アーティファクト
「こっ、これは――。」
それは、シンプルで綺麗な眼鏡のアーティファクトだった。
ダンジョンで見つかるアーティファクトに、貴金属が多いのには理由がある。木やガラスに比べると、壊れ難いからだ。
運良く見つけられたとしても、損傷無くダンジョンから持ち帰ることが難しい。折角見つけた伝説級のアーティファクトが、帰りの魔物との戦闘で砕けてしまった。と、いう事がよくある話なのだ。
「それもかけてみたが、度も入ってないし、何も起きなかったぞ。」
シグマが当たり前のように言った。使ったようだ。
「凄く状態が良い。こんな雑に置いて、よく壊れなかったな。解析。」
古めかしさを感じる木のフレームに、大きな丸いレンズがはめ込まれた眼鏡。
おれは、その眼鏡へ向けて、壊さないように優しく力を込めた。
『 名前:知識のレンズ 効果:見る力の増幅 』
「知識のレンズ。見る力の上昇効果だってよ!かけてみていいか?」
「ああ、もちろん。」
おれが眼鏡を慎重に取り扱う姿を見て、シグマも生唾をごくりと呑み込んでいた。
おれは、両手の指で丁寧にフレームを挟み、耳に眼鏡をかける。
「ふむふむ。」
キョロキョロと辺りを見渡してみた。だが、シグマの言った通り、これといって何も変わらない。
「視力が良くなったりする訳では、ないんだな。」
次に、左手の指を掲げて力を込める。
「試してみるか。探索!」
気軽な気持ちで道具屋周辺を、探索してみた。
しかし、これは、失敗だった。
唱えた瞬間、膨大な情報の渦が、頭の中へ洪水の如く流れ込んできたのだ。
『 回復ポーション狂戦士ガラスの窓鉄の槍採掘士はちみつ木の床勇者夢見る棍棒―― 』
おれは――。驚き、桃の木、山椒の木。
ドンガラガッシャン。
勢い余って、後ろの棚の商品を吹き飛ばす。
「大丈夫か、先生?」
目を開くと、シグマがカウンターから身を乗り出して、心配そうに上から覗き込んでいた。
「あ…ああ。」
おれは、落ちた物を横に退かして、とりあえず起き上がる。眼鏡の無事を確認するため、眼鏡を顔から取り外した。
そして、顔を左右に振って頭の中をリセットする。まだ目がチカチカした。眼鏡は、無事なようだ。
「これは、凄い…。これがあれば、このアーティファクトたちを、一気に鑑定出来そうだ!」
「まじか。」
と、驚きつつもシグマは、心配そうにこちらを見ていた。
おれは、押さえた額から手を離して顔を上げた。ふと、気になったものが視えた気がした。
「なあ、シグマ。勇者って天賦かな?聞いたことあるか?一瞬、視えた気がしたんだが…。」
おれの問い掛けに、シグマの首が曲がった。
「あん?絵本とか物語の英雄の話だろ?そういや昔、先生に読まされたよな?ショーの大冒険の話。そんなの先生の方が詳しいだろ。」
シグマが引き続き、心配そうな目を向けてくる。
「だよな…。その辺りの本の内容でも視えたのか…。」
本棚をチラリと見て、おれは正気に戻ろうと、もう一度頭を振った。
本棚には、『 笑顔のショーの大冒険。勇者アオチャ伝説。』といった古い絵本が並んでいた。
「ふう。じゃあ、続きを始めるぞ。ちょっとだけ探索。」
範囲を、ちょっとだけに絞る。
軽く、カウンターの上だけに集中して唱えた。
小さな力を優しく放つと、範囲的に解析することに成功した。
おれは、複数の物を同時に解析出来ることに驚いた。脳の処理が追いつく事もだが、普段なら一つ視るだけでも時間が掛かるものなのだ。
『 名前:夢見る棍棒 効果:安眠 』
『 名前:疾風のリング 効果:速度上昇 』
『 名前:温暖のオーブ 効果:ほんのり暖かい 』
『 名前:キリトリバサミ 効―― 』
次々と、情報が解析される。
おれは、急いでその情報を、順にノートへ書き写していく。
その光景を見るシグマが慌て出す。
「え、まじか!先生!早すぎだろ。腕利きの鑑定士でも、もっと時間が掛かるぞ。」
これには、シグマも感服するほどの驚きだったようだ。
おれは、書く手を止めずに、冷静に答える。
「この眼鏡のお蔭だけどな。普通に探索すると、情報量が多すぎて、頭が爆発するかと思ったよ。」
「じゃあ、その眼鏡は、先生にやるよ。」
おれは、シグマの発言に驚き、手を止めて顔を上げた。一瞬、聞き間違いじゃないかと思った。
「え?眼鏡ってだけで珍しいのに、貰える訳ないだろ!?」
おれは、慌てて手を仰いだ。
「珍しいからこそ、先生が使ってくれ。他に渡るよりかは、いいだろ?先生には、いつもお世話になってるしな。日頃の感謝のプレゼントってやつだ。その代わり、鑑定代は奢ってくれよな。」
シグマの白い歯が眩しかった。
おれは、少し悩んだが、シグマの提案を受け入れることにした。
”他に渡るより、いいだろ?“まさに、その通りだった。こんな良いアーティファクトに出会えることは、そう無いだろう。
しかも、自分の能力に合っている。使用してみて、より実感した。
「本当にいいのか?ありがとう。大事にするよ。」
おれは、眼鏡を眺めながら素直に感謝を伝えた。
「へへ。喜んで貰えて嬉しいぜ。」
喜ぶシグマに、鑑定の結果を教える。
書き留めた紙を見せながら、説明をしていく。
「こっちは、オークションに出せそうな品。刀は、呪いが祓えればベストだが…。それでも、買いたい人はいるだろう。他は、店に売るなりした方がいいかもな。うちで買い取り出来そうな品は、この二つ。一度持ち帰って、嫁さんと相談するといい。」
そうシグマへ伝え、鑑定結果を書いた紙を自分の方向に向け直す。
「おおよその相場もメモしておくよ。おれは、この眼鏡で十分テンションが上がってるから、うちの事は気にしなくていいぞ。丁度、退屈していたところなんだ。」
ざっと、数字を紙へ記入していく。
おれは、新しいオモチャを手に入れてワクワクしていた。早く何か試したくて堪らない。
「助かるよ、先生。俺は、久々に先生とダンジョンに行きてえんだけどな〜。」
おれは、書き終わった紙を、シグマへ手渡す。
「悪いな。それは、出来ない相談だ。それにしても、今日は、ワザと多めに先生って言ってないか?」
「はっはっは。バレたか!」
シグマの笑い声が店内に響く中、店の扉がそっと開いた。扉の上部に付けてある、鈴の音が鳴った。
「お客さんみたいだぜ。」
シグマが振り返って顔を向けた先に、身なりの良い綺麗な女性が立っている。
白と青の綺麗な制服姿で、可愛らしいベレー帽を被ったその女性は、店内を物珍しそうに見渡していた。
「あ、丁度、今話が終わったところなんだ。こちらへどうぞ。」
おれが初めて来店したであろう女性に声をかけると、彼女は緊張した素振りで返事をした。
「はっはい!」
自分たちより大分若そうなその女性は、綺麗な小麦色の髪を揺らしながら、カウンターへ駆け寄ってくる。




