ブランク
おれは、今日も朝から、店の脇道の掃除していた。
箒を大雑把に掃き、集めたゴミを塵取りへ詰めていく。
二人は、昨晩遅くまで起きていたようなので、まだぐっすり寝ているだろう。
そう予想していたところで、意外にも二階の玄関の扉が静かに開くのが見えた。
真っ白な綺麗なTシャツに、オーバーオールを履いたマールが、階段の踊り場の手すりを掴む。
朝の風を肌に感じながら、命一杯身体を伸ばす。オーバーオールの肩紐がピンと張り、大きな胸が押し潰される。
彼女は、気持ち良さそうな声を出してから、朝日を探した。
残念ながら、玄関側から朝日は見えない。
おれは、そんなマールに声をかける。
「おはよう。朝食は、食べたのか?」
「はい。頂きました!」
元気良く返事をすると、マールは、手すりを飛び越えて二階から飛び降りた。
まさかの行動に、おれは息を呑んだ。
マールは、右足で音も立てずに着地してから、義足を地面に突く。
「よっと!おはようございます。」
マールは、なんてこともない清々しい笑顔をこちらへ向けてくる。
「おー。全然いいけど、怪我はするなよな?」
義足でも余裕で動けるじゃないか。
おれは、マールに対する心配が、少し軽くなった気がした。
「はい。これくらいしないと、体が鈍っちゃいそうで。コウさんこそ、久しぶりなんですよね?動けるんですか?」
「ぎくっ!!」
マールの意見がもっとも過ぎて、図星の声がそのまま漏れ出てしまった。
「組み手でもしておきます?それとも、チャンバラですか?」
マールが楽しそうに提案してくる。
「いや、危ないからやめておくよ。怪我するだろ?主におれが…。」
おれは、自信なさそうに身を引いた。
「そうですか?」
マールは、普通に首を傾げる。
「おれは、だいぶ鈍ってるからな。そうだ!ちょっと走ってくるから、掃除頼むよ。」
思い立ったが吉日。
箒と塵取りをマールに手渡す。
「は、はい。」
そして、おれは、大通りを駆け始めた。
マールは、その光景を、キョトンとした目で見送った。
「…大丈夫かしら。」
おれは、道具屋周りの道を、大きく一周するように走ることにした。なるべく足を上げ、手を振る。
通勤中の人々の目が、痛いほど刺さる。
なんだ?朝から罰ゲームか?っとか、聞こえてくる始末。
しかし、おれは、そんな事を気にしちゃいられなかった。このままでは、教える立場のおれの方が、足手纏いになるからだ。
もう手遅れかもしれないが…。今からでも、やらないよりはマシというものだ。
一周を終え。おれは、道具屋の扉を開き中へ入る。
ガランゴロン。と、扉が荒ぶる。
「はぁ、はぁ。」
たった一周で、息が上がった。
おれは、膝に手を突いて、息を整える。
「おかえりなさい。」
マールは、店内の掃除の最中のようだ。
そんな中、マールが心配そうに、おれの下がった旋毛を眺めている気がした。
息が整い、顔を上げる。すると、カウンターを布巾で拭いているマールと目が合った。
やはり、旋毛を見られていた。おれは、今の心境を口にする。
「これは、本格的にマズいかもしれない…。」
絶望的なおれに、マールは優しく声をかける。
「大丈夫ですよ。今日は、ギルドの登録だけですよね?また、明日があります。頑張りましょう。」
それは、ほんの少しの気休めだった。
「まさか、二年でここまで体力が落ちるなんて。街中を駆け巡ってたのが、嘘みたいだ。」
「これから、また鍛え直しですね。いいじゃないですか、一緒に強くなるのも。青春って感じで。」
「いや、青春って…。」
内階段を降りる足音が聞こえてくる。コガネが支度を終えて降りて来たようだ。
カウンターの奥の扉から、コガネが顔を見せた。
「おはよ…。」
相変わらず朝に弱いらしい。
「おはよう。」「おはようございます。」
眠そうなコガネに、マールと一緒に挨拶を返した。
「どう?変じゃないかな?」
コガネは、着崩れしていないか服を確認している。
昨日マールと買った新しい服だ。白を基調としたその服は、制服よりカジュアルな雰囲気で、とても似合っていた。
右肩には、肩当て。そこから伸びるベルトが、胸当てと融合して体を縛る。ひらひらとしたスカートは短く、その下のショートパンツが見え隠れしている。
腰には、シグマとの戦いで使った鉄の剣を差していた。
「動きやすそうでいいんじゃないか?冒険者っぽく見えるよ。」
「ええ。とても似合ってます。」
コガネは、褒められて恥ずかしそうに笑った。
「そうかな?えへへ。」
段々と顔が赤くなってきたコガネは、照れ臭さを隠すよう話題を変える。
「二人とも朝から元気ね。何の話してたの?」
おれは、そう質問されて吃った。
「あー。えっとー。」
そして、咄嗟に思い付いたことを口走る。
「ああ、天賦の話さ。」
「(いいんですか?すぐにバレますよ?)」
おれの嘘に対して、マールが小声で注意した。
それを見たコガネは、不思議に思う。
「どうしたの?」
マールは、ビクッとして答える。
「いえ!コガネさんの天賦が、気になりまして!」
マールも反射的におれの嘘に、乗っかってしまったようだ。
「マールさんも?やっぱり地上の人は、天賦が気になるのね。ネオトーキョーでは、天賦なんて意味ないし、知らない人も多いのよ?それにスキルなんて、使う人もいないもの。」
コガネは、呆れた素振りで話をした。しかし、そのコガネの話に、マールが疑問を抱いた。
「それは、おかしいですね。少なくとも、都市を守る守護者たちは、市民の天賦を把握しているはずですよ。」
上空都市を守る守護者の話は、冒険者の中では有名だ。
時折、政府の役人を護衛して降りてくる彼らは、ファースト以上の実力者だと噂されている。
上空都市を守る彼らは、国そのものを守る存在と同意義。そのくらいの実力がないと、守りきれないだろう。
実際のところ、どうなのかは、謎に包まれている。知る人ぞ知るという感じだ。
「誰かが上で暴れたら、止められる人がいないって事になるもんな。一部の人間が、全員の天賦を管理してると考えるのが妥当なんじゃないか?だから知らなくても、安全なんだろう。」
そこまで大きくない上空都市内だけなら、それが可能なのでは……と、おれは考えた。
「そう言われると…そうなのかも。今まで考えたこともなかった。」
コガネは、唖然としていた。
「それでは、そんなコガネさんのために、”天賦について“おさらいをしましょう。」
マールがコガネに言うと、コガネは二度頷いた。
「天賦とは、この世界スベリアーチを創った神様が、私たち人間に与えた力の源です。私たちは、その力を使いスキルという形で能力を発揮します。」
マールは、聞き取りやすいようにゆっくりと話した。
そして、マールは、おれに手を向けて話を続ける。
「例えば、コウさんの天賦の司書は、非戦闘職で事務職の派生型に分類されています。ただ、別に非戦闘職だからといって、戦闘職のスキルが使えないという訳ではありません。」
「そうなの!?」
これには、コガネが驚いたようだ。
「これは、天賦が元々一つの力だったため、だと言われています。同じ天賦でも、その力は人により千差万別。そして、時代の流れと、その時のニーズによって、天賦は種類を増やし続け、人と共に進化を続けている訳です。」
「おれは司書だから、本の管理をしたり調べたりが専門でね。ダンジョンでは、その力を応用してマッピングなんかが主な役割だったんだ。まあ、出てくる魔物を、拳で殴り飛ばしたりはしてたけどな。」
おれの笑顔に、コガネは少し引いていた。
「なんで拳なの?調べたりするのに、手が大事なんじゃないの?」
「それは、よく言われる……。そんなことよりさ。コガネの天賦について、二人に話して置かなければならない事があるんだ――。」
おれは、いいタイミングだと思い、二人に話をする事にした。




