追跡者
マールは、読み終えた本をパタンと閉じた。読んでも読んでも、コガネに有益な情報は見当たらなかった。
そして、本を棚へ戻すために、静かに立ち上がった。
こういったちょっとした動作の時こそ、気をつけなければならない。足が有ると思って、踏み出してしまう事があるからだ。
これを、幻肢と言うらしい。
マールは、慎重にカウンターを回り込み、売り場へ入る。沢山の商品に、自分の姿が反射して映り込む。
そこに並ぶ道具は、冒険者だったマールにとって馴染みの深い物ばかりだった。
本棚の本を細く綺麗な指でなぞりながら、目的の棚へと向かう。
道具屋・絶版では、多数の色々なジャンルの本が道具と一緒に売られている。絶版という店の名前の通り、他では手に入らないような古い本や珍しい書物が商品として置かれている。
それらを収納するために、ポーションなどを並べている棚自体が本棚となっている訳だ。
マールは、古くなった本が崩れてしまわないように、そっと棚へ戻す。雑に扱うと、すぐにページが剥がれ落ちてしまうくらい脆い。
コガネがページをバラバラにして、怒られる様子が目に浮かぶ。――彼女ならやりかねない。
マールは、自然と笑みが溢れた。
そんなことを想像していたら、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。」
音に釣られて、反射的に挨拶をした。
振り向くとそこには、若い男性の姿があった。
昨日、荷車を貸してくれた男性だ。
荷車を返しに行った二人には、会えたのだろうか?マールは、そう思いながら笑顔で出迎える。
しかし、何やら様子がおかしい。無言でこちらを見つめて、立ち尽くしている。
それでもマールは、普通に接する。
「昨日は、ありがとうございました。」
マールが丁寧にお辞儀をしてお礼を言うと、男は荒い呼吸を始めた。
「はあ、はあ。マールさーん!!」
男が狂ったような目をして、近づいて来る。
マールは、後退りしながら身構えた。
「何ですか!?」
声をかけるも、我を失っているようだ。
男は、不気味な笑みを浮かべながら、襲いかかって来る。
「マーーールさーーん!」
マールの体は自然と動いた。これまでの鍛錬の成果だろう。
右足を軸に腰を回転させ、利き手を引き込みながら、左手の拳を回転させながら突き出す。
襲い来る男に、反応させる隙を与えないほどのスピードだった。強烈な突きが、男の腹部へ炸裂した。
男の体は海老反りになりながら、弾丸の如く吹き飛んだ。
店の扉が、風に煽られた帽子の様に飛んで行く。
そして、男は向かいの倉庫へ、轟音と共に突っ込んだ。
ハッとして、マールが我に返った。
風通しの良い店の入り口を見て絶望する。
「私、初日から首かな…。」
コガネがマールを呼ぶ声が、外から聞こえてくる。
しかし、彼女は、それどころではない。――どうしよう。
何かと言い訳を考えながら、一歩一歩外へ向かう。だが、頭がぐるぐるとして、全く思い付かない。
外へ出ると、コガネと知らない男性。そして、コウがいた。
マールは、コウの驚いている顔を見て、素直に頭を下げた。
「ああ!あのっ!ごめんなさい!扉壊してしまいました!!」
◇◇◇◇
「マールさん怪我はない?」
コガネがマールに駆け寄った。
肩に手を回しながら心配そうな顔をして、マールの下がった顔を覗き込む。鮮やかな金色の髪が垂れ下がる。
すると、マールが気づいて頭を上げた。
「ええ。私は無傷ですが…。」
それでも俯いて暗い表情をしている。
コガネは、マールが無事で安心したみたいだ。肩の力を抜いて、ほっとしている。
おれは、呼吸を整えながらマールに近づいた。
「はぁはぁ。マール、駆けつけるのが遅くなってごめん。無事でなによりだよ。荷車を返した時に、気づくべきだった。それで――。」
その時、ダインの大きな声がした。
「大丈夫だ!息はある!ドンと伸びてはいるがな!」
真っ二つに折れ曲がっている倉庫の扉の側に立ち、倒れている男の様子を確認していた。
コガネがそこへ駆け付け、男の顔を確認する。
「あー!やっぱり!昨日の男だ!間違いないよ!」
そう指を差しながら、大きな声でおれたちの反応を見る。
そこで、人がいっぱい集まって来た。
倉庫の中からはもちろん、周りの建物からぞろぞろと人がやって来た。コガネとダインは、説明に追われる。
その様子を店の前から眺めながら、マールに聞く。
「一応、何があったか聞いてもいいか?」
マールは、心配そうに倉庫を見ながら話す。
「男性が来店して、直ぐに遅いかかって来たので……反射的に殴り飛ばしてしまいました。」
マールは、俯いて唇を震わせる。
「やっぱりか。」
想像通りの展開で間違いないらしい。
しかし、マールは、おれの言葉を別の意味に捉えてしまったようだ。
「やり過ぎでしたよね。扉も壊してしまいましたし…。ごめんなさい。」
桃色の真っ直ぐな髪が、マールの綺麗な顔を隠す。
「なんでマールが謝るんだよ。悪いのは、あいつだろ?」
おれは、顎で倉庫の方を指した。
「首とかじゃないですか?」
マールは、顔を上げ、心配そうに聞いてくる。
「なんでそうなるんだよ。」
おれは、騒がしくなってきた倉庫を眺めながら、呆れたように言った。
するとマールは、気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「よかったぁ〜。」
おれは、マールと視線が合う様に屈み、マールの頭を撫でる。
「自分より弱かったとしても。知らない男が急に襲いかかって来たんだ。怖かっただろ?頑張ったな。」
「はひ〜。」
膝を抱き抱え、気の抜けた返事をする彼女は、こっちが素なのだろう。
そう言えば、シグマの手紙に強がるとか書かれていた気がしたような…。
「後はおれたちに任せて、コガネと家で休んでな。コガネー!マールを頼む。」
おれは、立ち上がってコガネを呼んだ。
「はーい。」
コガネが元気良く返事をして走ってくる。
おれは、コガネと交代して倉庫へと向かった。
「ダイン。こいつが連続殺人犯だと思うか?」
おれは、間抜けな顔をして地面に伸びている男を見て言った。
「可能性は、無くはないが。こんなヘマをするか?もっと用意周到だと思うが、取り調べるまでなんとも言えんな。」
ダインは、腕を組み難しそうな顔をする。
「じゃあ、そいつは、ただのストーカーかもな。念の為、仲間や怪しい人物が居ないか調べさせてもらうぞ?」
おれは、周囲の人たちにも聞こえるように言ってから、左手を掲げた。
『 探索! 』
おれは、光の線を構築し、周囲の様子を探る。
眼鏡の使い方にも慣れてきて、情報の渦に呑まれる心配もほぼ無くなった。要は、力の入れ具合だ。
大通りに、そこから伸びる路地。路地に挟まれた倉庫の数々。中で働く沢山の人達やゴーレム。
場所は、この周囲に特定する。その中で、怪しい場所に潜む者をピンポイントで探る。
――居た!
場所は違うが、二人の怪しい人物を捕捉した。
おれは、力を強めてそれぞれに解析する。
『 名前:カザック 天賦:斥候 』
『 名前:エステロイ 天賦:吸血鬼 』
「ダイン!赤レンガの屋根の上に一人!おれは、もう一箇所を見てくる!」
おれが急いで指示を出すと、ダインは素早く反応して飛び出して行った。
「了解!」
「ワシらも行くぞ!」「おう!」
集まって来た倉庫街の人達も、それぞれに散った。
おれは、ダインの向かった方向とは真逆の、倉庫と倉庫の間の細い路地へと走った。
後ろからは、数人の男達がついて来ている。
路地に入ると、すぐに目的の人物を発見する事が出来た。彼は、逃げも隠れもしなかったみたいだ。
彼は、倉庫に背中を付けてもたれ掛かり、おれたちが来るのを待っていたみたいだ。シルクハットに綺麗なスーツを着た彼は、頭に大きな宝石の付いた杖を、手の平の上で暇そうに転がしていた。
「来ましたね。」
そう彼が呟くと、預けた背中を壁から離した。
「何者だ!」
おれは、少し離れた場所で立ち止まり構える。
彼の名前と天賦は、分かっている。
問題は、彼の天賦と何故ここに居るかだ。吸血鬼なんて、また聞いた事のない天賦だ。――おれの周りは、一体どうなっているんだ?
「驚きましたよ。私の気配を察知するとは、かなりの腕の持ち主のようですね。」
彼は、杖をくるくる綺麗に回して近づいてくる。
「ここで何してる!」
おれは、最大限に警戒した。右手を大きく開き、みんなが前に出ないように下げる。
そして、おれは、左手でジャケットを捲り上げ、腰の大きな本に手を掛けた。
彼は、杖を力強く地面に突いて止まった。
「ふふふ。隠れていた者が、その問いに答えると本気でお思いですか?」
彼は、笑顔でそう言った。
「じゃあ、力尽くってことかよ。」
おれは、本を取り上げてページを開き、前に掲げた。
こうする事で、相手も警戒して、迂闊に近づいてはこれないはずだ。
彼は、おれの行動を見て悦んだ。
「武器ではなく、本ですか。なるほど。あの一瞬で私の天賦までも見抜いたのですね?そして、その判断力。素晴らしい。ですが!残念ながら、私に戦う意思はありません。」
そう言って彼は、両手を広げた。
「なんだ?時間稼ぎか?」「いいから言えって!こっちも仕事があんだよ!」
後ろの男達が、騒ぎ出した。
怖いもの知らずな男達には、勘弁して欲しかった。
突如、両手を広げた背後から、真っ黒なオーラが湧き上がる。
それを見た男達は、驚いて口を閉じ、おれの背中に隠れる。
それから、優しい声で彼が言う。
「どの様な紳士か気になって、一眼お伺いしたかっただけですよ。」
すると、真っ黒なオーラが彼を包み込み始めた。
「まっ待て!」
おれは、近づいてそれを止めようとするが、彼の体は、無数のコウモリとなり散ってしまった。
「また何処かで、逢いましょう――。」
何処からともなく彼の声が路地に響き渡った。
男達は、その光景に唖然として、光の中に消える黒いコウモリを見送った。
『 探索! 』
おれは、居場所を探ろうとスキルを唱える。
脳裏に現れる光の残影と肉眼の両方を使って、狭い路地を見渡した。至る所で、炭が砕けた様に黒いコウモリが塵と化す。
「駄目だ…。消えた……。」
眼鏡の力を使っているにも関わらず、何処にも彼の反応は無かった――。




