真意
「そんなことよりさ。コガネの天賦について、二人に話して置かなければならない事があるんだ――。」
それからおれは、昨日の出来事を出来る限り詳しく説明した。
コガネが店に来る直前に見た事。手合わせの前に解析した事。戦いの最中に、意図せず解析が発動した事。――そして、解析をして勇者だと確認した事。
ルークの件は、二人には関係がない事だから伏せた。簡単に人の情報を、他人に教える訳にはいかない。
そして、全て話を終えると、早速マールが口を開いた。
「そんな話は、今まで聞いた事がありません。見間違いじゃないんですか?」
腕を組み首を振る彼女は、疑いの目を向ける。
それと同時に、態々こんな嘘を吐く意味がない事も、マールは理解しているようだった。
「いいや、原因が何かは分からないが、コガネの感情の変化で切り替わるみたいなんだ。」
おれは、落ち着いて答えた。
嘘のような話だが、実際に起きた事だ。おれだって信じたくはなかった。
真剣なおれたちの表情を見て、コガネが呑気に言う。
「何か問題でもあるの?天賦が切り替わるなんて、カッコイイじゃない。しかも、勇者!これって当たりってこと!?」
っと、嬉しそうにするコガネに、おれは呆れた。
「アタリとかハズレとかないから…。どちらかと言えば、ハズレだろ。」
「えー。そうなの?」
コガネは、がっかりしたようだ。
そこで、マールが説明をする。
「先程、時代と共に変化するとは言いましたが、それは、子孫繁栄によるものです。この世に生を受けて授かった天賦は、生涯変わることはありません。」
「でも、それが変わってしまってるんだよね?」
コガネは、何となく分かったような素振りするが、本当に理解しているのかは怪しかった。
「それも問題だが、勇者が必要な時ってどんな時だか分かるか?」
おれは、コガネに問いかけて、本棚から絵本を取り出してカウンターへ置いた。表紙の男の子が、こちらを大笑いで見ている。
コガネは、腕を組み考え始めた。
「う〜ん。魔王を倒したり?世界を救う時なんじゃない?」
「じゃあ、これから魔王が現れたり、世界が滅亡の危機を迎えるわけか。」
おれが嫌味垂らしく言うと、コガネは何も気にせずに格好をつけた。
「そこへ私が颯爽と現れて、世界を救うのね!」
そう言って、元気に腕を上げる。
「はぁ…。おれもガキの頃なら喜んでたかもな。」
「誰がガキよ!?」
コガネとふざけ合っていたら、マールが真剣な顔をして訴える。
「コガネさん。勇者っていう職業は、人が考え出した夢の様な職業なんです。本来あってはならない物なんですよ。」
マールは、絵本を手に取って表紙をコガネに向けた。その様子を見たコガネは、自分が思っているより、事態は深刻だと感じ取ったみたいだった。
そして、マールは、おれに視線を移した。
「それで昨日、認識阻害のネックレスをコガネさんに渡した訳ですね。」
「ああ。」
マールの察しの良さに、おれは感心した。が、コガネは逆を行く。
「何で隠すの?」
「大騒ぎになるからですよ。それに、魔王という天賦が存在するとすれば、勇者を消そうと命を狙われる可能性もありますよね?」
「えええ!?」
コガネは、命の危険性があるとは、微塵も思っていなかったみたいだ。物語の勇者たちは、必ず戦いでピンチに陥いるという決まり事すらも、忘れてしまっているようだ。
「絶対に、他の人に勇者だって言うんじゃないぞ?三人だけの秘密だ。もし、聞かれても、剣士って言っておけば問題ない。別に嘘でもない訳だし、簡単だろ?」
「分かったわ。」
コガネが納得した所で、今日の予定を進めるために動き出す。ずっとここで、話をしている訳にはいかない。
「それじゃ、そろそろギルドへ登録に行くとするか。」
「え、行くの!?」
コガネは、大きく振り向き目を瞬かせた。
「冒険者になるんだろ?」
「そうだけどぉ。今の話で不安になって来たじゃない。」
不安そうにしゃがみ込むコガネを他所に、マールは落ち着いて言う。
「私は、少し本を読み漁って、何かヒントが無いか探してみますね。」
「助かるよ。ほら、コガネ行くぞ?」
頼もしいマールにそう言ってから、うずくまったコガネを呼ぶ。
「…はーい。マールさん、行ってきまーす…。」
コガネは、不安の色に包まれながらマールに別れを告げた。
◆◆◆◆
荷車を引きながら、マールの家のある居住区へ向かう。
居住区までは、結構な時間が掛かる。荷車を引いているとは言え、義足でなくてもこの距離の通勤は避けたい。
倉庫街の景色とは違い、居住区には緑が多い。その分、道が狭く、小さな建物が多い印象を受けた。
朝日を受け、コガネの金髪が鮮やかに輝く。新しい服を着て、春風を気持ち良さそうに切って歩く。
そして、時折胸元のネックレスの三日月の宝石を、指で摘んで持ち上げては、嬉しそうに笑った。
「ねえ。コウ。ずっと秘密にしなきゃならないのかな?」
コガネは、胸のネックレスを指でいじりながら、遠くを見つめている。
道の脇の街路樹では、桜が花を咲かせようとしていた。もう、数日もすれば満開となりそうだ。
「ずっとって訳じゃないけど、しばらくは駄目だな。おれが決める事でもないけど、せめて一人前になってからの方が良いと思うぞ?」
おれは、ガタゴトと、何も載っていない荷車を引きながら答えた。
まだ何も分かっていない上に、冒険者の仕事すら教えられていない。そんな中、自らトラブルを起こすのは、真っ平ごめんだ。
「これ着けてて、変に見られたりもしない?」
コガネは、ネックレスの鎖を掴み、黒い宝石を持ち上げた。陽の光を反射して、淡く輝く。
「しないしない。昔は、冒険者がよく着けてたけど。今は、冒険者以外が着けてる事のが多いな。最近は、お洒落の一部だよ。」
指輪に腕輪やピンバッジ。イヤリングや髪留め。
ファッションアイテムの一部と化している。認識阻害は、一種のブランド品みたいな物だ。
「へー。お洒落かー。」
コガネは、どことなく嬉しそうにして、ネックレスをまた指でいじっている。
そして、見覚えのある景色にたどり着き、走り始めた。
「あっここよ!すみませーん!」
コガネが元気良く挨拶をする。
すると、小さな平家の庭先から、年配の女性が現れた。
「昨日お借りした荷車を返しに来ました。」
おれが丁寧に挨拶をすると、そのおばさんは怒っていた。
「あんたたちかい?人様の物を勝手に持って行ったのは。」
「ええ!?」
おれは、驚いてコガネを見た。聞いていた話と違ったからだ。
コガネがおばさんに、急いで事情を説明する。
「昨日、息子さんですか?若い男性が、快く貸してくれたんですけど。」
しかし、おばさんは、納得していないようだ。
「うちに息子は、居ないわよ。旦那と二人暮らしだし…。もちろん、旦那も若くはないわよ。それで、何に使ったんだい?」
おばさんは、変なことに使われていたら大変だ。と、警戒している。
「マールの引越しに…。」
おれが申し訳なく答えると、おばさんは、驚いて目を丸くした。
「ええ?マールちゃん引越しちゃったのかい?残念だわ。」
「うちの道具屋に住み込みで働く事になったので、宜しければ、いつでも会いに来てあげてください。」
本当に悲しそうにしたおばさんに、おれはそう提案した。お客も増えて一石二鳥だ。
「マールちゃん美人だから、商売繁盛間違いないわね。変な虫が付かないように、気をつけてあげてよね。」
「はい、気をつけます。それで、これ。どこに置いて置けばいいですか?」
「その辺に置いてていいわよ。今度、お店に行ったらサービスしてね。」
おばさんは、庭先を指差して笑顔で言った。
「はい、ありがとうございました。」
おれたちは、お礼を言って、安心してその場を後にした。




