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バンケット

 おれは、ベッドのマットレスを、一階の店の前まで持って行き箒で叩く。二階の窓からは、洗濯されたシーツがぶら下がり、風で優雅に揺れている。

 ちなみに、店の側面の玄関へ続く階段には、布団が不恰好に並べて干してある。日は当たらないが、干さないよりはマシだろう。


 ――認識阻害のネックレスを渡したが、大丈夫だろうか?

 おれは、一人になったことで、また思いに耽っていた。

 今のもっぱらの不安は、コガネが勇者だという事だ。

 勇者という天賦(ジョブ)は、聞いたことがない。それは、人が作り出した、想像上の物だからだ。

 物語の中だけの英雄。それが、勇者だ。

 絶対に存在してはならないのだ。

 もちろん、英雄という天賦(ジョブ)も存在しない。

 しかし、世界には、英雄と呼ばれる者が存在する。だが、英雄とは呼び名であり、称号の様な物なのだ。

 英雄ウォーレン。暗黒大陸の侵食を食い止めたとされる、ゴッタニアの英雄。

 彼の天賦は、建築士。暗黒大陸の魔物と戦いながら、聖なる壁を建てたと言われている。その壁は、色褪せることなく、今も尚、暗黒大陸を封印し続けている。

 彼は故人だが、世界には、現存している英雄もいる。

 西方の英雄アジリス・聖職者。南の英雄ソイル・考古学者。が、有名どころだろう。

 しかし、彼らは英雄であり、勇者だったという事実は一つもない。

 それに、ルークやコガネの様に、天賦が変化するという話も聞いたことがない。――というか、有り得ない。

 二人の共通点は、剣士という天賦(ジョブ)と金髪というぐらいだ。

 剣士の一部の者だけが勇者に変化する。と、いう可能性も考えられるが、それなら、他の天賦(ジョブ)だって何かに変化してもおかしくはない。

 もし、そういう事実があるのなら、世の中に広まっているはずだ。簡単に隠しきれるものではない。

 しかし、その類い稀なる出来事が、おれの目の前で二度も起きた。これは、いったいどういう――。


 おれが無心でマットレスを叩いていると、目の前を通過しようとしていた男性に、埃が舞い上がった。

「うおっ!」

 男性は、目の前の空気を手で振り払いながら、嫌な顔を向けてくる。

「すみません…。」

 おれは、箒を片手に素直に謝った。

「ああ…。気をつけてくれよ?」

 男性は、そう言って行ってしまった。

 興が醒めたところで、そろそろマットレスを叩く手を止めた。

「さて、今はそんなことより――。」

 おれは、大通りの空を見上げ、太陽の位置を確認する。大きな倉庫の高台に、太陽が傾きかけていた。

 こういった節目には、旨い飯と笑顔が欠かせない。二人が戻ってくる前に、急いで支度をしなければ。

 冒険者のいろは、その一だ。

 昨日は、コガネに大した物を用意出来なかったが、今日は二人の歓迎会だ。腕が鳴るぜ!


 ◇◇◇◇


 綺麗な夕日が、顔を沈める頃。コガネとマールが、荷車を押しながら帰ってきた。

 手荷物程度の軽い気持ちで行かせたのだが、本格的に引っ越すつもりらしい。店の仕事が肌に合わなかった時のことなど、微塵も考えてないようだった。

 シグマからの手紙を読んでしまった影響だろうか。

 はたまた、仲良さそうに荷物を運び込む、二人の笑顔を見たせいだろうか。

 彼女たちが後悔しないよう、努めなければならないと思わされた。――おれも、まだまだ若いのに!なんだ、この老婆心は?

 まるで、魔女の様に、コトコトと鍋を掻き混ぜる手を止めて、二人の手伝いに向かう。

 二階の開け放たれた玄関を出ると、夕日は完全に隠れ、外の景色が暗くなり始めていた。

 おれは、その光景に何かしら違和感を感じた。

 ぼーっと、景色を見てきた影響だろうか。何かが、いつもと違う。これは、恐らく人の気配だ。

「どうかしたんですか?」

 階段の手すりを掴み闇夜を眺めていたら、マールが声をかけてきた。彼女は、義足のバランスを上手く保ちながら、一段一段、慎重に階段を上がっている。

「いや、なんでも。こんな賑やかなのは、久しぶりでさ。センチメンタルってところかな。」

 そう言うと、マールは笑顔を返してきた。

「私もです。いい匂いがしますけど、コウさんがお料理を?」

 マールは、目を瞑って匂いを嗅ぐ。可愛らしい鼻をひくひくさせると、その匂いに釣られて幸せそうに頬を上げた。

「ああ、運び終わったら歓迎会だ。あと、コガネにも言ったが、コウでいいよ。あんま慣れなくってさ。」

「いいえ。私は、コウ()()と呼びます。コウさんは、私の上司になるんですよ?自覚して下さい。」

 マールは、おれに言い付けて、階段を上がって言った。

「あ、はい…。」

 これは、マールには、頭が上がらなさそうだ。

 ツンとした顔で行ってしまったが、背中はルンルンと楽しそうだった。

「コウ!これ、運んでよー!」

 階下でコガネが呼んでいる。ひとしきり大きな箱を叩きながら、こちらを急かす。

 別におれは、力自慢のマッチョではないのだが…。

「はいはい。分かったから、今行くよ。」

 そして、おれも荷物を運び込む。

「あんな荷車。どこから持って来たんだ?」

「マールの家のご近所さんが、貸してくれたの。返すのは、明日でいいよって。」

「へー。明日、ちゃんとお礼しないとだな。」

 おれは、玄関の扉を閉めながら、外の様子を気にかける。

 夜のこの辺りは、静観とした雰囲気だが、厳重に警備されている倉庫街だ。不審者なら、誰かしらが通報したり、捕まえたりするだろう。

 何か動きがあるわけでもない。探索(サーチ)を使うほどでもないか。

 おれは、気にせず客間へ荷物を運び込こんだ。


 宴の席に着いた頃には、そんなことなんて、もう忘れてしまっていた。

 テーブルの上には、こんもりと料理が載った皿が敷き詰められている。

 少し作り過ぎた感は否めないが、豪勢な方がいい。残ったとしても、翌日また食べればいいだけだ。

 明日、今日の宴を思い出しながら食べるのも、また乙なものになるはずだ。

 コガネは、口の中を唾液でいっぱいにしながら、食べたい衝動を限界まで抑えている。

 おれは、そんなコガネを解き放つために、挨拶を始めた。

「二人とも、道具屋・絶版にようこそ。沢山作ったから、思う存分食べてくれ。」

「本当にコウさんが作ったんですか?凄いですね。今度お料理教えて貰おうかしら。」

 マールが両手を合わせて、目を輝かせた。

 そして、どれから食べてやろうかと、品定めをしているコガネが口を開いた。

「今朝の朝食で、私は思ったの。コヤツ、デキるな!って!」

「…なんだよ、それ。」

 呆れた返事を返し、料理に手を伸ばそうとすると、コガネが催促してきた。

「ほら、コウ。乾杯の音頭取ってよ。」

「そう言うのは、コガネに任せるよ。」

「え〜。家主のくせにっ。」

 コガネは、仕方がないなと、嫌々立ち上がりコップを掲げる。

 それから、外まで聞こえる元気な声で叫んだ。

「それでは!私たちの出会いと、これからを祝してー!」

 三人は、笑顔でコップを突き出す。

「「乾杯!!」」

 三人は、思い思いに料理を皿へ取り分け、口へ運ぶ。

 これが美味しいなど、他愛もない会話を始める。今後の道具屋のことを話したりもした。

 過去の話を聞き出すのは、野暮だと思い、あえて触れなかった。そういったことは、これから嫌でも知っていくことになるだろう。

 ただ、これだけは伝えて置かなければならないと、思うことが一つだけあった。

 おれは、シグマからの手紙を、二人に見えるように取り出した。

「これは、シグマからの手紙だったけど。マールが、メキトウさんに大切にされているのが伝わったよ。」

「あのシグマさんの奥さんよね?全然想像が出来ないんだけど…。」

 コガネは、腕を組んで難しい顔をしながら想像し始めた。

 マールは、おれが何を言いたいのか、黙って真意を探っているようだ。

「警戒しなくてもいいよ。別に、大したことは、書かれてないから。後で読んだって構わない。シグマが書いた中では、一位二位を争うほどいい手紙だったからな。」

 おれは、手紙をテーブルの上へ差し出した。

「じゃあ、何を?」

 マールは、不思議そうな目でおれを見る。

 おれは、出来るだけ優しく聞いた。

「マールは、おれと違って、辞めたくて冒険者を辞めた訳じゃないだろ?」

「ええ。それは、そうですが…。」

「だから今後、コガネのことが、羨ましく思う事があると思うんだ。おれだって多少は、そういう経験があるし。コガネは、良い意味でも、悪い意味でも、真っ直ぐそうだしな。」

 すると、視線がコガネに集まる。

「あー…。あはは…。」

 急に注目を浴びたコガネは、困ったように笑うことしか出来なかった。

 おれは、話を続ける。

「だけど、めげずにコガネに教えてやって欲しいんだ。おれには出来ない教えが、マールには出来るはずだ。それも含めて、メキトウさんは、マールをここに寄越したと思ってる。あの人は、切れ者だからな。他にも、何か考えがあるのかもしれない。」

 マールは、天井に目をやりながら考えて答える。

「うーん。まあ、そうですね。でも、そんなに教えられる事は、無いと思いますけど。」

「いや、絶対にある。おれには、分かる。」

 おれが言い切ると、コガネが自信なさげに言う。

「そんな断言しなくても…。」

 おれは、真剣な顔から、一気に笑顔になる。

「その代わり、おれたちも、マールの進む道を全力でサポートするよ。そうだろ?コガネ。」

「うん!もちろん!」

 コガネは、椅子から立ち上がり賛同した。

「ふふふ。分かりました。コガネさんも、気軽に相談して下さいね。」

 楽しそうに笑うマールに向かって、コガネが抱きつく。

「マールさんもね!」

 そうして、三人は、夜遅くまで楽しい晩餐を過ごしたのだった。

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