山や森、他の円形の都市らしきものも見ることが出来る。
上からでは、見られないものばかりだった。
しかし、彼らの楽しみは、こんな景色ではない。地上が近づいてくると、忘れていた感情が再び蘇ってくる。
地上に着くと、すぐに班に分かれた。そして、各自、自分たちの興味のある施設へと足を運ぶ。
地上には、彼らが想像していたより、ずっと多くの人々が暮らして居た。
そして、何より活気が凄い。上空都市では、想像出来ないような騒音が、至る所で鳴り響いている。
まるでテーマパークに遊びに来た子供たちのように、生徒たちは、浮かれた表情で街を満喫する。
目まぐるしい景色に、すぐにでも迷子になりそうだった。




