バウンティ
「これがコガネさんの冒険者の証です。失くさないように、お気をつけ下さい。」
カロンが証を受け皿に載せて、カウンターの上に差し出した。
葉っぱの形をした初心者の証だ。
黄土色の葉の金属は、光に反射すると仄かに緑色を帯びる。葉の根元に真鍮のリングが付いており、自分の好きな所に装着出来るようになっている。
「はい!ありがとうございます!」
コガネは、お礼を言ってから受け取った。
これで今からコガネは、サードクラスの正式な冒険者となった訳だ。
「わー。」
青い瞳を輝かせ、感動しているコガネ。
ネックレスの時と同じ様に、目の高さに掲げて眺めている。
「失くすなよ?」
おれが注意すると、また顔が膨れ上がった。
「子供じゃないんだってば。」
そんなコガネは、反抗期だろうか?
おれは、クスッと笑って席を立ち、カロンに挨拶をする。
「それじゃ、今日の所はこれで。また、明日来るよ。」
「はい!では、また明日。お気をつけて。」
カロンは、嬉しそうにお辞儀をして見送る。
コガネは、ご機嫌に証を掲げながら、出口に向かってスキップをしている。
「るん、るん、るん♪イタッ!」
すると、大きな壁の様な背中に衝突した。
これは、前を見ていなかったコガネが悪い。
ムキムキの背中の筋肉が移動し、上裸の大男が丸い頭を覗かせる。
「なんだあ?お嬢ちゃん…。」
彼の鍛えられた大胸筋とツルッとした頭が、キラリと輝く。
「ひっ!ひい。」
コガネは、恐怖の色を隠せずたじろいだ。
「新人か?ドンと気をつけろよ。」
彼は、コガネの手に持つ初心者の証を見て言った。
「はい…。ごめんなさい。コウ!笑わないでよ!」
コガネが顔を赤く染めておれを注意していると、大男がコガネに話しかけた。
「ほら、新人。あれを見ろ。」
大男が壁に備え付けられた大きなボードを指差した。
そこには、WANTEDと書かれた紙が、幾つも貼られていた。その文字の下には、似顔絵とその特徴や報酬が書かれている。
「手配書?」
コガネが不思議そうに見て言った。
「最近、女性を付け狙う凶悪犯がいるらしいから、ドンと周りを警戒するんだぞ。」
彼の指が示した手配書には、似顔絵が無く、代わりに正体不明とデカデカと書かれている。
「正体不明か。何か情報はないのか?」
おれは、手配書を読みながら彼に聞いた。
「被害者が全員殺されてるからな。目撃者が居ないんだわ。賞金稼ぎの俺たちもお手上げの状態だ。次の被害者が現れないことを、祈ることしかできねえ。」
彼は、拳を握り込み、悔しそうな顔をする。
彼の話を聞いて、おれはふと思い出した。
「先日、ニュースで見た記憶があるな。確か…被害者は、全員冒険者の女性。どれも四肢が切り離されて発見された。だっけ?」
暇つぶしのニュース漁りが、ここで生きた。
今の話を聞いて、コガネが心配の声を上げた。
「ねえ、マールさん大丈夫かな!?昨日の荷車貸してくれた人!おばさん知らないって言ってたよ!」
確かに、その男は怪しすぎる。
何で今まで気にしなかったのだろう。
「そう言えば、昨日。二人が帰って来たあたりから、店の周りに人の気配がしてたんだよな。」
おれが忘れていた事を思い出したように言うと、コガネが大声を上げた。
「えー!?なんでそんな大事なこと、教えてくれないの!?」
信じられないと言う顔をするコガネに、おれは言い訳をする。
「たまにある事だし、そんなのいちいち気にしてたら、店なんてやっていけないだろ?」
「おいおい。それより、そのマールって人は、大丈夫なんだろうな?」
大男が心配そうに聞いた。
「そうよ!コウ!早く帰りましょう!」
コガネがおれの腕を引っ張った。
「ああ。そうだな。」
ギルドの出口に移動し始めると、大男がついてくる。
「一応、俺もついて行こう。バウンティハンターのダインだ。取り越し苦労だといいのだがな。」
ダインは、右肩を前に出し拳を握り込んだ。太い腕の筋肉がメキメキと唸る。
「私は、コガネ。こっちは、コウよ。」
コガネは、早足に移動しながら名乗った。
「彼のことは、有名だから知ってるよ。」
彼は、ニヤニヤと笑って言った。
それを見ておれは、被りを振った。
「はぁ。それ、絶対変な噂だろ?それじゃあ、よろしく頼むよ。」
おれは、彼と拳を合わせて挨拶をした。
三人は、ギルドの扉から外へ出ると駆け出した。
――何も無ければいいが…。おれは、杞憂した。
◆◆◆◆
おれとコガネは、賞金稼ぎのダインと共に、大通りを一目散に走り抜けていた。
賞金稼ぎが一緒とは、心強い。
彼は、見るからに身体中の筋肉が鍛えられている。そして、抑えきれないオーラが、その鋼の様な筋肉の隙間から漏れ出ている。
それだけでダインは、かなりの実力の持ち主だと分かる。
彼に追われる賞金首は、可哀想だ。
おれのヒョロい腕で殴られるのと、ダインの豪腕に殴られるのでは訳が違う。
まさか、誰かおれに賞金を賭けたりしていないよな?そんな冗談みたいな事を考えながら、コガネの後ろをついて走るダインの逞しい背中を眺めた。
おれは、ダインを羨ましく思った。――おれにもあんな筋肉があればなぁ。
魔物を木っ端微塵に殴り飛ばす。そんな、自分を想像して笑った。
中心街を抜けた辺りから、笑う余裕が無くなった。今朝の心配が、早くも現実のものとなってしまったからだ。
赤いジャケットが肩から足の裏へと、強く押さえつける。履き慣れた靴さえも、ずっしりと重い。
全身から吹き出した汗を服が吸い上げ、さらに重さが増している気がした。ここに来て、運動不足が牙を剥いて襲いかかった。
「コウ。大丈夫?息上がってるけど。」
コガネが振り返り心配する。
おれは、息を荒々しくしながらも答える。
「はぁ、はぁ。だいじょばない…。はぁ。」
喋るだけで肺が悲鳴を上げた。
ダインは、余裕そうに周囲の景色を楽しんでいる。
「へぇ。倉庫街か。久しぶりに来たな。こんな場所に店があるのか?」
「ええ。もう直ぐそこよ。コウ、置いてくよー!」
コガネは、遅れを取るおれに向けて、大きな声で呼びかける。
「はぁ。息を整えたら行くからっはぁ。先に、行ってて…。はぁ、はぁ。」
おれの体は、足りない酸素を欲して動けなくなっていた。
大量の汗が、顔から流れ落ちる。
「もう目の前じゃない。頑張るのよ!」
コガネに応援され、おれは限界を越える。冒険者の先輩として、情けなかった。
「分かったよ!」
おれは、荒い声を張り上げた。重い足を上げ、再び大通りを走り出す。
しかし、早足で歩いた方が早そうなスピードだ。
「戦うことになったら、俺にドンと任せるといい。ドンとな!」
ダインが大胸筋を叩きながら白い歯を見せた。
そうして走るうちに、店が見えてきた。もう数ブロック先がゴールだ。
「あそこよ!」
コガネがダインに分かるように指を差した。
「あれが、コウの店か。」
「はぁはぁ…。」
おれは、もう声も出なかった。
そして、あと数メートルという所で、大きな音が鳴り響いた。
ドーン!
店の入り口の扉が吹っ飛び、中から物凄い勢いで人が飛び出した。
飛び出した人は、大通りを一瞬で横切って、真っ直ぐ向かいの倉庫の大きな扉に突っ込んだ。
店の木製の扉がくるくると宙を舞い、地面に衝突して粉々となった。
倉庫では、木片と土埃が渦を巻く。突っ込んだ人がどうなったのかは、不明だ。
「マールさん!!」
コガネが心配の声を上げて駆け付ける。
一体なにが起きたんだ?
おれは、息苦しさも忘れて呆けてしまっていた。
店の中から、ゆっくりと歩く、変わった足音が聞こえてきた。その特徴的な足取りが、彼女の無事を知らせてくれる。
そして、中から姿を現したマールは、何故か扉の心配をしていた。
「ああ!あのっ!ごめんなさい!扉壊してしまいました!!」




